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「え〜〜? すご〜いお姉さん、どうやって僕たちのこと見つけたのぉ〜? 忍者? かくれんぼ得意だったりするでしょー! まさか見つかっちゃうとは思わなかったぁ〜、えへへ…どうもぉ、こんにちは〜〜」
とハルヒさんは茶目っけたっぷりに挨拶を返しつつも、通路(バージンロード)に立っている女性に膝をむけ、――彼は通路側に座っているので――さりげなく隣に座っている僕をその背に隠すように、座りなおした。
「……、…、…」
だが一方の僕は深くうなだれ、できる限り身を小さく縮こまらせながら、震えてしまう奥歯を噛みしめて、ただじっと耐えしのんで待つ。――しかし彼は、(彼の冗談に一笑ののち)女性がにこやかに、
「ChiHaRuさんは先日電撃結婚を発表されましたよね。今日のKOTONOHAさんの結婚式にはどういった…」
と早速しようとした質問を「すみませ〜ん…っ」と愛嬌を込めた、しかし申し訳なさそうな態度でさえぎる。
「ちょっと今彼の具合が悪くてー、彼ねー、人混みが苦手だから、きもちわるくなっちゃったみたいなんですよー。…それで僕、今付き添って様子看 てたんですけど、まだちょっと、…かなぁ…、…うーん…――だから、あとにしてもらってもだいじょうぶ…ですか…? あとで必ずお答えしますのでー…、ごめんなさ〜い……」
「…そうなんですね…、もしや隣にいらっしゃるのは、ChiHaRuさんが〝衝撃的な一目惚れ〟をされて、先日結婚されたばかりの旦那様でしょうか? 大丈夫ですか?」
「……っ!」
にわかに心臓を殴られたような痛みと共に、僕の体がビクンッと跳ね、たちまち全身に脂汗がわき出る。
――ハルヒさんがすっと立ち上がる。
「あ、いつにします〜? 僕ー今日の夕方頃なら空いてるんですけどー…、え〜でも、僕のほうから言うのはなんか変かも? えっ変かな? あはは…っ」
そうハルヒさんがおどけると、女性と男性数人の「ははは…」と揃った笑い声が聞こえた。(僕はうつむいてばかりで気が付かなかったが、)取材班には男性も数名一緒にいるようだ。
「えへへ――いやーだって、」とハルヒさんが笑いながらつづける。
「僕もお姉さんたちにノロケ話いーっぱい聞いてもらいたいんですもん〜〜、新婚だし〜、まだまだラブラブだし〜〜? うわーすっごく楽しみ〜〜。えへへへ…――ただでもぉ、彼の体調が最優先なのでぇ…、今はちょっと…すみませんけどぉ……」
「そうですよね、すみません」と女性がここで引き下がりそうな気配をあらわす。
「それでは、改めて取材させていただけるお時間と場所を取り決めてもよろしいでしょうか。…ただその際には、是非旦那様にもお話を伺えたらと思うんですが……」
「あーすみません…っ、夫はそういうの苦手なんですよぉ。ちょっと人見知りする人でぇ…」
「……、…、…」
僕は、…自分の不甲斐なさに眉をひそめる。――忌々 しいのは、それでもなお恐怖心で満たされてドクドクと痛い動悸のおさまらない心臓だ。
「それにほら、」とハルヒさんが、わざとコソコソと女性たちに言う。
「旦那さんの前では恥ずかしくって言えないようなことも、僕とお姉さんたちだけなら…ね…? うふふ……ということで、僕だけでもいいですかぁ〜? …あ、でもこのあと披露宴があるのでぇ、うーんと、そうだなぁ、時間はー…――。」
そうしてハルヒさんは僕の恐怖心をおもんばかり、そのように自分だけで、と記者の女性たちと取材の時間、場所を取り決めた。
「……それではよろしくお願いします。失礼いたしまーす。」――そう挨拶しながら女性たちが去ってゆく。
「は〜〜いこちらこそ〜〜…よろしくお願いしま〜〜す…、……」
そしてそう女性たちを見送ったハルヒさんは、こっそり「はぁ…」とため息をつきながら、再び僕の隣に座りなおした。
