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タケ爺とフツ爺は、オオクニヌシのおじさんがその当時住んでいた出雲 の国までやってきた。
そしてその二柱が国内をちょっと探すと、白い「裳 」――神の肖像画にもよくえがかれる装束――を着たオオクニヌシそのひとは、伊耶佐 という地方の海、その昼間の浜辺を散策していたんだそうである。
それで早速タケ爺とフツ爺はその浜辺へ降り、威風堂々とオオクニヌシのおじさんの目の前までやってきた。
ちなみにオオクニヌシのおじさんは、いかにも優しそうな上品な顔立ちをした男神である。
彼は生まれつき額 が広く、黒く長い直毛をいわゆるオールバックにし、後ろでお尻までとどく三つ編みにしている。
そして、彼のその両目は聡明な冷静さをおびながら大きなかまぼこ型で、目じりには愛らしい笑いじわが刻まれている。いつも透明感をおびて輝いている瞳はくすんだうす茶色だ。
黒い眉は男神にしてはほんの少し薄めで、三日月眉である(それがまた見る者に優しげな印象をあたえる)。――なお目と眉の距離は遠めで、しかしそれがまた何とも愛嬌のあるやさしそうな感じを加え、また彼の常に口角の上がっている口もとは、にっこりと笑みをうかべるとなお愛らしく、そのそろった白い美しい前歯が、まるで飛びたったかもめのような形の血色のよい唇に縁どられる。
そしてオオクニヌシのおじさんの身長は、いわく174センチらしいのである。
するともちろん決して背が低いわけではない。が、…二メートル越えの大男であるタケ爺・フツ爺がそのひとの目の前に並んで立てば、およそ山がそこにいきなりそびえたったような不穏な影が、オオクニヌシのおじさんの全身をつつみこんだのだという。――『な、なんだこのふたり組、で、デッカァぁ……!?』とオオクニヌシのおじさんは、目の前に恐ろしい真顔で立ちはだかったその大男二柱に、ただならぬ何事かを察して、
「おお…おや、わ、私になにかご用ですかぁ…?」
と警戒はしつつも、あくまで愛想のよい笑みをうかべてたずねた。
「…………」
「…………」
しかし何も答えず、据わった目をしてそのひとを凝視するタケ爺とフツ爺は、腰にたずさえていた大剣をおもむろに抜きとる。
「……、…」
それにはオオクニヌシのおじさんも腰の裏につり下げた刀の柄 をとっさ掴み、いつ斬りかかられても応戦できるよう、やや腰を低くして構えた。
……ところがその大男二柱は、各々抜きだした剣を天へ放り投げ――さらには、
「「はっ…!」」
と声をそろえて、自分たちも高く飛び上がる。
そして空中でくるくると回転しながら落ちてきたその二刀は、柄のほうがグサッ! とやわらかな浜辺の砂に突き刺さり――天へむけて打ち立ったその剣の、銀の光がキラリとねぶった尖先に――フツ爺は草履 を履いた片足のつま先をそっと下ろして屹立 し、一方のタケ爺は空中にうかんでいるうちにあぐらをかいたそのまま、そこに座って腕組みをした。
……ややあってフツ爺もおもむろにそこにしゃがみこみ、尖先の上にあぐらをかいて腕をくむ。
そうしてならび、剣の先であぐらをかいて、気迫のすさまじい真顔でオオクニヌシのおじさんを見下ろしてくる彼らに、
「……、…、…」
オオクニヌシのおじさんはこう思ったのだという。
――『いやそれ…なんの意味が……? ひょっとして、カッコつけ…た、だけ、か……? いやまさか、ここからなにか別の技を繰り出してくるかもしれな……』いと彼はやはり警戒したが、…結果彼らがこのあとオオクニヌシのおじさんを攻撃してくることはなかった。つまりカ ッ コ つ け た だ け である。
「よおよお…大国主 っちゅーんはお主かい。」
とタケ爺がちょっと高いところからすごむ。
「え、ええいかにも…。この私こそ、出雲の国の王・大国主神 に違いありませんが……」
オオクニヌシのおじさんは動揺しつつも彼を見上げ、そう答えた。
するとフツ爺もそのつり目を冷ややかに、まるで刀の光のように細め、下にいるおじさんを凝視しながらこう言う。
「そうかい、そりゃよかった…。私らは天上からやってきた、天神の高皇産霊尊 と高天原の最高神・天照大御神 に遣 わされたもんだよ…――早速だが、なぁ大国主 さんや…、あんたの国は、今こそ我が御子神 が治めるべきだ…と天照大御神 はおっしゃっておる…。だから、悪いけどね…」
とフツ爺が言いおえる前に、せっかちなタケ爺はこうオオクニヌシのおじさんを怒鳴りつけた。
「どうじゃあ大国主! もちろん国を譲るな! 譲るに決まっとろうなぁ!! いいや、もし譲らんなどと寝言を抜かすようなら…」
「いやいやいやぉお、おっお待ちくださいお二方、…」
しかしそう両手で空中を押さえつけるオオクニヌシのおじさんは、そのかまぼこ型の目をもっと大きく見開き、真っ青になっている。
