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「そしたらお主ら、本当に仲直りしたんか、?」とタケ爺は目をかっぴらいて、夫妻を交互に見た。
ちなみに彼はもう暴れてはいなかったので、談話室の出入り口あたりにみんなで立って話をしていたのだという。
「……そう、今菊理媛神 が説明してくれた通り…」とじいやに手当てをされ、鼻の穴に滅菌綿を詰めたコトノハさんが、苦々しく笑いながら言った。なお血まみれだった顔もちゃんと洗ったそうだ。
「私たちは離婚なんかしないよ。仲直りしたんだ。」
「…本当に?」――タケ爺は眉を寄せて、再三たしかめる。
「うふふ…」――母が困って笑う。
「ですから、そう何度も言っているじゃありませんかお義父さま…、仲直りしましたわ。――この度はほんとうにご心配をおかけ…」
「ぃよかったああああああ゛!!」
としかし今度は、泣くほどの深い深い安堵によって叫んだタケ爺は、…ドゴオォ…オォン――ッ!!
……その感涙によってもまた雷を落とした。
「…ううぅ゛…――っうおおおおおおお゛!!」
しかも突然、そう雄たけびをあげながらタケ爺が全力で走り出し、談話室を通ってテラスへ、――さらにテラスからいまだ大雨の降る砂浜へと出た。
他の五名もあわてて彼を追いかけ、屋根のあるテラスで立ち止まる。
一方のタケ爺は砂浜の中 ほどで立ち止まると、その豪雨と雹に打たれながら大股開きでふんばり、作った二つの大きな握りこぶし、その曲げた両ひじを後ろに引きながら――やや反らした腰の裏から、そのしかめた顔を曇天へむけて仰向かせ、
「っいよかったあああああああああああ!!!!!」
ビカビカッと瞬 いた激しい閃光がその人を包み、
ド…オオオォ…ン――ッ!!!
……とタケ爺に、ひときわ大きな稲妻が落ちる。
が、誰も彼のことは心配しない。――相手は雷神である。雷に打たれてもかえってエネルギー補給になるくらいであり、何ならその雷を起こした張本人であるどころか、わざと自らの身にそれを落としたのもそのひとであるから、とのことだ。
「…だっ大旦那様、落ち着いてくださいませ…! もうそろそろ……」
と、…しかしそろそろこの荒天の影響――ハワイの人々への迷惑――を懸念したじいやが、まあまあと大きな両手を下げるようなジェスチャーをしながら、やや遠巻きのテラスから声をかける。
……じいやを含めたタケ爺以外の全員は雷神ではないので、雷に打たれても死にはしないにせよ、大けがは負ってしまうから、やむなくテラスから出られなかったらしい。
「いいや無駄だよ…」しかしフツ爺が腕を組み、あきれながらつぶやくようにこう言う。
「おタケはああなったら、あと三発は雷撃を受けないとね…」
すなわち……かなり派手だが、タケ爺にとってのそれは、昂ぶった気持ちを落ち着かせるために、あえて冷たい滝に打たれるようなものなのだそうだ。
と…ここでククリヒメノカミがこつ然といなくなった。――それはちょうど彼女が僕たちの部屋にやってきた時分である。
つまりこの時点ではもう、実はほとんど父母の喧嘩、およびタケ爺の勘違い問題は解決していた、ということだ。
ただあのとき、彼女がそのことを僕たちに伝えなかったのにもちゃんと理由はあり、…というのも逆に――今(ほぼ僕たちに対する安堵から)気が昂ぶっているタケ爺のもとへ、そのひとが溺愛している孫の僕ら、…つまり余計にその男神のテンションをあげかねない存在の僕らが行ってしまえば、もっと(悪天の)事態の治まりが悪くなる、と判断したからなんだそうである。
それこそあのとき「すでにほぼ解決はしている。が…」という事実や、「可愛いあなたたちを見たら、余計に雷雨が激しくなってしまうかもしれない」ということを僕たちに、正直に伝えたら、僕たちはきっといやまさる不安や心配から、それでも何かの力にはなれるかもしれない、と、荒れ狂っているタケ爺のもとへ駆けつけてしまったかもしれない。
しかし――「大人の喧嘩には首を突っ込まない。全て任せなさい」と絶対的信頼のおける実績をもったククリヒメのお姉さんに、大人のお姉さん的に頼もしく言われたほうが、不安がっている僕らを安心させてもあげられるし、何より僕らは納得して行かないだろう、と彼女は判断した(事実ククリヒメのお姉さんなら大丈夫だろう、と僕たちは即座に安心できていた)。
そして再びタケ爺のもとへ戻ったククリヒメノカミは、彼の耳もとでこう囁いたという。
「…ウエとシタがこの激しい雷雨をうけて、あなた様をひどく心配しておりますわよ、建御雷神 …――どうぞここはお気をなだめ、愛し子たちを安心させてあげてくださいませ……」