また彼はとがらせた唇をぶるる、とすねたように鳴らし、ベージュのスラックスの中から自分のスマートフォンを取り出すと、(おそらくマネージャーさんに)短いメッセージをすばやく送ってから――僕の膝に手をおき、「ごめんね…」と申し訳なさそうな、小さな声で謝ってくる。
しかし僕は、…僕のほうこそ申し訳ない気持ちであった。だからうつむいたまま、こうこたえる。
「いえ、そんな…とんでもないです、…むしろこちらこそすみません、ありがとうございました……」
するとハルヒさんは「ううん」と、まだ気遣わしげにひそめられた声でこう言う。
「怖い思いさせてほんとうにごめんね…」
「…いえ、大丈夫です、すみません、…というかでも…芸能人のハルヒさんと結婚したんだから、きっとこういうことにも僕は、本当は慣れていかなきゃいけないんですよね……」
いくら僕が一般人であろうとも、だ。
夫であるハルヒさんが芸能人、それもかなり有名な歌手である以上、僕はきっとこういうことにも慣れていかなければならない。――もっといえばこういう場合、もっと毅然 とした態度で構えていなければならない。
ひょっとすると僕は先ほどのようなとき、自分も「ぜひ」といって、堂々と取材を受けるくらい肝が座っていなければならないのかもしれない。…それくらいでなければハルヒさんの、いや、ChiHaRuさんの伴侶にはふさわしくないのかもしれない。――少なくともいちいちビクビクと怯えていてはならない。これから先も、きっとこうしたことは幾度となく訪れる可能性が高いのだから。
しかしふと顔を上げて見たハルヒさんは、なぜかちょっとムッとしていた。
「君は今のままで十分俺に相応しい旦那さんだよ。…それに俺、君を護るって、俺が君を護りたいのって言ったでしょ。…なんか君が自分を責めてるみたいで俺、なんか…なんかやだ。――ね、怖いと思うのは悪いことじゃないでしょ。しょうがないことでしょ。…俺はハヅキの夫として、君のそういうきもちもちゃんと護ってあげたいの。」
そしてハルヒさんは「それにね」と眉尻を下げて、困り笑顔をうかべる。
「…俺も怖いよ…、別に芸能人だからって、ああいう突撃取材みたいなのに慣れてるわけじゃなくてさ…、正直何度やられても慣れはしないよ、…今だって俺、ほんとはめっちゃドキドキひやひやしながら、なんか変なこと言わないようにとか、めっちゃ気を張って答えてたんだよ…? だからなんていうのかな、…だから――慣れようとしなくていいっていうか…、うーんていうか…、怖いのとか慣れないのとかは当然だから、俺でもこわいし慣れてないから、…無理に順応しようみたいに考えなくてもいいよって、俺はそうおもう、みたいな……」
「…そう…なんですね…、すみません、ありがとうございます…、……」
僕はハルヒさんが言ってくれた言葉に、眉尻を下げて微笑したが、しかしまたうつむいた。
ハルヒさんも怖いのに、それでも僕のために…自分が情けなくてたまらなかった。そもそも僕の恐怖心は過剰なのではないか。――それにこれじゃ、このままじゃ、ハルヒさんばかりを矢面 に立たせて、一方の自分は彼に護られてばかりで、まるで僕は自分のその恐怖心を言い訳に、彼のことを都合のいい盾にしてしまっているようだ。
「ね、自分を情けないだなんておもわないで」
ハルヒさんはそう言ってくれる。
優しいからだ。――だが僕はだからこそ、余計に自分が情けなくてたまらなくなる。
「……、でも…僕、…僕がこんなに意気地なしじゃなかったら、…さっき思ったんです、――母とコトノハさんの誓いのキスを見たときに…――ハルヒさんは結婚式をしたいと思っているのに、でも、貴方は優しいから、僕のことを、…今もそうですが、慮 ってくださって、どちらでもいいと、自分は僕の気持ちが怖くないほうでいいって、そう言ってくださるけど、本当にこのままでいいのかなって、…」
「いいよ」
ハルヒさんはそうきっぱりと言い切った。言い切って、僕の片手をぎゅっとにぎった。
