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「おい゛お前らあ!! そこでなぁにをしている!!」  と三柱の背後から聞こえた、男のしゃがれた怒鳴り声に、一同は弾かれるようにして後ろへ振り返った。  ちなみに三柱のいる砂浜へ行くには、降りるべき階段のようになった――もちろん未整備の、あくまでも自然と慣習がなした――ゴツゴツとした荒々しい黒い岩の群があるのだが、そこの頂点に、大岩を軽々と片手に掲げもった大男が大股開きで立っていた。  媚茶(こびちゃ)――緑がかった濃い茶色――の血走った険しい大きな目は鋭気に満ち、またその太陽の光をやどした光沢のある赤味の褐色(かっしょく)肌は、分厚な肉体の筋肉のこまかな筋をまで克明に浮きぼりに映えさせている。  男の顔立ちは美しかった。墨色の眉と目の距離が近く、覇気に満ちている。また白に近い銀の髪は長く、しかし(くし)を通していないふうのややボサボサとした荒れた感じのそれが、潮風にもつれながらはためいている。前髪は額の真ん中でM字に跳ね上がっている。  さらにその大男は白い着物を着ていた。  しかし、その土に汚れた着物は肩口からビリビリに破られて(そで)がなく、大男の筋のういた太い褐色の腕をむき出しにしている。――そして下には折り目のないまっすぐな黒い(はかま)穿()いているが、それも泥によごれ、(すそ)が破けている。  そしてその大男は片手に大岩――千人かかってやっと動かせるといわれる、千引(ちび)きの大岩――を掲げていたが、それもよく見ると指先にそれをのせている。  さらにはその大岩をぽん、ぽんとまるで軽いボールでももてあそぶかのように、上に軽く投げては持ち直しながら、岩の群を威厳に満ちた大股でやすやすと降りてくる。 「何者だ!! 我らの国でそうコソコソと、この(ねずみ)どもめが!!」 「……噂をすれば影、とでも申しましょうか…」  とオオクニヌシのおじさんが小さな声で、こちらへやってくるその大男を眺めやりながら、少々困惑気味にタケ爺とフツ爺へ言った。 「あれこそは、先ほど申しかけた私の息子・建御名方神(タケミナカタノカミ)でございます――。」  そう…見るからに粗暴そうなその大男こそは、先ほどオオクニヌシのおじさんがあっと思い出した、もうおひと方の御子神・タケミナカタノカミそのひとであった。  ……タケミナカタのおじさんはタケ爺、オオクニヌシのおじさん、フツ爺の順番でならんでいるその三柱の前までやってきた。――彼の背丈は祖父らよりも低いが、190センチほどと十分に高い。  まずタケミナカタのおじさんは、父であるオオクニヌシのおじさんを睨むようにして見た。 「父上! 何故(なにゆえ)このような不届き者らに国を(ゆだ)ねようかなどと悩まれておられるのか! 悩むまでもない、この国は正真正銘我ら一族のものでございますぞ! ――兄も兄である! 何故唯々(いい)諾々(だくだく)国を譲るなどと戯言(たわごと)を抜かしたのか、俺には全く理解が出来ません!!」 「…お前の気持ちは痛いほどよくわかるが…」  オオクニヌシのおじさんは複雑そうな顔をした。  しかしタケミナカタのおじさんは、次にいきおいタケ爺を睨みつける。 「お前らが何者かは知らんが、我が国と父に手出しなどするようならば、この瑞穂(みずほ)の国随一の益荒男・建御名方神(タケミナカタノカミ)が容赦はせんぞぉ!!」  タケミナカタのおじさんはそう勇猛に咆哮(ほうこう)したが、「お前ら」とはいえ、それは明らかにタケ爺そのひとにのみ向けられていた。見るからに(自分と同じくらいの)偉丈夫(いじょうふ)だったからだろう。  ……それにしてもタケミナカタのおじさんはすごく勇敢なおひとだ。強敵にも屈せず、また父や兄も完全なる味方とはいえないなか、それでもたったおひとりで、恐れずこうして敵に立ち向かってゆかれたのだから。 「ほお〜…」とタケ爺が、タケミナカタのおじさんを見て挑発的に目を細める。