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センセー、嫉妬の何が悪いんだよ
午後――講義室は温かい光が窓から差していた。
眠い。翔太の今の状態を表すなら、それが一番だ。
昨夜の『わからせ』のせいだ。
散々我慢させられて、散々喘がされた。
思い出すだけで頬が赤くなるのを感じる。
(クソが⋯余裕そうな顔で出て行きやがって)
朝、眠いはずなのにいつものように直は起きていた。
翔太を起こし、朝ごはんを作り、洗濯物を干していた。
そして、『今日は模擬授業があるんだ』と言ってスーツを着て出て行った。
(絶倫クソ野郎⋯⋯)
心の中でごちる翔太。
「おはようございます。翔太」
声がした。机に突っ伏していた顔を上げる。
「⋯⋯⋯⋯はよ」
目を擦りながら、億劫そうに翔太は言う。
セットされた髪。清潔感のある服装。甘いマスク――
いつも通りの笑顔で遼は翔太を見ていた。
「眠そうですね?」
「あー⋯ちょっとな」
ふわぁーと欠伸をして、伸びをする。
その時、遼の視線が変わる。
目の奥に鋭い光が走る。
「⋯⋯翔太。首の、それ、は⋯」
空気が止まった気がした。
「ん⋯?首⋯⋯⋯!?」
反射的に無理やり襟を引っ張って首元を隠した。
思い出す。昨夜のことを。
散々我慢させられていた時、首元に何度も唇が触れていた。
(ふざけんな、ふざけんな!!朝、気づけよ俺!!てことは、大学中の奴らに見せつけてたってことかよ!?)
翔太の耳まで顔を真っ赤にして、混乱していた。
一方、遼は息を呑んだ。
視線が首元に張り付いたまま、離れない。
表情は、少し驚いたような顔だ。
――⋯⋯⋯はぁ?ふざけんな
けれど、遼の内心は、酷いものだった。
腸が煮えくり返り、完全に理性を失う手前だ。
――鳴神 直め⋯⋯油断してた!!あのクソ野郎⋯完全に、翔太に手を出してやがった!!
声にならない罵倒が喉の奥で渦巻く。
今、ここでそれを表に出さないのが、優等生の仮面を被る彼だから出来たことだ。
遼はカバンの中をゴソゴソと漁ると、スティック状のものを取り出した。
深呼吸をする。
いつもの笑顔を貼り付ける。
けど、目は笑っていない。
――大丈夫。俺ならできるだろ?
「⋯⋯翔太。こっちを向いてください」
「な、なんだよ。それ⋯」
翔太は視線を遼の方への向ける。
手に持っているものを訝しげに見ていた。
「コンシーラーですよ?」
遼はにっこりと微笑んだ。
けれど、微かに手は震えていた。
「こ、こんし、⋯なに?」
「コンシーラーですよ。隈やくすみを隠す化粧品です」
「はぁ?お前なんでそんなもん持ってんだよ」
「俺だって隈ができるときあるんですよ?これで隠すのがマストなんです。ほら、これで隠してあげますから、こっち向いてください」
そう言うと、翔太の肩を掴み、遼の方へ向ける。
「い、いいって!そんなことしなくて!」
恥ずかしいのか、翔太は反抗する。
「いいんですか?帰る時もその姿で」
その一言が決定打だった。
「うっ⋯⋯⋯⋯や、やってくれ」
声がかすれていた。
恥ずかしさと安堵でどうにかなってしまいそうな気分に翔太はなる。
「はい」
カチリとキャップを外す音が響く。
首元の痕にコンシーラーを塗る。
塗り終わると、塗った場所を指先でぼかすように広げる。指先が首元をなぞる度に、ひんやりとした液体が肌に広がる。
「うっ⋯く、くすぐったい」
「⋯⋯我慢してください」
肌に液体が馴染んでいく。遼の体温が重なって、翔太は冷たいのか熱いのかわからなくなってきた。
「⋯⋯できましたよ。鏡見ます?」
「い、いい⋯。ぜ、全部隠れてんだよな?」
「見える範囲のものは⋯あ、ごめんなさい。もう一個ありましたね」
うなじ辺りにひとつあるのを見つけ、コンシーラーを塗る。
「ひぅ⋯⋯!」
瞬間、翔太の口から甘い声が出た。
バッと口を翔太は押さえた。
「⋯⋯⋯可愛いですね」
ここで、歓喜の声を出さなかっただけでも、褒めて欲しいと遼は思った。
「うるせぇ!お前のせいだ!!忘れろ!今の声は!!」
「はい。忘れますよ?可愛い翔太の頼みですから」
「馬鹿にしてんのか!!いいから、ささっとやれ!!」
「ふふっ、わかりましたよ」
ニコニコと笑いながら、先程と同じ要領でコンシーラーを塗り、ぼかす。
「うん。これなら大丈夫です。良かったですね?⋯⋯⋯それにしても、それ。誰に付けられたんです?まさか」
――鳴神 直?
そう言えばいいのに、喉から出なかった。
「⋯⋯⋯別に、誰とでもいいだろ⋯お前には、関係ないし」
その時、
――キーンコーンカーンコーン
授業開始のチャイムが鳴った。
「⋯⋯とりあえず、遼。ありがとよ。座れよ、授業始まる」
教卓を見ると、すでに教授がいた。
遼は内心、舌打ちをしながらも翔太の隣に座った。
ちらりと、視線だけ翔太の首元に向ける。
あんなにあった情事の痕が綺麗さっぱり消えていた。
――俺が、消したんだよな。
そう思うと、ニヤリと笑えてきた。
――俺が、あいつの痕を塗りつぶした⋯!
ゾクリッ。
まるで心臓を強く掴まれたような衝撃。
形容し難い感情に心を囚われた。
そうだ――。俺が、更に、上書きすればいい。
鳴神 直のつけた痕を。コンシーラーで隠した痕に、さらに俺がつければいい⋯!
あいつのいない場所で、見えないところで。
何かが、遼の中で弾けた。
それが理性だったのか、最後のブレーキだったのか――もう、本人にもわからなかった。
――嫉妬?だからなんだよ。
ないと、人間らしくないだろ?
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