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第7話 非力で無力
地平線すら見えるような広い草原を抜けて、少し荒涼とした土地に入り、切り立った岩壁の間を抜けた先に、その街はあった。
「うわ、凄いな……」
「スケールも建造物も、デリックさんたちの村や途中で見かけた移動式の村とは大違いですね。街並みまでしっかりと統制されていることが、この景観からよくわかります」
「ああ……」
木組みの家々が夕日を浴び、その真っ白な壁が美しいオレンジ色に染まっていた。
村とは違い、二階建て、もしくは三階建ての建物もあるようだ。
建造物は木でできているみたいだが、街へ続く道はいつの間にか岩だか煉瓦かできちんと舗装されている。
まるでファンタジーの世界のようなその街に、遠目からでも見惚れてしまう。
違った、まるでファンタジーの世界じゃなかった。
まんまファンタジーだった。
村の人たちは慣れたように街へ入り、その街の宿屋のようなところへチェックインをしたようだ。
因みに宿屋の看板を見た直知は、この国の文字も読めることに気づいたらしい。
ロバみたいな動物は宿屋の裏手に設置されていたそれ専用の施設のようなところへ預け、大量の荷物を露店で賑わうスペースへ運んだ。
直知と俺は、何度も往復してその荷運びを手伝う。
マークさんやデリックさん、村の人たちと街の人たちでは、着ているものも少し違っていた。
直知曰く、この街はスイスの民族衣装に似ているそうだ。
荷運びが一段落すると、村の人たちは大きな声を上げながら集まり何やら相談しはじめた。
「どうしたんだ?」
俺が首を捻ると、直知は少し難しそうな顔をしながらも、説明してくれた。
「……どうやら、先に到着しているはずの水路組がまだ街にたどり着いていないようですね」
「え?」
直知は以降口を噤んで、村人たちの会話にじっと耳を傾けている。
俺はそれを邪魔しないよう、ただ隣で静かに佇んでいた。
現地語がわからない俺はどんな状況なのかもわからず、手を貸すこともできない。
あまりにも非力で無力な自分に腹が立って、ぐっと拳を握り締める。
日本でも、俺は非力だったし無力だったし役立たずだった。
こうして自分自身に腹が立ったのは直知が刺された時以来だが、その時から今までも、俺は全く成長していないということなのだろう。
やがて、輪になって話し合っていた村人の数人がまばらに散り去っていった。
「どうやらほかの土地から水路で着ている人たちに、話を聞きに行ったようですね」
直知が再び状況を説明してくれる。
そして、こちらに向かってやってきた村人のひとりに、声を掛けた。
「واش كاين شي حاجة نقدرو نديروها?」
「هادشي مشكل ديال القرية ديالنا。ماتخافوش عليه。جي ورايا、التوجيه وصل لهاد الحد」
村人はそう言って、歩きはじめる。
あとについて歩いた直知を追いかけて、俺も村人に付いて行く。
「直知、彼はなんて言ったんだ? これから一緒に水路組の皆を探しに行くとかか?」
「……いえ、私たちは部外者だから、首を突っ込むな、といった感じですね」
「え……っ」
俺はつい、その場に立ち止まる。
部外者って。
いや、確かに部外者だけど。
最後に手を振っていた二人の姿を思い浮かべた。
異世界人だという見るからに怪しい俺たちを保護して、助けてくれた優しいマークさんとデリックさん。
その二人を信じて、俺たちを追い出すことなく一週間以上滞在させてくれた村の人たち。
お世話になった人たちが困っているのに、俺たちはその恩を返すこともなく、彼らと離れなければならないのか。
「穂積、迷子になりますよ。危険ですからきちんと付いて来てください」
「あっ……悪い」
ぼうと立ち止まっていた俺に気づいたのか、直知が戻って来て俺の手首を握って引っ張り出した。
だから、もう六歳児じゃないってのに。
「直知、あのさ……」
「私たちは、ここの地理を全く知りません。行ったところで邪魔になるか、最悪足手まといになるだけです。現地のことは、現地の方々に任せるのが一番いいと思いますよ」
俺の言いたいことを先回りするように、直知はそう自分の意見を述べた。
わかってるよ、そんなこと。
でも、正論を言われたところで無謀でも行動しなきゃ、この胸に巣食う虚無感は拭うことなんてできない。
そう言おうと再び口を開こうとした時、握り締められた手首の強さに気づいた。