細めながら一歩前に出て、おじさんの怒り顔に闘争心むき出しの笑顔をぐっと寄せ、 「なんじゃあお主…、随分威勢がいいんだのぉ…――しっかし、この国随一の益荒男だあ…? 随分小さくまとまったもんよ……」 「何ぃ!?」――タケミナカタのおじさんも引かず、その(キスをしかねない)至近距離で()え、両者はお互い一歩も引かずに睨み合う。 「ふっふっふ…、このワシ・建御雷神(タケミカヅチノカミ)は、そぉんな小さいところにまとまりゃせんわ…――このワシこそは、〝天上天下唯一の益荒男〟よ!」 「…笑止!! よかろう! そのような()(ごと)を抜かすというなら、この俺・建御名方神(タケミナカタノカミ)が直々に相手してやる!」  とタケミナカタのおじさんはタケ爺と睨み合ったまま、(すなわちノールックで)手に持っていた大岩をポイッと横へ投げ捨てた。――いくらそのひとが軽々持っていたとはいえ、確かに千人かかってやっとの重さをもつそれは、するとドシンッ…! と砂浜に身をしずませたなりバチバチバチッ! と砂を飛び散らせ、砂塵(さじん)を舞わせながらそこに重々しく居座った。  ……ちなみにこの二柱がこうしてメンチを切り合っているさなか―― 一歩引いたところでそれを見守っていたオオクニヌシのおじさんとフツ爺は、 「…………」 「…………」  ふたりであきれ返っていたらしい。  おいおい、益荒男がどうとかは今どうでもいいだろうが、国譲りの話はどうした…――。  しかし、タケ爺とタケミナカタのおじさんは(その白けた顔の二柱など気にも留めず)、こんなことをやっている。――タケミナカタのおじさんはニヤリと不敵に笑った。 「よし…それならまずは力比べをしてみようか…。どうだほら、俺のこの手にお前の手を握らせてみろ。」  彼はタケ爺に、油を塗ったようにつやめく褐色の、その無骨な大きな手を差し出した。  するとタケ爺も挑発的な暗い笑顔をうかべながら、またにらみ合いながら、 「…おーよかろう…、握ってみろ、ほれ…」  と負けず劣らずの、ゴツゴツと指の太い大きな手を素直に差し出す。  そしてタケミナカタのおじさんが、その手を力いっぱい握りしめてやろうと、タケ爺の手を掴んだ。  そのときであった。 「――…っ!?」  タケミナカタのおじさんは慌てて手を引いたばかりか、後ろに飛び退いてタケ爺のその手を険しく凝視する。 「ふん、…ワシの手を握り潰して剣を握れんようにしようったって、そうはいかんぞ小童(こわっぱ)あ!!」  ……そう勝ち誇った顔をして怒鳴ったタケ爺のその手は、タケミナカタのおじさんが握ったその瞬間、メキメキと凍りつき、たちまち鋭利な氷柱(つらら)の形に育つと、やがて剣そのものとなったのだという。  しかしタケ爺の恐ろしいのは、ここからであった。 「……、…な、何と面妖(めんよう)な……」  と応戦のため、腰を低くして構えてはいるタケミナカタのおじさんだが、多少怯えているふうに固まっているそのひとへ、脅すようにおもむろに歩みよってゆくタケ爺は、 「さあさあさあ……」  と暗く微笑しながら、その歩みのさなか、剣となった片手をヒュンッと斜め下へ伸ばし――その剣をバキンッとくだけ散らせると、ふたたび手となったその片手をタケミナカタのおじさんへ差し出し、 「今度はワシの番じゃのお…。お主の手を、この益荒男・建御雷(タケミカヅチ)に握らせてみい……っ!」  そしてタケ爺はタケミナカタのおじさんの前に立ったなり、目にもとまらぬ速さで、そのひとの片手を奪うように握りこんだ。――バキボキボキッ! 「ッぐあああああ!!」  タケミナカタのおじさんは、まるで(あし)――すすきに似た背を高く伸ばす草――をわっしと掴み、さらにはそれを引っこ抜いて捨てるかのような軽々とした動作で、遠くへ投げ飛ばされた。  それも彼は、投げ飛ばされた先でのたうち回りながら手首を押さえ、脂汗をかいた真っ赤な顔で悶絶していたという。それはなぜといえ、握りこまれたその一瞬に片手を握りつぶされ、その手を粉砕骨折してしまっていたためである。  