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第6話 新天地へ

「ナチ、ホヅミ、مرحبا بكم فدوارنا!」 俺たち四人は小屋を出てから七日後、山の麓にあるデリックさんとマークさんの村へと無事に辿り着いた。 山の獣道は、村に近づくにつれて徐々に整備され、幅も広くなっていった。 やがて生い茂る木々の隙間から洩れていた光が一気に開け、平らな大地が小さく広がる。 そこには、村の家々がぽつりぽつりと姿を現していた。 森と村の境界には木製の柵が設けられており、俺たちは道なりにまっすぐ進んでいく。 やがて一ヶ所だけ柵の途切れた場所の上に建つ櫓のような建物の下をくぐり抜けると、村の中へと足を踏み入れた。 「ナチ、ホヅミ、أولا غنمشي نحيي رئيس القرية」 「نعم، فهمت」 マークさんに言われ、直知が頷く。 「まずは村長にご挨拶へ伺うそうです」 「わかった」 俺たちはたまに通りかかる村民から好奇の目で見られながらも誰から声を掛けられることもなく、村で一番大きな民家へと向かった。 住居の造りは基本的に柱や屋根が木材で、壁は白い泥土のようなものでできている。 二階建ての家はなく、全てが平屋だった。 俺たちは木で編まれた椅子の前に二列に並んで、頭を下げる。 そのままの姿勢でいると、カラカラ、シャラシャラ、と音がして、誰かが入室してきた気配がした。 そしてその人物は、俺たちの前に準備してあった椅子にゆったりと腰掛ける。 恐らく村長なのだろうなと思っていると、「رفع راسك」と低い声が響いて、俺以外の三人が体勢を戻した。 少し遅れて顔を上げた俺の前に、俺が想像していたような高齢の人ではなく、まだ五十代前半の、体躯がしっかりした男性が座っている。 その男性が着ている服はほとんどデリックやマークと変わらないものだが、装飾品が豪華であることが見て取れた。 恐らく入室してきた際の賑やかな音は、これらの装飾品が奏でていたのだろう。 「مرحبا بعودتك、デリック、マーク。رجعت اليوم بكري على العادة، واش وقع شي حاجة?」 村長が何やら話はじめ、デリックさんがそれに対して返事をする。 「ايه، شيخ القرية。هما تضوّعو فالجبل。كيقولو أنه إنسان من عالم آخر」 「هادي حاجة نادرة。شنو ناوي تدير معاهم دابا?」 「فهاد الدوار المعلومات ما كتجمعش مزيان،、غادي نصيفطوهم للمدينة」 「صحيح، هدا هو اللي زوين。ولكن حيت غادي تكون عيان、 غادي نديرو لك حفلة ترحيب أولا」 「شكرا ليك،、شيخ الدوار」 デリックさんとマークさんが深々と頭を下げ、直知もそれに続いたので、俺も慌てて頭を下げる。 会話はそこで終了したのか、村長は悠々として部屋をあとにする。 そして俺たちは村長が部屋からいなくなってやっと、頭を上げた。 「……دابا حيت سلاينا السلام،、غادي نوريك الدار」 「挨拶は終わりで、これから家に案内してくれるそうです」 直知の通訳に俺はこくりと頷く。 村長の家から出て来たデリックさんとマークさんは、村人たちに囲まれ何やら色々話をしている。 村長の家に向かう際には一切声を掛けられなかったことと、反応が全く違う。 もしかしたら、村に戻って来た人たちは一番に村長に挨拶をしなければならないとかのしきたりがあるのかもしれない。 直知と俺は、村長の家の半分くらいの大きさの民家に案内された。 「هادي دارنا。ممكن تبقى هنا شوية」 「شكرا、マーク、デリック。ここが二人の家だそうで、しばらくここにいても構わないと言ってくれています」 直知は、前半をマークさんとデリックさんに、後半を俺に向けて話した。 「大きな街へ向かうには、資金が必要です。村で資金を集めることは限界があると思いますので、旅支度が整ったらここを出ましょう」 「ああ、わかった」 異世界でも会話が通じる直知は、なんの躊躇もなくマークさんやデリックさんと離れて新しいところへ向かおうと提案する。 一方の俺は、現地人の二人と離れて新天地へ向かうことに、恐怖を覚えていた。 それでも、この世界でたった一人言葉が通じる直知から離れるなんて、俺には考えられない。 直知はやっぱり、元の世界に戻りたいと思っているのだろうか。 