「俺は君を安心させてあげたいの。安心の中で笑ってほしいの。――それが幸せってものでしょ。…刺激的なこととかの中にも幸せはあるかもしれないけど、夫夫として長い長い一緒にいる時間のほとんどは、何でもない時間。安心の中で笑い合える時間でしょ。――俺はそういう時間のほうを大事にしたいし、ハヅキにそっちをいっぱいあげたいんだもん。」
「……それは…、……」
そう…なのだろう。
だが、僕は…――ハルヒさんに幸せをもらってばかりで、彼の夫として、彼が望んでいることさえ自分の恐怖心を言い訳にして、叶えてあげることのできない自分が、…今はそういう意気地なしの自分が情けなくて、変えたい、…――そういう自分が嫌いなのだ。
「もちろんハヅキはちゃんと変われるとおもうよ。…でも、君の傷付いた心を無理やり無防備にして、余計ボロボロにするより、まずは俺とかみんなで、あと君自身でもちゃんと護ってあげて、癒やしてあげるのが先。…でしょ。――焦っちゃだめ。」
「……、…」
だが、…僕だけなのだ。
……チャペルの外ではまだ、父母と祖父たちへ向けられたインタビューがつづいている。
「タマキさんはよく、息子さんのエピソードを語られますけれども、その息子さんも今日の結婚式に?」
「ええもちろんですわ。息子も来てくれて…大変幸せな結婚式になりました。ほんとうに…」と母が答える。
「息子さんは今どこに?」
するとコトノハさんがこう答える。
「あぁ、息子たちはまだ…大変見晴らしのよい素敵なチャペルでしたから、中を見ているのかもしれません。絵を描くのが好きな子なので、スケッチでもしているのかな?」
「そんなことよりのおー、」タケ爺が割り込む。
「なんじゃあそのTシャツ、ライクロのやつじゃないか! いやーありがとうのお、愛用してくれてんか? 着心地はどうじゃ! ばつぐんによかろうが!?」
彼は僕たち――いや、僕のために、あえて話題をそらしてくれたのだろう。それに祖父もこう便乗する。
「いやはや…夫の自信家にはほとほと参りますよ。ほっほっほ…」
「……、…、…」
僕だけなのだ。
……みんなは僕を護ってくれる。
僕はみんなに護られてばかりで、慰められてばかりで、じゃあ自分はというと、いつまでも昔のことに、昔の心の傷に囚われて、一歩も前に進めていない。
今は本当は少しも前進できていないようにしか思えなかった。――僕だけがずっと過去にいて、他のみんなはどんどん前に進んでゆく。僕だけがずっと過去に取り残されているような気がしてならない。
「ほんとうに?」
とハルヒさんが優しい声でたしかめながら、僕の前髪を撫でるように、そっと僕の耳にかける。
「…今日は髪の毛、下ろさなかったでしょ。――それに、そもそも前よりちょっと短くしたじゃん。勇気出して、前髪。」
「……、…」
僕はハッとして、ハルヒさんを見た。
彼はふっとやさしげに、僕にほほ笑みかけてくれる。
「ハヅキはちゃんと変われてるよ。…俺たちと一緒に、ちゃんと前にすすんでる。――でも、もし君が本当に立ち止まっちゃってたとしても、みんな絶対大好きな君のこと置いていったりしないよ。…そしたら一緒に立ち止まってぇ、みんなで一緒に悩んで…――それで一緒にまた、並んで前に進む。…そうでしょ。」
「……、…」
僕は目に涙をうかべながらもほほえみ、コクンとうなずいた。
するとハルヒさんもふとほほえみ返してくれたが、すぐに白いベンチの背もたれに片腕を乗せながら、出入り口のほうをふり返り見る。――僕もやはりおそるおそるではあるが、そちらのほうに顔を向けて見てみた。
いつの間にやらチャペル内には、僕たちの他には誰もいなくなっていた。出入り口の両開きの扉もいまだ開かれてはいるが、今はドアストッパーか何かで固定されているだけらしく、それを先ほどまで開いてくれていたスタッフの人たちもいなくなっている。
ビュッ…――鋭い風の音が聞こえた。
「……?」
僕が何だろう、と思ったのもつかの間、
ビュッ…ビュオオォォォ…――ッ!
