10 / 12
第10話 露店商
「穂積はまだ身元保証の確認が取れていないので、この街から出ないようにとギルドからの指示です。そして私の希望としては、部屋からも出ないで欲しいです」
「直知……?」
翌日、直知はバングルを着けた腕で俺を起こすなりそう告げ、自分一人さっさと仕事に出て行った。
最初の一カ月は、新人冒険者としてギルドから振られた日帰りの仕事をこなさなければならないらしい。
この世界に来てから初めての自分の寝床に安心したのか、俺はすっかり眠り続けて寝坊した。
あの慌てぶりから、直知は仕事が始まるギリギリまで俺が起きるのを待ってくれたのだろう。
それでも俺が起きなかったので、先ほどそう言葉を残して去って行ったのだ。
俺はまだ寝ぼけた状態で、部屋にあるデスクの上に置かれたメモと、オムライスのような食事と、小さなお守りのような木札を見つける。
「定食屋で頼んだ朝食です。食器は一階の調理場で洗っておいてください。この木札はなくさずに、定食屋で注文する時に店員に見せてください」
直知の、直線部分が角ばった文字に、顔が緩む。
久しぶりに日本語を見て、少し嬉しくなった。
目をこすりながら、共同廊下に設置されている水道まで顔を洗いに行く。
小学校の廊下にある手洗い場と似ていて、どこか懐かしい気がした。
水は日本と同じで飲めるらしいので、まだコップを持っていない俺はそれを手で掬って飲み、喉を潤す。
部屋に戻って窓を開けると、気持ちの良い風と、表通りの喧騒が一緒に入って来る。
そのまま、直知が注文しておいてくれた朝食をゆっくり味わって食べた。
オムライスとは少し違うスパイシーな味がしたけど、確かに美味しかった。
……部屋から出ないで、俺はいったい今日一日何をすればいいんだ。
遅い朝食を食べたあと、ぼんやり窓の外を眺めながら、直知との昨日の夜の会話を思い返す。
当たり前だが、俺と直知の本来の目的は、仕事を得ることではなく日本へ戻ることだ。
冒険者ギルドでは、この世界にやってきた勇者は魔王を倒すと元の世界へ戻れるそうだ、という重要な手掛かりとなる情報を教えてくれた。
ただし具体的な帰還方法などはわからないらしく、その方法は王都のギルドならわかるかもしれない、ということだった。
魔王を倒すってなんだ。
直知からその話を聞いた時は、開いた口が塞がらなかった。
勇者という呼び方ある意味、マジで勇者だった。
異世界人の総称というだけで魔王を倒すわけじゃない、とか思い込んでいた過去の俺に教えてあげたい。
どのみち、王都までの旅や魔王を倒すための旅で、路銀は確実に必要になる。
ギルドの依頼をこなしていけば、お金を手に入れるだけでなく、道中出くわすであろう魔物の討伐の仕方も学ぶことができる。
だから直知は、少なくともしばらくの間はこの街に拠点を置いて、お金集めと自己研鑽に励むらしい。
じゃあ、俺は?
