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第11話 迷子の引き取り
村の人たちは変わらず親切で、ずっとブースに居続ける俺に、飲み物や昼食を与えてくれた。
「アリガトウ」
俺はそのたびにお礼を言い、賑やかに流れる時間に身をゆだねる。
現地の細かい言葉は相変わらず何を言っているのかわからないけど、「いらっしゃい」とか「安いよ」とか「いくら?」とかの定型的な言葉はなんとなくわかるようになってきた。
そしてどうやら、村の人たちは計算が苦手らしいことに気づく。
何回かお釣りを間違えそうになったので不安ながらもジェスチャーで訴えてみたら、感謝された。
それからは俺がお釣りの最終確認をする役目になったようだ。
小さなことでもこの世界に来て初めて頼られることに、むしろ俺のほうがお礼を言いたかった。
気付けば俺は、一日その露店にいた。
夕刻前には全ての露店を一度閉めなければならないらしく、再びよくわからない言語が飛び交い始める。
「ホヅミ、حنا قراب نرجعو للريزو،、وانت شنو غادي دير?」
やばい。
そろそろ本格的に、言葉がわからない。
いや、わからない言葉のほうが圧倒的に多いんだけど。
俺は最強の言葉、「ワカラナイ」をそのまま伝える。
ついでに、ここから冒険者ギルドまでの道のりもワカラナイ。
冒険者ギルドって、現地の言葉でなんて言ってたっけ。
必死で思い出そうとする俺を前にして村の人たちが顔を見合わせた時、彼らの後ろから聞き慣れた声がした。
「سمح لي،、デリック、マーク、واش هما بخير?」
「直知!」
仕事上がりに立ち寄ったのか、そこにいたのは直知だった。
天の助けだ。
俺は嬉しくなって、自然と笑みを浮かべる。
「ナチ! سمعتي بلي اليوم كان أول シゴト ديالك?」
「ハイ、 هاداك هو الحال。スミマセン على التأخير ف السلام」
直知が仕事について聞かれて、なぜか謝っている。
いつの間にか、一緒に仕事をするよう誘われていたとかか?
村での馴染み方が尋常じゃなかったしな、と思いながら心の中で頷く。
「من هاد الجهة、شكون دار デリック、マーク?」
「ハイ、 جاهم الخبر باللي هما بخير」
マークさんとデリックさんの件について、直知も気になっていたのだろう。
直知は二人について尋ねたあと、村の人の回答を聞いて、ホッとしたような表情を浮かべた。
村の人たちと直知はそのあとしばらく話し込んでいたが、露店の片付けを手伝っていた俺が戻ったタイミングで切り上げたらしい。
「アリガトウ、サヨウナラ」
「إلى اللقاء、サヨウナラ」
直知が歩き出したので、俺はこれ幸いにとその後ろを付いて行く。
今度こそ、目印になるような建物をチェックしながら。
「部屋から出るなと言ったのに、穂積はいったいどうして、こんなところにいたんですか?」
「えっと……ごめん、マークさんたちのことが気になっちゃって」
「それはいいのですが、一日この場にいたと聞きましたよ。なぜギルドの部屋に、戻らなかったのですか?」
「えっと……」
「もし私がこの露店より先に部屋へ戻ったとしたら、穂積がいなければ心配するとわかりますよね?」
「わかってる、けど……」
「けど、なんですか」
懐かしい、この感じ。
穂積に生まれて初めてのテーマパークに連れて行って貰った時、アイスを渡されてここにいてくださいと言われた。
けど、俺が待っていた場所の真横をパレードが通ったんだ。
直ぐに戻ってくれば構わないと思って、その場を離れてパレードを少しだけ見に行った。
そして、すっかり時間を忘れて興奮しながらパレードを見学している俺を、直知が見つけて怒って似たようなことを言った。
直知の額に浮かぶ汗を見て、怒られているというのにほんの少し嬉しく感じたことを、よく覚えている。
もう二十歳になるっていうのに、どうやら俺は進歩がないらしい。
「ごめん、迷子になって戻れなかった」
「迷子……」
直知は少し驚いたのか、本当かどうか探るように俺を見た。
くっそ、だから言いたくなかったんだって。
「迷子の引き取りは、小学生までにしていただきたいのですが」