しかし――これでは終わらない。 「……よおよお…、さっきまでの威勢はどうしたんじゃあ……」  とタケ爺はタケミナカタのおじさんに、恐ろしい顔をしてゆっくりと歩みよっていきながら、斜め下へ右手を伸ばし、わきわきとその太い指をうごめかせた。すると砂浜に柄を刺したままだった彼の剣がひとりでに抜け、くるくると回転しながらそのひとの手のほうへ飛んでいって――まるで吸い付くように、その大きな手にしっかと柄を握らせる。 「この建御雷(タケミカヅチ)に喧嘩を打ったんじゃ…、覚悟せえよ…――ぶっ殺したる。」  ……そうしてタケ爺は恐ろしい執念をもって、命の危険を感じてあわてて逃げていったタケミナカタのおじさんを、地の果てまで執拗に追いかけまわし――とはいえ、それは厳密には信濃国(しなののくに)諏訪湖(すわこ)というところまで、ではあったのだが…、いよいよそこまで追いつめると、それでなくともボロボロの血だらけになり、地面に倒れ込んでしまったおじさんに剣を振り上げ、「トドメじゃあ!」と彼を殺そうとした。  しかし、 「ひいいい! 何卒(なにとぞ)命ばかりはご勘弁を…っ!!」  と、そう身をかばいながら命乞いをしたタケミナカタのおじさんが、タケ爺がそこで提示した「国譲りを呑むのなら命だけは助けてやる」とその条件を呑むと――なおそれに付け加え、おじさんは(国譲りを承諾した)父と兄にも(そむ)かない、また自分はこの諏訪の地に留まってどこへもゆかない、というようなことも言っていたらしい――、…タケ爺は剣を下ろし、 「よかろう。その言葉、信ずるぞ。」  とそれだけ言い置いて、去っていったのだという。  そうして「国譲り」は成された。  その後オオクニヌシのおじさんは、タカミムスヒ様が彼への敬意をもって造られた大そう立派な御殿(ごてん)に住まわれ、そのうちに地上での天寿をまっとうされた。  またコトシロヌシのおじさんは、天に帰順した国津神の首長となり――そしてタケミナカタのおじさんは、本当にかの諏訪から出ることはなく、その土地の霊験あらたかな神になったという。  ……が…――それにしてもこれでは、命の危険をも(おか)し、苦労して造り上げまとめあげた国を、オオクニヌシのおじさんたちはある日突然、脅迫をもって横取りされたようなものである。  そのときのオオクニヌシのおじさんたちのご心痛たるや、想像を絶するものであったはずだろう――。  しかし、さらにその後彼らは伊弉諾(イザナギ)伊弉冉(イザナミ)のご両神同様、神世の終わりとともに、人間の子の目には見えない「神としての務め」をタカミムスヒ様に任せられたのだが、偉大な寛大なる彼らは、憎まれるべき祖父らの謝罪を快く受け入れ、あの悲惨な過去をも水に流してくださり――さらには、ほとんど侵略者であった祖父らの、その孫である僕たちのことをも、また大変可愛がってくださった。 「いやぁ、強くなったのおぉ〜〜!」  土俵からころげ落ちたタケミナカタのおじさんのもとへ、タケ爺がのっしのっしと歩みより、そのひとに片手を差し出す。  彼らは今しがたまでお相撲(すもう)をしていたのだ。だから、ふたりとも泥だらけな裸に「(まわ)し」だけの姿である。 「いやはや…油断した、油断した…」  と言いながら、タケミナカタのおじさんはちょっと悔しそうな笑顔で、タケ爺のその手を掴んだ。――しかしそのまま引っ張り起こされると、ふたりは爽やかな笑顔を見合わせて、握手をかわす。 「建御雷(タケミカヅチ)殿、ご対戦感謝致す。」 「ああこちらこそ! 感謝するぞ!」  タケ爺に殺されかけたタケミナカタのおじさんと、その冷酷な侵略者であったタケ爺は、それから千年以上の時を経たのち、「相撲仲間」になっていた。信じられないかもしれないが、彼らはよきライバルであり、よき仲間であり、よき親友となっていたのである。  さて、そこにいまだ人間の子にして六、七歳の僕が駆け寄ってゆく。  なおシタハルは、「訳あって」もともと彼らの近くにいた。 