「突然なにを言い出すかと思えば、…はーなに、なにを、…っく、国を譲れとおっしゃいますか、…まったく信じられません、…私はこれでもこの国の王、――ましてや私なりに大変な苦労をしてこの国を平らげ、一つとしたのです、…もっとも未 だ不出来なところもございましょう、しかしこれからというところで、――その苦労して造り上げた国を一瞬にして奪われるだなどと、…いくら天神のおっしゃることとはいえ、そんなのはまったくおかしな話ではありませんか!」
「なんじゃ! やっぱりやるってのか!!」
とタケ爺が声を荒らげながら剣の先から飛び降り、がに股でドシン! と砂浜に降り立つ。すると、そのひとの大きな両足が砂にくい込んだときに飛びちった砂が、バチバチとオオクニヌシのおじさんの顔や体に直撃し、その男神は思わず顔をしかめながら一瞬目をつむった。
しかしオオクニヌシそのひとはすぐさま目を開けた。…ところが今度はそのかまぼこ型の両目に、何かあきらめにも似た冷静さを宿して、その二柱をながめやる。
「いいえそんな、あなた方のような益荒男とやりあおうなどと……」
「おっ!」――しかしここで、タケ爺が眉を寄せながらも目を見開き、そのくすんだ緑の瞳をキラキラとさせながら、オオクニヌシのおじさんを見る。
「なんじゃあ…意外に話のわかるやつじゃのおお主…」
「……は…」
オオクニヌシのおじさんは(砂まみれの顔で)きょとん。
タケ爺は肘をぐっと曲げ、丸太のような二の腕に山のような力こぶをつくっては、それをペチペチと叩いて強調する。それも、チラチラとその自慢の力こぶと、オオクニヌシのおじさんとを見比べながら。
「わかるか? この。ん??」
すると、オオクニヌシのおじさんはほれぼれとしたような笑顔で、その澄明なうす茶の瞳を輝かせ、タケ爺のその筋肉をこう褒めた。
「…あぁ、なんと素晴らしい肉体美でしょうか…! 私はこの地上で多くの猛者を見てまいりましたが、未だかつて、これほど立派な益荒男は見たこともございません…」
……これこそ人(神)たらしたるゆえん、というか、彼はタケ爺の「褒められたいポイント(ある種の弱点)」を察し、(また)取り入ろうとしたらしい。
で案の定、(チョロい)タケ爺は満足そうな笑顔を浮かべ、オオクニヌシのおじさんの両肩をバチンバチンとぶったたく。
「おお! やぁっぱりわかるんじゃのお! ああーやっぱり! わかるもんにはわかるんじゃのお!? いやーさすが国を造った男というだk…」
が、ここでその二柱の背後、剣の先からすとん、と優雅に降りたフツ爺が「そんなことより…」と言いながら、隣に並んだタケ爺を肘で小突きつつ、
「大国主 さんや、私らはあんたのご意向を伺いにきたんだよ。――どうするんだね…国を天に譲るのか、譲らぬのか。」
と話を戻して、それを阻止した。
つくづく二柱で行ってよかったといえるだろう。――タケ爺はしかも、(勝手に親睦を深めかけたくせに)このとき被害者ヅラしたらしい。
「んああそうじゃった! 危うくワシまで騙されるところじゃったわい! こんの噂にたがわぬ詐欺師 めがぁ!」
「…はは……」
するとオオクニヌシのおじさんは薄ら笑いで目を伏せ、やっと顔や衣服にまぶされた砂を払い落としながら、こう続ける。
「どうぞそうカッカなされるな…、はぁ…――いやしかし、思えばそのような重要なことに、この私のみが返答をするというのはいささか、ぁ゛…っ!?」
タケ爺がわっしとオオクニヌシのおじさんの胸ぐらを掴む。
「なあぁあにをグズグズ申しておるんじゃ! いいからはよ国を譲らんかい!!」
「…あ、あの、話を聞いてくださ、」
とオオクニヌシのおじさんは困り笑顔をうかべながら言うものの、タケ爺はぐわんっぐわんっとそのひとをそのまま揺すり(強請 り)まくる。
「譲れ譲れ譲れえ! 国を譲るんじゃあああ〜〜! おい大国主、お主が国を譲るか譲らんかに、このワシの〝天上天下唯一の益荒男〟ってえ面目がかかっとるんじゃあ!!」
「あ、はは、…っはあ…? あのっ…! いえっ…? それ、っそれ、! 多分私ども関係なi…」
しかしタケ爺はその険しい顔を鬼のように凄 ませて、
「っン関係大ありじゃい!! お主が国を譲らんことには、ワシの面目丸潰れなんじゃあ!!!」
「……はぁ…」――フツ爺がため息をつき、タケ爺の肩を後ろからつかんで「およしよ…」
「ひとまず話くらい聞いておやりな…」
「…んああ゛っ?」とタケ爺がガラ悪くフツ爺に一瞬ふり返る。
しかしタケ爺はすぐにまた、(二メートル越えの大男に胸ぐらを掴まれ、ぐわんっぐわんっと揺さぶられすぎたせいで、もはやぷらーーんと浮いている)オオクニヌシのおじさんを睨みつけ、
「何じゃあ大国主…お主、なんか話したいことがあったんか?」
