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 翌日のよく晴れた昼前――母とコトノハさんの結婚式は予定どおり、澄んだ青い海のすぐ近くに建てられた、真っ白な外観の大きいチャペルで執り行われた。  チャペルのなかはとても広々としていた。  そして室内もさわやかな明るい白基調で(床や壁どころか、ベンチも何もかもが真っ白、ほぼ真っ白な部屋、という感じである)、室内装飾は比較的シンプルではあったが、天井がドーム状のガラス張りになっており、そこから射しこむ神々しい太陽の光が、あまりにも綺麗な「海のバージンロード」を輝かせていた。  なにが綺麗って、実はそのまっすぐな道はガラスの床でできており、そしてそのガラスの下では、カラフルな熱帯魚がちらほらと涼やかに泳いでいたのだ。――またその道の下はそもそも海底のようになっており、その魚のおよぐ透きとおった極うすい青の水の下、明るい砂の上には貝がらや色鮮やかな珊瑚(さんご)が、ところどころに散りばめられていた。…その貝がらなどを時々ちょんちょんと魚たちがつつくのが、また何とも癒やされる眺めである。  さらに出入り口、茶色い両開きの扉からそのバージンロードをまっすぐ行ったさきには、一段あがって純白の講壇――いわゆる神父さんが立つイメージの強いところ――があり、そしてその講壇の裏は、中・大・中の大きさで横にならぶアーチ型のガラス窓から、快晴の青空の下に広がる、美しいエメラルドグリーンの海と白い砂浜とが眺められた。  ……そうした感じで、このチャペル内のシンプルな内装や純白の基調は、かえって空や海のあざやかな青、また太陽の光や、バージンロードの熱帯魚や珊瑚など、その自然の美しさを引き立てるためのものなのであろう、と僕には推測された。  なおその美しいバージンロードをはさんだ左右に、幾重にも整然と並べておかれた真っ白なベンチには、正装をした老若男女がずらりとほとんど隙間なく座っていたほど、この結婚式の参列者は比較的多かった。――またそのなかの顔ぶれには、僕の知っている顔(小さな頃に会ったことのあるおじさん、おばさん、お姉さん、お兄さん)も多く見られたが、それ以外の人々の顔も多くあった。母や祖父たちの仕事関係の人たちだろうか。  そして、やがて始まった結婚式――。  ゆったりと流れはじめたウクレレのリラクシングミュージック、出入り口の両開きの扉を、式場スタッフがおもむろに左右に大きく開くと…そこには新郎新婦…――、  ではなく…――、  茶色とベージュの燕尾(えんび)服を、そのスタイルのよい長身で着こなしたハルヒさんが(ドヤ)笑顔であらわれ、片手にもったバスケットのなかの花びら――先端の赤みの濃いピンク色が根本の白へグラデーションしている花びら――を笑顔とともに振りまきながら、そのバージンロードをおもむろに歩き、その海の一本道をたくさんの花びらで彩っていった。  ……というのも…本来その役目は「フラワーガール」という年少の女の子、ないしは男の子(フラワーボーイ)がやってくれるのが一般的ではあるそうなのだが、――この結婚式の計画段階で彼が、 『はいはいはい! 俺やりますやりたいです! 俺がフラワーボーイになります!』  ………と…ノリノリで(母たちに)挙手したそうで、それによって少々異例ではあったそうだが――まあただ、新郎新婦の実子がその役をになう、というの自体は別段めずらしいことでもないらしく、…いや、さすがに成人した息子が、というのはめずらしいのだろうが…――、こうしてハルヒさんは満足げにフラワーボーイとなり、まずはその花びらで海のバージンロードを飾った、というわけである。  