「さすがじいじ! 僕わかってたよ、じいじが勝てるってわかってたよ!」 「かっこいーじいじ! 勝ったね、すごいすごい!」とシタハルもタケ爺の太い膝に両手をかけ、ぴょんぴょん飛び跳ねる。 「ガーーハッハッハッ! これで何とか〝じいじの面目〟が保たれたわい!! いや〜! かわいこちゃんたちの前では負けられんからのぉ〜!」  とタケ爺は、廻しに両手をあてがい、天を仰いで大笑いする。  そう…言うまでもなく、僕たちはこのとき、ふたりのお相撲を観戦させてもらっていたのだ。――ちなみにそのさなか、シタハルときたら泣きそうになっていた。  タケ爺が危うく負けそうになったのだ。それには僕も「はぁ…っ!」と息を呑んだ。シタハルも目をうるうるとさせて、「じいじー! 負けるなー! がんばれー!」と必死にタケ爺に声援を送った。  ところが…である。  シタハルは、大好きなタケミナカタのおじさんが負けそうになっても、「だめー! おじさーん! 負けちゃだめええー!」と泣きそうになりながら声援を送っていた。――この弟は勝負事というのをあまりよくは理解しておらず、いや、理解はしていても、大好きなふたりのどちらにも勝ってほしかったのである。  ……もっとも、実をいえば僕も内心ではそんな感じだった。どちらが土俵際に追い込まれても、ヒヤヒヤとしながら負けたほうのことを考えて、ちょっと悲しくなってしまった。――つまり僕も勝負事とはわかっていても、本当は、どっちにも負けてほしくなかったのだ。  しかし――結果はタケ爺の勝利であった。  なお、ふたりのお相撲ではしばしばタケミナカタのおじさんが勝つこともあるのだが、この日の彼の敗因は…――。 「よお坊主! すまねぇな、おじさん負けちまったよ……」  とタケミナカタのおじさんがニコニコしながら、シタハルの両わきに手を差し込んで抱き上げる。  ……ある意味シタハル(こいつ)のせいである。  というのも…――おじさんが土俵際に追い込まれ、そこでなんとか踏ん張っているとき、 「じいじだめええー!」とシタハルはボロボロ泣きながら土俵に上がり、タケ爺の泥だらけな太いふくらはぎに後ろから抱きついて、後ろに引っ張った。  僕たちの近くにいた父と母は、あっと言っている間にそこにいたシタハルに、「危ないから戻ってきなさい!」と怒号を飛ばしていたが、弟は聞く耳をもたない。 「だめ、だめぇえっ! じいじだめー!!」 「っンどっちの味方なんじゃいシタハルう!! 危ないからあっちに行ってなさい!!」  ……当然タケ爺は、(タケミナカタのおじさんと押し合っているのもあって)こめかみに血管を浮き立たせながら、そのシタハルに怒った。 「っおれはおじさんの!」  弟は「味方」と言いたかったのである。 「でもじいじのみたか! おれはじいじもおじさんも大好きなんだもん! 大好きなおじさんがケガしたらかわいそうだもん!!」 「…んぐフ゛っ…」――ここまで必死にこらえていたタケミナカタのおじさんは、思わず吹き出してしまった。  さて、「トドメ」がこれである。 「どっちも勝ってほしいのぉおれは゛っ! ふたりとも勝った…っ! じいじの勝ち! でもおじさんの勝ち! ほら勝った、もう勝ったからぁ! これでもうおすもう終わりいいい…――っ!」 「ふ゛…ぐ、…ふふふふふふ……っ」  ……タケミナカタのおじさんは――ある種「負けて」しまい――力が抜けてしまったらしい。  隙あり、とタケ爺は彼の廻しをつかんで、ぽいっと土俵外に放り投げた。彼は受け身をしながらごろりと転がった。……  タケミナカタのおじさんの腕に座るかたちで抱かれているシタハルは、おじさん負けちまった、という彼に、笑顔で「ううん」と首を横に振る。 「おじさんも勝ったの。おれが勝たせてあげたでしょ」 「…はは…、そうか…おじさん、勝ったのか…」  タケミナカタのおじさんは、ちょっと泣きそうになりながら笑った。  シタハルも涙に濡れている顔で、「うん」とにっこり笑ったが、すぐに心配そうな顔をする。 