俺にできることは、なんだろう。
本当は簡単な仕事でいいから働いてお金を稼ぎたいけど、まず絶対にやらなくてはならないことは、現地の言葉をさっさと覚えることだ。
直知がいなくては何もわからず、なんの行動もできないのでは、話にならない。
できたら会話だけでなく、文字も覚えたいというのは贅沢だろうか。
文字と値段しか書いていない定食屋では、注文を頼むのも一苦労だ。
そもそもこの国の数字に当たる文字だって、まだハッキリとは覚えていない。
やたら高い物を注文してしまったらどうしよう。
リーズナブルな定食屋だと聞いたから、一番高い食事を頼んだとしてもたかが知れていると、信じたい。
現地の通貨は、マークさんと直知に何回か見ながら教えてもらった。
問題は、そのコインと数字が一致しないことだ。
お金のやり取りができて、値札も見れて、言葉も同時に学べそうなところは……と考えた時、昨日の露店を思い出した。
それと同時に、マークさんとデリックさんのことも、思い出した。
直知には部屋にいろと言われているし、村の人からは首を突っ込むなと言われたけど、どうしよう。
でもやっぱり、二人が無事だったかどうか、確かめたい。
あれだけ世話になった二人の無事の確認すらしないなんて、薄情すぎるだろう。
どうせ話せないから、村の人たちに事情を聞くこともできない。
本人たちの姿を見ない限り俺には何もわからないんだから、邪魔にならないよう遠目から見るだけにすればいい。
直ぐに戻れば、問題はないはず。
俺は朝食の皿を手にし、この部屋の鍵を持って、廊下へ飛び出した。
***
昨日の俺を殴りたい。
いくら二人が心配だからって、自分の未来が不安だからって、周りの景色も見ずに直知に手を引っ張られるまま歩いただなんて、子どもじゃないんだから。
――見事に、迷子になった。
ただ幸いなことに、大通りを外れてはいない、はず。
大通りが碁盤の目みたいになっているから、現在地がわからなくなっただけだ。
ついでに、街並みが統制されていてどれも似たような建造物であることも、迷子になる原因だった。
村の人たちが露店を構えようとしていたのは、広大な広場のようなところだった。
だから、村の人たちが受付をしていた宿屋かその露店の並ぶ広場にさえ出れば、大丈夫なはずなんだけど。
帰りの道のりについては考えないようにして、俺は道の端に寄って少し考えた。
こういう時、直知ならどうするだろうか。
直知ならきっと……俺は顔を上げて、通りを歩く人たちを観察した。
右から左へ、左から右へと流れるように歩く人たちはみんな、この街の服装だ。
荷物は食料品から衣料品など様々なもののようだが、みんなそれを粗く編まれたずた袋のようなものに入れて……。
いや、みんな、じゃない。
荷物を入れた人たちは大抵、左から右へと歩き、まだなんの荷物も抱えていない身軽な人たちが右から左へ向かって歩いている。
つまり、大通りの左側に彼らが買い物をする場所があるというわけだ。
俺は再び歩き出し、かろうじて目的地である露店の広場まで辿り着くことができた。
青空のもと、市場だかフリーマーケットだか、そんな感じに所狭しと並ぶ露店はとても賑わっていた。
荷物を運ぶ手伝いをした時にはなかった場所も埋まって、昨日より歩道がずっと狭く感じる。
どうやらマークさんの村だけではなく、ほかの村々からもこの日のために集まってきているようだ。
露店商の衣装を確認しながら歩を進めると、お世話になった村の人たちのブースにやっとたどり着く。
しかし、マークさんとデリックさんは見当たらない。
「コンニチハ」
少し緊張しながらも現地の言葉で挨拶をすると、誰かが「ア、ホヅミ!」と呼んでくれてホッとする。
場所は合っていた。
「マーク、デリック、ダイジョウブ?」
覚えた言葉だけを並べて尋ねれば、彼らは「マークトデリックハتواصلت、دابا،、تقدر تكون مطمئن」と笑顔で答えてくれる。
何言っているのか、さっぱりわからない。
しかし、彼らの表情が曇らなかったことから、なんとなくだけど、二人は無事であるように思えた。
「جيتي غير باش تهتم بيا、アリガトウ」
よくわからないが、何かお礼を言われた。
「ナチشنو كدير?」
恐らく直知のことを聞かれたので、「直知、シゴト、イク」と答える。
聞かれたことが多少違ったとしても、まあニュアンスでわかるだろう。
「ココ、ミル」
一生懸命身振り手振りでこのブースに居ていいかと尋ねれば、村の人は中から手招きをしてくれた。
「アリガトウ。ソレ、テツダウ」
椅子ではなく地べたに座るスタイルだが、山の中で散々マークさんとやった殻剥きをしている人の隣だったので、マークさんに散々言った言葉を使ってみる。
言いたいことは伝わったようで、村人は俺との間にボウルを移動してくれた。
俺は慣れた手つきで殻剥きをしながら、お客さんや村の人たちの会話や金銭のやり取りをブースの隅から見学した。
▼異世界語通訳▼
「マークとデリックは連絡が取れたから、安心していいよ」
「わざわざ心配して来てくれたのか。ありがとう」
「直知はどうしたんだい?」
ともだちにシェアしよう!