ただハルヒさん、楽しすぎたのかはたまたいたずら心か、…いや…彼なりのサービス精神だったのかもしれないが…――そうして道々に花びらをまきながら、ふわりとそよ風を起こしてしまい、…なんならふっと花びらを振りまくさいにも一緒にそよ風、そうしてふわふわひらひらとそれを舞わせ、また床に落ちかけたものもゆるやかなつむじ風で舞わせ、…すると彼の歩いたあとの陽光に照らされた海のバージンロードには、いや空中にまで、ふわふわひらひらくるくると花びらが、楽しげな妖精のように舞い踊っている、非常に神秘的な有り様となってしまい……、  いや、大変美しかったのだ。  が…――それをふしぎがる人間も出席しているのだ、この結婚式には…――そして実は僕は、入場前の母とコトノハさんのそばにいたのだが、それを外の扉の影から見守っていた母がいつものように、 「シ…っ、……、…、…」  シタちゃん! だめでしょう! と彼を叱ろうとしたが、叱ろうにも(結婚式のただなかという事情からはばかられ、)叱れず、  ……またコトノハさんも「はーー…」と額を押さえて重いため息をつく、というのを、…自分もハラハラしながら見ていた。  ただそのとき扉は開けられたままであったので、みんな外から入ってきた風だと思ったのか、見たところ誰もいぶかしがっているようではなかったのが幸いである(むしろ「わー綺麗…」や「おぉぉ…」などの感動の声が聞かれた)。――なお講壇までたどり着いたハルヒさんは、喜んでいるお客さんたちの顔を見渡して、自慢げにドヤって…非常に満足そうであった。  そして次にそのバージンロードを歩いたのは、瑠璃(るり)色の燕尾服を身につけた僕である。  ……ものすごく緊張したし、やっぱり人目が気になりはしたのだが…――というのもそれは、リングボーイといって、僕が夫妻の結婚指輪を講壇まではこぶ役目を任されたからだった。…『シタがフラワーボーイなら、ウエはリングボーイにしましょう』と、ハルヒさんのノリノリ挙手に巻き込まれた形で……しかも勝手に、…それをやる僕は今日の今日に聞かされて………。  ただその前に僕は、ベールダウンの役割も任されていた。  新婦のベールを文字どおり顔をおおい隠すように下ろし、そうして魔除けや幸せを願うひとつの儀式なんだそうである。  そして僕は母の金のベールを、彼女の美しくメイクをした顔に下ろしてあげるとき、…感極まって泣きそうになりながら、 「…っママよかったね、…幸せになってね、…元気でね、…」  と母に言ってしまった。 「ありがとうウエちゃん…」すると母もその金のベール越し、うるっと涙ぐんで、とても美しく微笑した…が、すぐにちょっと呆れたふうに笑い、 「…けれど…、うふふ…、みんなで幸せになりましょうね…? ――もう。これからもみんなで一緒に暮らすのに。」 「……あっそ、そうだった、あはは…」  たしかに「元気でね」は、これから別々に暮らすようになる大切な人へ向けていうセリフである。――いや…何となく母の美しいウェディングドレス姿を見たら、母が遠くに行ってしまうような気がした、そういうちょっと寂しい気持ちもあったのだ……。  さてそのあと僕は、両手にたいせつに持った紫ベルベットのクッションの上、二つの銀の結婚指輪を、花びらの散った海のバージンロードを歩いて、祭壇へまでおごそかに運んだ。  ……そしてそれが済んだなり最前列のベンチ、バージンロード真隣の席に先に腰掛けていたハルヒさんの隣に座った。  それから数秒の間を置き、結婚式は新郎新婦の入場の段にすすむ。  壮麗なパイプオルガンで奏でられるゆったりとした、重厚な音楽が満たされた純白のチャペル内――改めて開かれた両開きの扉から、腕を組んだ新郎新婦――母とコトノハさんがあらわれる。  ふたりは、天井のドーム型のガラス窓から射す太陽の光に神々しく照らされた、濃いピンク色の花びらで彩られた海のバージンロードをゆっくりと、一歩一歩、大切に踏みしめるように歩いてゆく――。  頭から金のベールをかぶっている母は、ゴージャスな黒と赤のウェディングドレスを着ている。  