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第8話 冒険者ギルド

その建物の中は、多くの人で賑わっていた。 直知は迷いのない足で受付のようなところまで真っ直ぐ歩き、そこにいる女性に声をかける。 「سمح لي(スミマセン)、 بغيت نسولك على حاجة」 「إيوا(ハイ)、شنو」 声をかけられた女性は、ニコニコと笑顔で答えた。 「سمعت بلي كتديروا الحماية للناس من عالم آخر هنا」 「ايه، كندير هادشي。صدقوني، عمرني ما تقابلت معاه」 直知の言葉に、くすくす笑いながら受け応える女性。 「أنا وهو جينا من عالم آخر、آش نديرو باش نرجعو للعالم الأصلي?」 「آه!? نتوما?」 その女性が突如大きな声を張り上げ、建物内はシン、と一瞬静まり返った。 「سمح ليا~!」 衆人から一気に視線を浴びた女性は取り繕うように言うと受付カウンターから出てきて、親指で廊下の奥を指しながら歩きはじめる。 「تفضل لهنا」 おそらく、付いて来いと言っているのだろう。 よくマークさんが俺に使っていた言葉だ。 やはり直知がその女性のあとに付いて行ったので、俺もその後ろに続く。 「دابا غادي نتاصل بالرئيس ديالي。جيب شوية تسنى فهاد الغرفة」 「آه(ハイ)、شكرا」 小さな面談室のような場所に案内すると、受付の女性は俺たちをその部屋に置いて去って行った。 「なんだって?」 「上の方を呼びに行ってくれました。確かにこの場所で異世界人の保護をしているみたいですが、彼女は初めて会うようですよ」 「そうなんだ」 つまり、勇者という存在が認知はされていても、その数はそこまで多いわけではないのだろう。 やがて大柄で屈強な男性と知的そうな女性がふたりやってきて、俺たちに挨拶をしてくれた。 何を言っているのかはさっぱりだったが、直知が「穂積」と言って俺の名前を呼んだ時だけ、頭を下げた。 「穂積、こちらの男性はギルド長で、女性はその秘書の方だそうです」 「ああ、わかった」 先方は俺が話せないとすぐに理解してくれたらしく、直知と対話を始める。 一時間ほどの会話が終了すると、俺たちふたりはある部屋に通され、何かを持ち上げさせられたり、引っ張ってみたり、丸い物に触らされたり、色々やらされた。 直知のあとに見様見真似でやってみたのだが、恐らく何かを測定されたのだろうと思う。 やがて元の部屋に戻って来て、一旦二人きりにさせられる。 すっかり蚊帳の外だった俺は、この機会にとばかり、直知に詰め寄った。 「直知、さっきのはなんだったんだ?」 「適性検査です。その前に、まずは順を追って説明しますね。この世界への転移者は、当たり前ですが身元の保証人がいません。戸籍が未登録で身元不明の私たちの保証人代わりになってくれるのが、こうした冒険者ギルドだそうです」 直知の話に、俺はうんうんと頷きながら先を促す。 なぜ冒険者ギルドが保証人代わりをしてくれるのか。 そこには何かしらのメリットがあるということだろう。 「私たち『勇者』と呼ばれる人は、基本的に転移した際、何かしらの特殊能力が与えられるそうです。それを先ほどの検査で判定し、どのタイプの能力に秀でているのかを見極め、職種を振り分けるらしいですよ」 「つまり、俺たちの身元の保証人になる代わりに、その能力を確保するわけか。この冒険者ギルドに所属して働けってことか?」 「ええ、その通りです。お金が貯まるまでの一定期間は、冒険者ギルドが当面の生活費と寝床を提供してくれるそうですよ」 「奨学金みたいなもんか」 「そうですね。返却義務はあるそうですが、普通の勇者は一年とかからず返済できるそうです」 「まあ、金を貸すっていっても闇金とは違うだろうしな」 それよりなんだ、普通の勇者って。 あまりの字面に、笑ってしまいそうになる。 「うーん、穂積はやっぱり甘いですね」 「え?」 どういう意味だ? 意味がわからず直知に視線を向けると、「通常より貰える金が高いだけかもしれませんよ。現地の人間が嫌がる危険な現場に行かされる、という可能性だってあるじゃないですか」と笑顔で教えてくれた。 さすが、苦労人なだけあるなと思った。 うちの組のせいだけどな。 *** やがてバタバタと誰かが走って来る音がして廊下が騒がしくなり、ギルド長と受付の女性が二人で入室してきた。 「سمح ليا على التأخير。النتيجة د الحكم خرجات」 ギルド長がそう言いながら、直知と俺に一枚ずつの紙を渡す。 