「…おケガしてない…? 痛いとこは…? いたいのいたいのとんでけしたげよっか…?」 「…うん…、ううん、いいや、おじさんどっこも痛かねぇや…、ちっとも痛かねぇ……」  彼の笑っている媚茶の瞳は光っていた。 「おじさんもかっこよかったよー、すっごくすっごくかっこよかったー!」  と僕のほうは、タケ爺の腕に座って、おじさんのたくましい肩をぺちぺち叩いた。彼の肩は驚くほど硬かった、熱くて、汗に濡れていた。 「でもじいじより弱いけど。」  しかし僕は生意気に、勝負に勝った祖父が誇らしいあまり、自慢げな顔をしてそう言った。  ……話に聞くタケミナカタのおじさんなら、きっと怒ったに違いない。  しかしおじさんは、 「なんだとぉ!」  と笑って、タケ爺の腕から僕のことをかっさらい、両腕に僕とシタハルとを抱えた。――僕たちはキャハハとわらう。 「はっはっは! お前らだっておじさんみたく強くなりたいだろう? なあーほら! どうだ!」  そしておじさんは僕たちをゆっさゆっさと縦に揺さぶって、「そう言え」と圧力をかけてくる。 「キャハハ…ッやーだよー! 僕はじいじみたいになるの!」 「何だって、小生意気なウエめ! おじさんだって強いんだからな!」 「うんうん」――シタハルが無邪気に笑って、おじさんの太い首にぎゅっと抱きつく。 「だっておじさんも勝ったもんね!」 「うん」と僕もそう思って、頷いた。うなずきながら、シタハルをずるく思って、自分もおじさんの首に抱きついた。 「ほんとはたけみなかたのおじさんも、すごーーくすごーーく強いよ。かっこいー。…僕、やっぱり将来おじさんみたくなってあげてもいいよ。」 「いいやお前ら!!」  タケミナカタのおじさんは怒声をあげた。 「勝負事っつーのはなぁ、そんな甘いもんじゃねえや! 勝つ者・負ける者が生まれる、それが勝負ってもんなんだ!」  ……僕たちにすりすりと頬ずりしながら。僕たちはケラケラ笑っていた。  彼はしゃがれた怒鳴り声でこう続けた(それがまたカッコよかった)。 「だが勝つまでやる。勝つまでやったら負けたことにゃならねえんだ! いいか、〝負ける〟っつーのは、〝挑むのを諦める〟ってことなんだ。挑むために生きる。負けたときに勝つことや生きることを諦めたら、二度と勝てるこたぁねえんだよ。…つまり負けるってのはよ、〝臆病な自分に〟負けるってこった。――おじさんは負けた。だが諦めてねぇし、こうして生きてる。何度でも勝ってやろうって奮起して、ずーっとおじさんは諦めてねぇや。だから負けてねえ。…だからおじさんは勝ってやる。だから勝ってきた。…勝つために生き、そして勝ち、また勝つ!」 「いかにも! いやー本当にいい勝負じゃった、建御名方神(タケミナカタノカミ)! しかしすまんなうちのシタが…あれがなかったら正直わからんかった、…なあ、是非またやろう!」  タケ爺がバッチンバッチンとタケミナカタのおじさんの肩を叩いて、奮闘を称える。 「…ああこちらこそ、しかし次は必ずや勝ちますぞ! なあお前ら、――今度はおじさんが絶対に勝つからな!」  とおじさんは明朗に言いながら、土俵外に置かれている大岩まで僕たちを運び、それの上に乗せた。  そしてその岩を「ふんっ」と持ち上げ、 「お前らのじいちゃんなんか、こうしてひょいっと、いとも容易く投げ飛ばしてくれよう!」  ぽいっと僕とシタハルののった岩を、上に投げては受け止め、投げては受け止め、――僕たちは楽しくてキャッキャと笑っていた――、そして勇ましい笑顔で、彼は清々しくこう言うのだった。 「いいか、勝負ってのは、いつだって誰が勝つか負けるか、わからんもんなんだ! ――だから何度負けようが、どれだけの苦境に立たされようが、絶対に勝つまで諦めるなよ! 生きてりゃあそれだけで勝ちよ! 生きるということに挑み続けた者にこそ、勝利っつー栄光が与えられるんだからなぁ…――っ!!」

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