その細い首元から胸の上までは、ハイネック型のノースリーブの黒レース(襟もとのふちには赤い短いフリルがついている)でおおわれ――胸からは母の胸の丸い形を縁どる形で、黒に金の艶冶(えんや)反物(たんもの)がつかわれ、かつ彼女の細い上半身ぴったりなそれは腰骨からV字に――そしてそのV字からにわかにひろがるスカートは、いわゆるAライン型(A型にふわっとスカートがひろがるドレス)となっており、そのスカート部分は赤と黒の反物、そして黒と金の、薄いチュチュのような生地がふんだんに使われている。  また何よりそのオフショルダー型の袖(あえて肩を露出させるかたちの袖)――母の細いまっしろな二の腕を引き立てる、たっぷりとした赤い薔薇の花びらのようなパフスリーブの下は、黒い優雅な着物の袖それそのものになっているのであった。――なお彼女はそのドレスにあわせた色調の、赤薔薇を基本としたシックなブーケを両手でもっている。  そしてその母の隣にならぶコトノハさんは、――母のそのウェディングドレスに色調を合わせ――黒いロングタキシードに、中のベストはシックなワインレッド、白いワイシャツに蝶ネクタイは黒である。  僕とハルヒさんとは最前列のベンチに並んで座り、彼ら夫妻の結婚式をしずかに見守った。  ……その壮美な赤と黒のウェディングドレスを身にまとい、愛する夫の隣に慎ましくならんだ母は、この日ひときわ美しく、とてもしとやかで、またその黒と赤に引き立てられて、どことなく色っぽくもあった。  全く、ママは何を不安がっていたのだろう? そんな必要、全くなかったじゃないか。  僕はこの日の彼女にぼんやりと見とれながら、親しみと愛をこめて、あえて彼女にそう心の中で呆れてみた。――それくらい今日の母はとても綺麗だったのだ。  きっと今日の母は、この世で一番美しい女性だった。  もちろんコトノハさんにとっても、僕たち家族にとっても。  なお誓いのキスはもちろん、昨日のような失敗はなく。――上から惜しみなく降りそそぐ太陽光の下、青い海の見渡される講壇の前で向かいあった新郎新婦、コトノハさんが母のきらめく金のベールをやさしくまくり上げ、すると母は自分よりも30センチ以上背の高いその人を、陽に透けていつもより澄明な美しいオレンジ色の瞳で見上げた。  そしてコトノハさんも、どこまでも優しい青白い瞳で彼女を見下ろし――彼らは少しだけ見つめあって…――それからコトノハさんは、母の細い両肩をやわらかくつかんで腰をかがめ、赤い口紅が塗られた色っぽい彼女の唇に、目をつむりながらそっと口づけた。  目をつむっているふたりのその厳かな、どこか神聖な感じさえするキス――完璧というほど様になった、絵画にえがかれていても何ら不思議ではないほど美しいその誓いのキスには、チャペルいっぱいに、祝福と承認の拍手がわき起こった――。 「……はは…っ」  僕ももちろん思いっきり拍手をした。手のひら同士がヒリヒリとかゆくなるまで、ニコニコしながら、何回も。――そして拍手をしながら、ふとこう思った。  ……こんなに素敵な結婚式、ちょっと羨ましいな、と。――いや、羨ましいといってもまさか(ねた)んでいるわけではなく、ましてや僕にはこんな大勢の前で誓いのキスなんてする勇気はない、…いや、そもそも結婚式をする勇気自体ないのだが、… 「……、…」  ハルヒさんは結婚式をしたそうだった。  ……勇気はないが…、たとえば僕とハルヒさんが、こうして…――ふっと一瞬、キスをする母とコトノハさんに、タキシード姿の自分とハルヒさんの姿が重なった――僕は顔を横に振り、そのイメージをかき消した。  いや…ただ、母とコトノハさんが終始輝いて見えるほどあんまりにも素敵な式であったので、僕の中には祝福の「羨ましい」という感情が湧いてきてしまったのだ、…ただそれだけのことだろう。  そうして結婚式はつつがなく終わった。  新郎新婦は幸せそうな笑顔を、その幸せのおすそわけを惜しみなく振りまきながら退場…――そして、そのあとはすぐそこの浜辺で披露宴、の予定であった。…が、 「……、…」  ぞろぞろと開かれきった扉から参列者が外へ出てゆくなか…――僕はもといた白いベンチに腰かけたままうつむき、立ち上がることができない。  ……扉の外に、いつの間にか報道陣の輪ができていたのだ。  