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第9話 仮住まい
受付の女性に案内された場所は、表通りに面した冒険者ギルドから三百メートルほど離れた場所にある、ギルド所有の建物だった。
受付の女性は、共同の出入口であるアーチ状の両扉を開ける前に、扉横にある鏡のようなものを親指で指して直知に何かを伝えた。
直知は自分が立って鏡に何かの操作をしたあと、今度は俺にその前に立つよう指示する。
「部屋と共同の出入口はいつも施錠されているそうですが、登録した人だけ自由に出入りできるそうです」
「へえ、鍵を持ち歩かないでいいってことか?」
「おそらく」
俺たちの想像通り、受付の女性が出入口に立つと、扉の片側が勝手に開いた。
まるで自動ドアみたいだ。
「きちんと登録できたかどうか、順番に試すそうです」
俺たちもしっかり登録されたらしく、自動ドアの作動に成功した。
建物の一階が食堂兼団らんスペースで、その一階から階段を上がると二階と三階がある。
二階と三階には部屋がいくつかあって、まだ新人でお金のない冒険者たちが住んでいるそうだ。
そして俺たちも、そこに間借りさせてもらえるらしい。
共同の出入り口であるアーチ状の両扉の片側を開けて、受付の女性は建物の中へ入っていった。
団らんスペースでは女性二人が話していて、男性一人が武器を磨いており、受付の女性に続いて入った俺たちは軽く頭を下げて挨拶をする。
因みにこの世界では、男女関係なく同じ建物内に部屋が割り振られるそうだ。
この世界の都市部では男性も女性も一カ月に一回避妊薬を飲むことが法的に定められているらしく、夫婦間でないと子供はできないことが前提だ。
同性同士でも結婚できるのだから、男女で割り振っても風紀的には意味がないのだろう。
各部屋は基本的に一人部屋みたいだが、俺たちに割り当てられた部屋は二人部屋だった。
「きょうだいや友人たちが一緒に来た時に案内する部屋だそうです。空いていて良かった、だそうです」
「アリガトウゴザイマス」
俺がカタコトでお礼を言うと受付の女性は少し驚いたように目を大きくしてからにっこりと笑い、直知としばらく会話をしてから出て行った。
「ここの住人たちへの挨拶とかはしないでいいのか?」
「仕事に出ている人も多く、人の出入りや入れ替わりが激しいので、各自必要な時に……つまり、実際にその住人と会った時に挨拶してくれ、だそうです」
「そっか。気楽でいいな」
人と関わることは極力避けてきたから、誰かへ積極的にコミュニケーションを取ることは苦手だった。
ヤクザの息子ということで、人から避けられて生きてきた俺にとって、自己紹介は苦痛以外の何物でもなかった。
名前を言うだけで、噂に敏感なやつはコソコソと耳打ちしたりするからだ。
でも、この世界ではそんなことを心配する必要もない。
苦手だけど、これからは直知のお荷物になり続けないよう、変わっていかないと。
「ああそれと、私たちが異世界人であることは当面話さないでいいそうです。私は対外的には普通の冒険者として登録されたそうで、穂積は……」
「俺は?」
「その、奴隷商人に売り飛ばされそうになっていたところを私に助けられた他国の少年、ということになっていると……」
やや泣きそうになった。
日本でもこっちの世界でも、俺はすねかじりのニートに変わりないらしい。
しかし、俺が現地の言葉が話せないということと、冒険者として登録された直知と一緒に行動する、という状況を不自然でないようにするには、そうするしかなかったのだろう。
「穂積――」
「そっか、わかった。それで、直知の職種は、結局何になったんだ?」
一瞬黙った俺を気遣うように声をかけた直知の言葉を遮り、俺は笑いながら尋ねた。
「私は拳闘士で、対人戦が得意な職種だそうです。これから闘気? を扱えるようになると、オーラファイターとかいう大型魔物向きの職種も名乗れるそうなので、そちらも励んでみてはと言われました」
「へえ。なんだかいよいよ、ゲームみたいな流れになってきたな。直知はてっきり、アサシンとかかと思ったよ」
「ああ……急所攻撃をマスターすれば暗闘者と呼ばれる職種になるそうですが、これは試験でわざとミスした内容だったので、もしかするとそちらのほうが適正あったかもしれませんね」