いや、渡されても読めない。 蛇やミミズがうねうねしているようにしか見えない。 「判定結果が出たそうですよ」 「ああ。直知はなんだって?」 「身体能力の全体的な向上、だそうです」 「ふーん? それって凄いのか?」 勇者が持つ能力とは少し違う気がして、首を捻る。 一応、剣を振り回したり弓を引いてみたりもしたはずだが。 「さあ、わかりません。しかし、山道を歩いても全く疲れなかったことや、革靴を履いたまま歩いても足が痛くならなかったこと、鹿の衝撃に耐えられたことなんかが、これでやっと理解できました」 「へえ~……魔法じゃなくて残念だったな」 「はは、そうですね」 俺の冗談に、直知は珍しく声をあげて笑う。   そんな冗談を言ってはみたが、なんとなく、俺には直知がなぜその能力を身に付けたのかわかった気がした。 直知が得意とするのは、体術だ。 他の組の構成員と直知が軽くやり合った時は、カンフー映画の撮影かと思うくらいだったしな。 もちろん、俺は邪魔にならないところで隠れて見ていた。 「なあ、直知。俺のも見て」 「はい」 直知に、自分が受け取った用紙を渡す。 この世界に来ても自分自身にはなんの違和感も覚えなかったのだが、俺の特殊能力はなんだろうか。 俺に備わった能力が役に立つものだったら、直知の隣に堂々と立てるようになるかもしれない。 こんな、いつ捨てられるのかとビクビクする生活からは、抜け出せるのかもしれない。 判定結果の紙に目を通した直知は、期待に目を輝かせているだろう俺と視線をあわせず、口を開いた。 「……非常に伝えにくいのですが」 「ん? なんだよ、そんなに変な能力だったのか?」 変な能力って、なんだろう。 穴掘り名人とか? 手を動かすことで空を飛べるとか? ……確かに、微妙だな。 そんなことをひとり考えながら笑ったが、直知はそんな俺にやっと視線をあてて、少し哀れみを含んだ表情を浮かべていた。 なんか、嫌な予感がする。 「ま、まさかだよな」 ただでさえ俺は、現地の言葉が理解できないという大きなハンデを背負っているのに。 「ええ……穂積には、一切の特殊能力は認められなかったそうです」 役立たずな俺、継続が決定した瞬間だった。 目の前が真っ暗になった気がして、足元しか見れない俺をチラリと見ながら、受付の女性が直知に話し掛ける。 何を話しているのかはわからないが押し問答をしているらしく、途中からギルド長も会話に参加する。 いつも表情を変えない直知が、途中で少し苛々とした様子を見せた。 らしくない。 途中で何回か俺の名前が出たので、おそらく俺に関する話だろう。 俺はただ縮こまって、三人の会話が終わるのをひたすら待つしかなかった。 どんな話をしてどんな結論になったのかはわからないままでも、「部屋に案内してくれるそうです」と直知が声をかけてくれたことに、ホッとした。 「直知、さっきの話、なんだったんだ? ちょっと荒れてたみたいだが」 「ああ……なんでもありませんよ。ただ、しばらくの間、穂積には部屋にいてもらう必要が出てきただけです」 俺には? じゃあ、直知は違うってことか? 「それは……これから直知は働くけど、俺は能力を持ってないから、冒険者ギルドに所属させてもらえない、ということか?」 「少しだけ、違います」 直知が説明してくれたことによると、現地の言葉が話せず、なんの能力も持たない異世界人は、初めてとのことだそうだ。 俺を異世界人だと証明するのは、直知の証言だけ。 だから、ほかの異世界人を呼んで、直知の話が事実かどうか、見極めてもらう必要があるとのこと。 「私の話を信じてもらえないのは、説明が悪かったせいです。申し訳ありません、穂積」 「……いや、仕方がないし」 直知のせいじゃない。 直知はそう言って庇ってくれるけど、俺が勇者らしくないから、信じてもらえないのだ。 どうか、そのほかの異世界人が、地球から来た日本人であるか、英語が話せる人でありますように、と心の中で祈った。 ▼異世界語通訳▼ 「すみません、ちょっと尋ねたいのですが」 「はい、なんでしょうか?」 「こちらで、異世界人の保護をしていると聞いたのですが」 「はい、していますよ。まあ、私は一度も会ったことありませんけどね」 「私と彼が異世界から来たのですが、どうしたら元の世界に戻れますか?」 「ええっ!? あなたたちが?」 「失礼いたしました~!」 「こちらへどうぞ」 「これから上司を呼んで来ます。こちらで少々お待ちください」 「はい、ありがとうございます」 「待たせたな。判定結果が出たぞ」

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