母もコトノハさんも著名人だからだろう。  母は有名なアパレルブランドの創業者、かつその会社の代表取締役社長――コトノハさんも多くの種類の仕事を手がけているが、こと作詞家としては世界的に有名な人である。  それも一見出会い方の読めないような――探りがいのあるような――ビッグカップルの誕生、ましてやふたりが美男美女ともあって、その大勢のマスコミの人たちはネタになる、と遠路はるばる日本からやってきたのだろう。  現にパシャパシャと乾いたカメラのフラッシュ音のなか、「ご結婚おめでとうございます。質問よろしいですか? お二人のなれ初めは…」などと日本語の、明るいインタビュアーの声が次々と飛び交っているのが聞こえる。――そして母とコトノハさんは冷静に、申し分なく愛想をよくして、それらに丁寧に答えている。  ……それどころか、そこにいる祖父たちにも質問が向けられているようだ。 「…ハヅキ…」――僕の左隣にすわるハルヒさんが心配そうに、僕の膝にそのあめ色の大きな手をかぶせる。  彼は、僕が席から立ち上がって何気なく出入り口を見たとたん――開かれた出入り口の扉の外、詰め寄せたマスコミの人々を見たとたん――さっと青ざめ、すぐまた席に座りなおしたのに合わせて、自分もそこに座りなおして――僕のそばにいることを選択して――くれたのだ。 「だいじょうぶ…?」 「……は…、…はい、大丈夫です、…」  と僕はドクドクと自分を(さいな)む激しい動悸のなか、うつむいたままコクコクとうなずく。  しかしハルヒさんは「ごめん…」としおれた声で言いながら、僕の背中を撫でさすってくれる。 「だいじょうぶなわけないよね…」 「い、いや、あの、…っすみません、」  僕は申し訳なくなって、眉をひそめながらそう彼に謝った。――「ううん、そんな…」としかしハルヒさんは、僕の肩をそっと抱き寄せてきながら、僕の太ももの上にある片手を上から優しくにぎった。  そして彼は少し自分にもたれかかった僕の額に、こうひそひそとささやいてくる。 「俺そばにいるからね…? ていうか俺まで行っちゃったら、余計大騒ぎになっちゃったと思うしー…、えへへ…そしたらせっかくのおいしいご馳走食べれるの、余計遅くなっちゃったよ…。俺行かなくってよかったねぇ…――ね…。だからこのあとのご馳走のためにも、あの人たちいなくなるまで、ふたりでここに隠れてよ…?」 「……ふふ、ありがとうございます……」  僕はつと上目遣いに彼を見て、そう笑えた。  ハルヒさんのその子どもみたいな冗談が、今の僕にはとてもありがたかった。――こうしてそばにいて、くっついてくれていることはもちろんだったが、あえてこのあとの披露宴のご馳走の話をして、僕の気を紛らわせてくれているのが、よくわかったのだ。  そして僕たちは内緒話をするように、小声でこう会話をする。 「パイナップル焼き出ないかなぁ〜…?」とハルヒさんが微笑しながら、その長い銀のまつ毛を伏せる。 「…はは…、ハルヒさん、昨日のバーベキューで気に入っていましたもんね……」 「うんうん…」彼の赤みの濃いオレンジの瞳がまたやさしく、僕の目を見下ろす。 「生のやつより甘くて美味しかったし…、しょうゆかけても意外と甘じょっぱくて、俺は結構……」  しかしここで不意に聞こえた、 「ChiHaRuさんっ? ChiHaRuさんですかっ?」とハルヒさんの芸名を呼ぶ女性の、ちょっと上ずった嬉しそうな声に、 「……っ!」  僕はビクンッとしながらうなだれた。  彼のファンの方だろうか、と僕はとっさに考えたが、… 「えっ? はいっ?」と横から突然呼びかけられた当人のハルヒさんも、すぐに驚きながら返した。 「こんにちは、私、週間…」――女性は自分が受けもつ週刊誌の名前、次にそれを発刊する会社名、最後に自分の名前を言った。  どうやら彼女も取材にきた記者の一人らしかった。

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