冗談だったのに、真面目に返事された。
まあ、直知は絞め技も関節技も得意だもんな。
「そっか。直知の職種が決まったってことは、直知の身元も保証されたってことになるのか?」
「今日中には、証明書が発行されるそうです。常時携帯できるかたちで、ネックレスかバングルかを選べと言われたので、バングルにしました」
「なるほどな。失くさないようにしないとな」
「はい」
俺たちはこうして、暫定とはいえ、この異世界でひとまずの居場所を確保することができた。
居住地と呼ぶには及ばない、あくまで間借りしただけの自分たちのものではない部屋だが、それでも俺にとっては、心のゆとりに大きな変化をもたらす出来事だった。
衣食住は人として必要最低限の営みだというけど、それをリアルに感じる。
マークさんやデリックさんからもらった服などの小さな荷物を簡単に片付けると、直知がこの建物や街について聞いたことを俺にも教えてくれた。
まず、この世界に電気はないようだが、代わりに魔力とか魔石とかいうもので代用されている。
冷蔵庫や洗濯機の代わりになるようなものもあり、魔石を使えば電子レンジのような「食べ物をあたためる」こともできるらしい。
そしてこの建物の一階の食堂では、基本的に調理人はいない。
自分たちで材料を購入して調理をして食べてもいいのだが、隣にある定食屋に好きな料理を注文して、届けてもらう冒険者のほうが圧倒的に多いらしい。
なぜなら代金は月に一回まとめて払えばよく、元々定食屋の値段が安いことと、割引価格になっていること、そして何よりボリュームもあって美味しいというのがその理由だそうだ。
街では上下水道の設備も整っていて、流石にウォシュレットまではないものの、トイレも水洗だ。
日本となんら変わらない文化だと思ったが、風呂の文化はなく垢すりのような文化が根付いていて、水場やシャワー室ですませるのが普通だそうだ。
俺たちの住む建物内には、二階と三階、それぞれの階に共同のトイレとシャワー室が備えられている。
街での移動は、徒歩か、マークさんやデリックさんの村には見かけなかった円盤みたいなものだ。
円盤みたいなものは魔石の力を使って動く移動用の乗り物で、一人用のものから多人数用のものなど大きさも様々。
目的地を入力したあとはただ立っているだけで、目的地まで勝手に浮いて移動してくれる優れもの。
運転手はいなくて全自動だから車みたいな事故はないらしいが、長距離の移動ができないため、街の中でしか使えないらしい。
魔石は魔物の住んでいる地域からとれることが多いらしく、そのための採掘場なんかもあるそうだ。
魔物からもとれる場合はあるが、個体差があるのでそれを生業にしている人以外はデメリットのほうが多いため、普通は狩りにいかないらしい。
マークさんやデリックさんの村がこの世界の文明の基準だと思っていたから、街の便利さに驚く。
「ただしこちらの世界でも、人が集まれば危険が増すのも同じです。村とは違いますので、十分気を付けてくださいね」
「街の通りは活気もあって賑やかだったし、裕福そうな人たちばかりに見えたけどな」
「私たちが歩いたのは、表通りばかりです。ギルド近くの裏路地はまだ立地的に安全ですが、街の端のほうの裏路地は入らないでくださいね」
「ああ、わかった」
まるで子どもに言い聞かせるように話す直知に、俺は頷いた。
前だったら「うるせぇ」くらい言っただろうけど、残念ながら今は、現地の六歳児より役立たずの自覚がある。
「そうでなくても、穂積は目立ちますからね」
続く直知の言葉に、俺は苦笑いをした。
「昔から、よく目つきが悪いって絡まれたしな」
「……まあ、とにかく気を付けてください」
「ああ」
きっと直知は、俺が中性的な顔であることを指摘したかったのだろう。
だから昔から舐められないように、警戒心もあいまって俺の眼光はどんどん鋭くなっていった。
直知から護身術を学んでからは変な奴らに絡まれても全部返り討ちにしたから、俺の出歩く先で因縁をつけられるようなことはなくなったのだが。
ただ、ここは冒険者みたいな特殊な能力を持つ奴らもいる世界だ。
平和な日本とは違って、何かあったらすぐ「死」がちらつくのかもしれないな、となんとなく感じた。
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