「あ……」
何かを耐えるように固く握られた、もう一方の、直知の拳。
そうだ。
俺なんかよりもよほど、直知のほうが村に溶け込んでいたのに。
二人しか交流していなかった俺とは違って、直知は水路組のほかの人たちとも、挨拶を交わしていたのに。
ヤクザは「受けた恩は倍返し、受けた恨みは十倍返し」だ。
直知だって本当は、村の人たちと一緒になって、彼らのために動きたいに決まっている。
なのに。
「……ごめん」
自然と、謝罪の言葉が口からぽろりと零れ落ちた。
前を歩いていた直知が驚いたように振り返り、俺を見る。
「穂積が謝ることはありませんよ」
少し戸惑ったようにそう言い、そして再び前を向いて歩く。
――直知が彼らのために動けないのは、俺のせいなのに。
この世界の言語のできる直知がひとりだったらきっと、村の人と共に動いてただろう。
俺のせいで……俺の面倒を見なければならないから。
日本でも異世界でも、俺はただ、直知の足を引っ張ることしかできないのか。
……変わらないと。
強く、そう思った。
このまま直知の足を引っ張り続ければ、いつか直知に気づかれてしまう。
今の俺と一緒に行動したとしても、直知には何の得にもならないことを。
「デリックさんとマークさんは、きっと無事です」
俺を慰めるためか、直知は前を見たまま歩きながら、そう言った。
「……なんで、そう思うんだ?」
俺を引っ張る直知の手を見つめながら尋ねる。
日本だったら即振り払っていたであろうそれは、俺の命綱にも見えた。
「デリックさんは、この世界では所謂『英雄』と呼ばれる人なのだそうです」
「デリックさんが、英雄?」
英雄が、あんな辺鄙な村に住んでいるものなのか?
俺の訝しげな声に、直知も肩で笑って答えた。
「まあ、そう思いますよね。この世界では、魔物や魔王と対抗するために特殊な能力を持つこの世界の人間を『英雄』、そして私たちのような異世界の人間を『勇者』と呼んで、それぞれ区別しているそうです。デリックさんは、魔物の討伐でたまたま立ち寄った村でマークさんと出会って、討伐後直ぐに王都での職を引退してあの村へ移住したそうですよ」
「そうだったんだ……」
「川には魔物が出現したらしいですが、デリックさんがいたのできっと皆無事ですよ。元々それ専門のお仕事をされていた方ですからね」
「……そっか」
俺がマークさんと一緒にいた時間と同じくらい、直知はデリックさんと過ごしていた。
俺はマークさんと会話ができないから情報を集めるどころか意思疎通するのに精一杯だったけど、きっと直知はデリックさんからこの世界の色々な話を聞くことができたのだろう。
けど、なんの特出した能力もない俺たちが勇者と呼ばれるって、どういうことだよ。
いよいよ有名な某ゲームの主人公にでもなったのか?
英雄が何人もいるのはわかるが、勇者が何人もいるっておかしくないか?
まあきっと、異世界人の総称というだけで、魔王を倒すわけじゃないんだろうけど。
「どうやら、着いたようですよ」
直知の言葉に、視線を持ち上げて前を見た。
案内してくれた村人が、ひとつの建物の前に立って、親指を向ける。
彼らの文化では、人でも物でもなんでも、親指を向けて示すらしい。
「هادي هي。إلا كانت حكاياتكم صحيحة، خاصكم تلقاو الحماية هنا」
「شكرا بزاف(アリガトウゴザイマシタ) على كلشي」
直知がお礼の単語を口にしたことに気づき、俺も遅れて伝える。
「アリガトウゴザイマシタ」
「ماعليش、بصحة جيدة」
村人は直知と俺の肩をぽんぽんと叩くと、その場をさっさと離れて去って行く。
「この中にいる方たちに事情を話せば、保護してくれるそうですよ」
「警察みたいなところか?」
ヤクザが警察に保護されるのか。
それはそれで面白いかもしれない。
思わず笑ってしまった俺に、直知は真面目な顔で看板を親指で示す。
「いえ、看板には『冒険者ギルド』と書いてあります」
なんだか、本当に勇者になった気分になった。
▼異世界語通訳▼
「私たちができることはありますか?」
「これは俺たちの村の問題だ。お前たちは気にするな。俺に付いて来い、案内はそこまでだ」
「ここだ。お前たちの話が本当なら、ここで保護をして貰えるはずだ」
「ありがとうございました。お世話になりました」
「どういたしまして、元気でな」
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