と突然の強風が、講壇のほうから出入り口のほうへ向け、濃いピンクの花びらを吹き飛ばしながらバージンロードを駆け抜けてゆき、――「きゃあっ…なんですの、」とその花びらや強風を、その華奢な背中で受けたらしい母の可愛い悲鳴が聞こえたなり、
――バターンッ!!
その強風はやがて――ドアストッパーをさえ吹き飛ばし、――荒々しくも両開きの扉を閉めてしまった。
「……、…、…」
どうしてこんな…、いたずら…?
……僕はおもむろに――ほとんど間違いなく、こんなことをやってのけた犯人である――隣のハルヒさんに、顔を向けた。
彼は今しがた自分が閉めた扉を、睨むような鋭い横顔で見ていたが、――僕の視線に気がつくなり、はたとこちらにふり返りながら、その彫りの深い美しい顔ににへらっと無邪気な笑顔をうかべる。
そして僕の手を取りながら立ち上がり、
「…行こっハヅキっ…!」
「…っえ、あ、…ど、何処にですか、?」
僕はハルヒさんに手を引かれるまま立ち上がったが、しかし行こうと言われても、どこに、というのがわからないので、少し困惑している。
「えーどこだろう、…うふふふふ……っ」
ところがハルヒさんは、そうちょっと悪い笑顔ではぐらかす。そして「いいからいいから」と、僕の手を引いて歩き出す。
「……?」
僕はいぶかりながらもついてゆく。が、
「……ほら、」
しかし彼はすぐに立ち止まった。
……そして僕の肩を掴んで向かい合う。
ここは、先ほど母とコトノハさんとが誓いのキスをした場所――つまり講壇の真ん前である。
真上から射し込む太陽光にきらめいている彼の銀髪や、銀の長いまつげのちょっとそり返った尖端が神々しく――その彫りの深い顔の陰影や、あめ色肌のつやまでもがよりハルヒさんの美貌に、神聖な風味をあたえながら引き立てている。
ハルヒさんはそこで僕を見下ろし、あまりにも優しく僕にほほえみかけた。
「…ふふ…せっかくだし、俺たちも誓いのキスしよ。ね、ハヅキ……」
「……、…」
……僕は胸をときめかせながら、しかしやはり多少申し訳なく思い、困り笑顔をうかべた。するとハルヒさんも眉尻を下げ、
「いいのっ…結婚式したいわけじゃないから、俺だってべつに。――でもさ? こんなに素敵なチャペルで、君と誓いのキスしないのももったいないかなーって。ね。へへ…」
「…ふふ…」
「…それでは。誓いのキスを。」ハルヒさんがキリッとし、おどけた低い声で言う。
しかしすぐ彼はへにゃぁと笑う。
「はーい。…」
「…ふふふ…、……」
僕は思わず笑ってしまった。
そしてハルヒさんは僕の肩をやさしく掴むと、うっとりと目を伏せながらやや腰を曲げ、僕の唇に唇を寄せてきて……、
「……、…」
「……、…」
僕たちは目をつむり…キスを…――。
……しようとしたところで、下 か ら 、
「っうおいこんっの悪餓鬼 ども!!」
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