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第27話 離れない様に

 総から届いたメッセージは、  夜のアパートの静けさを一瞬で吹き飛ばした。  ベッドに腰を下ろしていた彩芽の指が止まる。  画面に浮かぶ短い文章。   ‪”‬明日、話がしたい。時間あるか?‪”‬   (……総さんが……俺に?)  喉の奥が急に乾いて、  心臓が爆音を立てた。  三年もの間、  ひとつの連絡もくれなかった人。  逃げられ。  距離を置かれた。  それでも忘れられなかった人から。  その総から、  「会いたい」と言われた。  彩芽は枕に顔を埋めて、声を押し殺す。 「……っ、俺……もう……好きすぎて…やばい…」  胸が苦しいほど嬉しかった。  けれど喜びと同時に、  どうしようもない苛立ちのような熱も込み上げてくる。  三年も、一人で待った。  その間に、  どれだけ泣いたか。  どれだけ呼んだか。  どれだけ探したか。  総は知らない。  (……でも、いい。   会えるなら……何でもいい)  返信は迷わず打った。    ‪”‬もちろん、大丈夫です。    いつでも呼んでください‪”‬    送信した直後、  胸に込み上げる熱を抑えられなくなる。  ――会ったら、抱きしめてしまう。  ――名前を呼んでしまう。  ――もう二度と離したくなくなる。  危険だ。  でも止められなかった。  彩芽は眠れぬまま朝を迎え、  指定されたカフェへ向かった。  ⸻  早い時間の喫茶店。  まだ客は少なく、  大きな窓から柔らかな光が差し込んでいた。  その席に座る総は、  湯気の立つコーヒーに手を添えたまま、  昨日よりずっと落ち着かない表情をしていた。  彩芽が向かいに座ると、  総は一瞬だけ目を伏せ、  そしてゆっくり顔を上げた。  「……来てくれて、ありがとう」  「当たり前ですよ」  視線が交差する。  胸の奥がざわめく。  総は少し深呼吸して言った。  「昨日……久しぶりに会って……   やっと自分の気持ちが分かった」  彩芽の鼓動が、はっきりと跳ねた。  総は真っ直ぐに続ける。  「逃げてたんだ。   好きになることも……   その先のことも……全部」  声が震えていたが、  その目は強く揺らがなかった。  「でも彩芽の顔を見て……   もう逃げられないと思った。   ……逃げたくなかった」  テーブルの上、  総の指先が少しだけ彩芽側へ伸びる。  ほんのわずか、触れそうな距離。  彩芽は堪えられなかった。  「じゃあ……聞いていいですか」  「……うん」  彩芽は、胸に溜めていた言葉を吐き出した。    「俺が大学卒業したら、付き合ってくれるって……    あの約束、まだ有効ですか?」    総の紫の瞳が、  はっきりと揺れた。  そして――  静かに微笑む。  ゆっくりと、  優しく、  ずるいほど甘く。  「……有効だよ。   消えるわけないだろ、約束」  その言葉に、  彩芽の胸が一気に熱で満たされる。  たまらず総の手を取ると、  総は驚いたように目を見開き、  それでも逃げなかった。  「俺、本気ですよ。   総さんのこと……ずっと好きなんで」  「……知ってる」  「離れる気も……失う気もない」  総は目を伏せ、  その指先をぎゅっと握り返した。  「……俺も、だよ」  「……総さん?」  「逃げないって決めた。   お前と……ちゃんと向き合う」  その言葉に、  二人の指がしっかり絡み合う。  もう離れないように。  もう迷わないように。  静かなカフェの中、  重なる手が小さな光を宿していた。

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