「……悪かったって」
直知に揶揄われながら、二人並んで帰宅する。
恥ずかしいはずなのに不思議と、気分は良かった。
***
俺たちはちょうど夕食時にギルドの寮だか社宅だかに到着し、そのまま隣の食堂の中に入っていった。
食堂内は、八人まで座れるテーブルが八卓、二列になって並んでいた。
注文は入って直ぐの右にある会計の場所でするらしく、普通は先払いのようだ。
会計の後ろに木製のビアジョッキのようなものが大量に並んでいてる。
酒や飲み物を頼むとジョッキを渡され、そのままセルフで注ぎに行くスタイルらしい。
店内では多くのお客さんが食事をしていて、賑わっているようだ。
街の衣装を着た人たちより、冒険者のような装備をした人たちのほうが圧倒的に多い。
メニューは会計後ろの壁面に大きな文字で直接書かれているようで、二十種類以上はあるようだった。
「直知、夕飯のメニュー、順に読んでいって」
「はい。左上から順に読みますと……」
俺は鶏の卵とじのような料理を注文し、直知は鰻丼のようなものを注文する。
直知がバングルを見せると店員は頷き、数字の掘られた木札を貰った。
直知が朝に置いていった木札にそっくりだが、俺の貰った木札は文字が刻まれている。
「あれ、この木札を見せるんじゃないのか?」
「本来はギルドで発行された身分証明を見せるのですが、穂積はまだ持っていませんので、今朝、代わりになるものを貰ってきたんですよ」
「ああ、そうだったのか。……ありがとう」
日中一人の時、下手をすれば食事にありつけなかったかもしれない。
俺たちはそのまま隣のギルドの建物の、一階の食堂に移動した。
「そうだ、これは穂積の今日働いて得たお金です」
「えっ……」
合計で千円分くらいの価値になるコインを数枚渡され、俺は戸惑う。
「俺、働いてないけど」
「村の人が、殻剥きと会計のチェックをしてくれたと言っていましたよ。お礼程度しか出せなくて申し訳ないと言っていました」
「そ、そうなんだ……」
それは、俺が人生で初めて、働いて得たお金だった。
一日で、千円。
俺はそれをぎゅっと握り締める。
「そのままだと失くしてしまいそうですね。財布を買いましょうか」
「ああ、そうする」
俺は基本、スマホ以外を持ち歩くことはなかった。
俺の財布はスマホか直知が持っているクレジットだったから。
そもそも、外を出歩くことはほとんどなかったし。
「それと、これ」
「コップ?」
「さっき、村の人から購入しました」
日本では馴染みのなかった木製コップは、この世界では当たり前のものだ。
それは手に優しく、ほんのり温もりさえ感じる。
「すみません、私はデリックから水筒をもらっていたので、失念していました」
「いや、助かる。朝、コップがなくてちょっと困ったから」
調理場で直知がくれたコップに水を注ぎながら、朝に俺が洗った皿が消えていることに気づく。
「直知、洗った皿がない」
「ああ、恐らく定食屋が回収していったのだと思います。どこに置きました?」
「調理台」
「では、どなたかが移動してくれたのかもしれませんね。今度から、洗ったら後ろの棚に置いてください」
後ろを見ると、普通の木製棚が設置してあった。
小さな食器棚に見えるが、何も入っていない。
「拭かずにこんなところに置いて平気なのか?」
「ああ、それは食器乾燥機みたいな機能が付与されているらしいですよ」
「うちの台所より設備がいいな」
俺が席に戻ったタイミングで、定食屋の食べ物が運ばれてくる。
「アリガトウ」
数字の書かれた木札を回収すると、店員はさっさと店に戻っていった。
食事を摂りながら、直知からまず、マークさんとデリックさんの話を聞いた。
▼異世界語通訳▼※一部本文(穂積の訳)と異なる部分があります
「ホヅミ、俺たちはそろそろ宿に戻るが、お前はどうする?」
「すみません、デリックさんとマークさんは、無事でしたか?」
「ナチ! 今日は初仕事だったんだって?」
「ええ、そうだったんですよ。挨拶が遅くなってすみません」
「それより、デリックさんとマークさんはどうしましたか?」
「ああ、彼らは無事だと連絡があったよ」
「またな、気を付けて」
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