……話を聞いてください、と言っていたんだろうがオオクニヌシのおじさんは…――とこの話を(酒の席で)聞きながら内心呆れかえっていた僕であるが…――(いろんな意味で)大人のオオクニヌシのおじさんは、
「……はは……はい……」
と困り笑顔でうなずいただけだったんだそうである。――そして「ぷらーーん」のまま、彼はこう言った。やっとこう話ができた…。
「と言いますのも…そもそも私はこの頃、そろそろこの国の王の座から退 こうかと考えており…」
が、早合点したタケ爺がまたこう凄む。
「おおほいじゃあさっさと退いて国を譲 …」
「いやそうではなく…――どうか最後までお聞きください…、…というかその前に下ろしてください……」
そして(下ろしてもらった)オオクニヌシのおじさんはこう話した。
「そもそも私は、思えばもう成し遂げるべき事を成し遂げた…。ゆえに、頃合い王の座から退こうとしている身でございます…――そこで少々お手間かとは存じますけれど、…その実私には、この国を継がせようとしている息子・八重 事代 主神 がおります。…この件に関しましては、どうぞそれの意思をまず先に伺われてください。…どのみち近々身を引くべき私めの返答ばかりでは、国を譲るも譲らぬも…」
「ほお…。そいじゃあ、その息子っちゅーんはどこにおるんじゃ。」
とタケ爺に間近で睨みつけられたオオクニヌシのおじさんはふと、背後の海に振り返った。
「……あぁ…しかしそれが、今日は美保 の崎 というところに遊びに行っておりまして、ここには…――。」
◇◇◇
それでコトシロヌシのおじさんは急きょ呼び出された。――ちなみにその召還要請のため、彼のもとへは使者が遣わされたのだという。
そして、例の浜辺でコトシロヌシのおじさんを(各々気まずい思いをして)待っていたタケ爺、フツ爺、オオクニヌシのおじさんは、――本当なのか(酒の席のいい加減な)誇張なのか…――小船をサーフィンボードにしてあらわれたコトシロヌシのおじさん(デッカい赤鯛を肩にかついでいる)が、海上をかき散らしながらすべるようにしてまっすぐやってきたので、みんなして驚いたのだという。
……ちなみにコトシロヌシのおじさんは恰幅 がよく、福々しい丸い顔をしている。それにいわゆる福耳だ。――ただかまぼこ型のやさしげで聡明な目もとや、三日月眉はオオクニヌシのおじさんによく似ている。
で、その波打ち際に各々たたずんでいる三柱のやや近く、海上で止まったコトシロヌシのおじさんは、笑顔で開口一番こう言った。
「お待たせしました。――いいですよ?」
「「「……え」」」
三柱は声をそろえた。
コトシロヌシのおじさんはにんまりと目を糸のようにして笑う。
「父上、どうぞここは穏便に。…なに、この地上の万物をさえつかさどる天神に逆らうのは、まあ得策とは言えますまい。――なにより、この出雲をその天神の御子に奉れば、あるいはもっとよい国にもなりえましょう。…お任せしてみれば、案外今より国もうまくゆくかもしれませぬ。」
……そう…なんとあっさりOKだったんだそうである。――コトシロヌシのおじさんは温厚でおちゃめ、恐ろしいほどやさしく信望にもあついおひとなのだが、とても賢い神でもあった。
ただ彼は、
「それでは皆々様、そういうことで!」
と明朗に言いざま、(サーフィンボードにしていた)船の船頭を踏み込み、そうしてかたむけ、その船をぐるんっとわざと転覆させ――そのあいだに手の甲同士をあわせ、まじないをかけ――、すると当然自分の背後から襲いかかってくるその船を、四方をかこう青柴垣 (青葉で編まれた垣根)に変えながらそのなかに収まって、そのままぶくぶくぶく……青柴垣ごと、海の中へ沈みこんでいってしまったのだという……。
「…………」
「…………」
「…………」
とり残された一同はコトシロヌシのおじさんが消えていった海の前で呆然としていた――が、ハッとしたタケ爺が、隣のオオクニヌシのおじさんにふっと勇んだ顔を振り向かせる。
「……おい大国主 ! なんにしたってお主の息子は国を譲ると言っとったぞ! これでワシは天上天下唯一…いや、――これでお主はもう文句なしに国を譲るんだろうなあ!?」
「……あぁ…あぁあの、」
オオクニヌシのおじさんは『まさかこうあっさりと承服するとは…』ときまり悪かったそうだが、…しかしそれ以上にはたと思い出した存在があった。
それで彼は苦笑いをしながらこうタケ爺に言った。
「しかし後出しで申し訳ないのですが…その、…実は私には、これでやすやすとは従わないだろう息子がもう一柱おりm…」
「おい゛お前らあ!! そこでなぁにをしている!!」
と……三柱の背後でがなる男神が一柱ある。
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