もし、直知だけが元の世界に戻れて俺はこの世界に残らなければならないとしたら、直知はどうするつもりだろうか。 一週間の山移動で疲れているはずなのに、その日はなかなか寝付けなかった。 *** 村に来て、更に一週間が経った。 直知は毎日外へ出掛け、デリックさん以外の人の手伝いもして、それなりに村の人たちから認知されるようになっている。 一方の俺は、やっぱりマークさんに引っ付いて簡単な採集作業や家事しかできずにいた。 日本で培われることのなかった、自分のコミュ能力不足を痛感する。 でも、マークさんにべったり張り付いていたお陰で、片言でも少しだけ言葉を教わることができた。 直知に張り付いていたら直知の通訳をあてにして言葉もわからないままだしほかの人とのしまっただろうから、結果的に良かったのだと思うことにする。 そしてその日の夜、俺は直知に呼ばれ、テーブルの上に広げられた地図を一緒に眺めていた。 「私たちは今、この村にいます。この村から一番近い大きな街へ向かうには、陸路と水路があるそうです。水路のほうがずっと早く数時間で街へ到着するそうですが、一部急な流れの場所かあり、転覆などの危険が伴います。陸路だと一日野宿になるそうですが、盗賊などもまず出ないそうなので、比較的安全な旅路になるそうです」 直知の指先の動きを目で追いながら、俺は即答する。 「陸路で行くほうがいい」 「はい、かしこまりました」 俺に隠しているが、直知はあまり水が好きではないようだ。 今までせがめばどこにでも連れて行ってくれた直知だが、海や川やプールなどはなんだかんだ理由をつけて、当日の俺の護衛を他の人間に頼んでいた。 直知が一緒についてきてくれないと気付いてからは、俺はそうした場所へ行きたがることもなくなったのだが。 「陸路で行くなら、三日後に村の特産品を村人総出で運ぶのだそうで、村の人が街まで一緒に案内してくれるそうですよ。行きは荷物がたくさんになるから人手が欲しいとのことで」 「そうなんだ、それは逆に助かるな。マークさんとデリックさんもいるのか?」 「いえ、お二人は水路組だそうです」 「そっか、残念」 「水路に変更しますか?」 「いや、いい。でも、街でまた合流できるんだろ?」 「ええ、一応そう伺っていますよ」 急なお別れにはならないと確認して、嬉しくなる。 自然と笑みの浮かぶ顔を直知がじっと見ていることに気づいて、慌てて真顔に戻した。 この異世界に来てから初めて知り合ったふたりと、二週間行動を共にした。 でも、これからずっと一緒にいられるわけではない。 変な執着や依存をしてしまう前に、適度な距離感を保ったほうがいいだろう。 「オハヨウ、マーク」 「オハヨウ、ホヅミ」 翌朝、俺がマークに現地の言葉で朝の挨拶をすると、マークさんはにっこりと笑って両手の人差し指をちょんちょんとくっつけてくれた。 「あれ? デリックさんと直知は?」 俺がマークさんにしかまだ披露していない覚えたての挨拶をデリックさんにもしようときょろきょろと辺りを見回すが、二人はいない。 マークさんはもう二人は出掛けたと、身振り手振りで教えてくれた。 それから二日間、俺は出来る限りの日常扱う物の名前を教えて貰いながら、結局雛鳥のようにマークさんに付いて回った。 そしてあっという間に三日後の朝、十匹のロバのような動物と、十人の村人たちと直知と共に、俺はその村を後にした。 直知はマークさんやデリックさんと共に村に残った、水路組の村の人たちからもいっときの別れを嘆かれているようだ。 村に残って手を振る二人の姿を、何度も振り返って見る。 いつか来る別れを前に適度な距離を保とうという俺の決意もむなしく、二人の姿は溢れる涙で滲んでしまう。 そんな俺に気づいていないはずもないのに、直知は慰めも揶揄いもせず、無言で横にいてくれた。 ▼異世界語通訳▼ 「ナチ、ホヅミ、ようこそ、僕たちの村へ!」 「ナチ、ホヅミ、まずは村長に挨拶をしに行くよ」 「はい」 「顔をあげよ」 「よく帰って来たな、デリック、マーク。いつもより帰りが早いが、何かあったのか?」 「はい、村長。彼らは山で遭難していた、異世界人です」 「それは珍しいな。これから彼らはどうするつもりだ?」 「この村ではあまりにも情報が集まらないでしょうから、街へ向かわせるつもりです」 「そうだな、それがいい。しかし疲れているだろうから、まずは歓迎の宴でもしてやろう」 「ありがとうございます、村長」 「……というわけでひとまず挨拶はすませたから、家に案内しよう」 「ここが僕らの家だよ。しばらくここにいてもいいからね」

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