「……、…」
タケ爺は曇天へ向けていた両目をハッと見開いた。
さ……と雨がやみ、すーー…っと気持ちよいほど雲が晴れていった――。
……そうしたわけで、このすがすがしい青空が戻ってきた、ということらしかった。
さて…今僕たち家族はテラスに輪になって立ち、お互いに謝るところは謝りつつ、その話で和気あいあいと盛り上がっていたが、…会話にまざりつつ、それをちょっとだけ遠巻きに、ニコニコしながら見守っていたククリヒメのお姉さんが、
「それじゃああたくしはそろそろお暇 しますわね。明日の結婚式、楽しみにしておりますわ。――ごきげんよう」
とほほ笑んで軽く頭を下げたなり、泥のようになってしまった砂浜へとしとやかに歩いてゆき…――その歩みのうちにゆっくり、するすると真っ白な美しい龍神に、それも三メートルはあろうかという大きな龍に変化した。
なおそのさなか、僕たちは各々彼女の背に「ありがとう、ごめん」の言葉をかけた。
しかし彼女は「とんでもない」と僕たちをその黄色い、瞳孔の縦に割れた目で見て笑ったが、そのあとすぐ「あらあら…」と(ちょっとわざとらしく)茶色いぐちょ濡れの砂を見下ろす。
「けれども、これじゃあ子どもらが思いっきり遊べませんわね。…ここは水神のこのあたくしにお任せあそばし…――。」
そして彼女は僕とハルヒさんに優しい横目でウィンクをし、
それからその真っ白な美しい龍神は、水色の背びれの毛髪をはためかせながら、茶色い砂浜の上をすーーっとすべるように、ややゆっくりとした速度で飛んだ。――すると同時、その龍神の白いお腹へむけて、濡れた砂浜からざあああ…と拳大ほどの水の玉がしゃぼん玉のようにうかびあがり、太陽光にきらきらと輝きながらふわふわと上昇…――そしてそれは空中の高いところ一点に集まってゆき、みるみると大きな一つの丸い水のかたまりになっていく。
……またそうして水を吸いだされた砂浜は、みるみるうちに暗い茶色からあのベージュ色へと色を薄めてゆき、――するとまるであの豪雨が幻であったかのように、たちまち乾いてしまった。
また浜辺の端まで行ったなら優雅に回旋 し、そうして隅 から隅まで、砂浜をすっかり乾かしてくれたククリヒメノカミ――その美しい白い龍神は、
その長いからだと水色の背びれを波打たせながら、空中にうかんだ大きな水の玉――ぷよぷよと表面をたゆたわせているそれは、太陽光と青空を透かして煌 めいている――へ向けて上昇してゆき、
そして丸いそれの回りをぐるぅりと一度回ると、下からその玉を両手で持ち上げ、そのままさらに緩やかな螺旋 を描 きながら、ぐんぐんと青空へ向けて上昇して…――。
「さあ皆々様! ご覧あそばせ、この菊理媛神 めが、〝和平の虹〟をかけてみせましょう…――おほほほほほ…っ」
と高らかに笑って、高い空中――青空のただなかで、その水の玉をバシャァン! と爆発させた。
そうして飛びちった水滴は更にこまかなミスト状になって、するとそれが降ってきた空中や砂浜はキラキラと輝き、小さな虹があちこちに、…しかし何より本当に…――。
「うわぁ……!」と僕の隣でハルヒさんが感動する。
「…すごい…、綺麗…」とつぶやく僕も、高揚のあまり頬が熱い。
その青空には大きな、それも二重の虹がかかった。
ククリヒメノカミが少しだけ下りてきて、僕たち家族に優しく微笑みかける。
「この寄り添いあう美しき〝和平の虹〟を、ぜひどうぞ、いつもそのお心に、大切な伴侶と共に。…縁 をつなぐ、つなぎとめるも断ち切るも、結局のところはあなた方次第。…あたくしはあくまで、そのお手伝いしかできませんのよ。――けれども、必要ならばいつでもお呼びになって。……いいえ、うふふ…なるべくそんなことでお会いしたくはないわね、お互いに。…それではまた明日。…ごきげんよう〜〜!」
そう言い残し、「おほほほほ…」と自慢げなククリヒメの神は白い龍神姿のまま上がり、そのまま青空を泳ぐようにして去っていく。
「ありがとーーお姉さーーん!!」
「ありがとおおお!!」
僕とハルヒさんは口もとに両手をあて、そう無邪気に笑いながら青空に叫んだ。
「ありがとう…っ!」と母も、
「ありがとおー!!」とコトノハさんも、
「ありがとうよ」とフツ爺、
「ありがとうなあああ菊理媛 ぇ!!」とタケ爺、
「ありがとうございましたー! 碌 なおもてなしも出来ませんでーー!!」とじいやも、…みんなで叫んだ。
それから僕は、ふと周りを見回した。
「……ふふ…、…ほんと…ありがとう…、……」
思わずそう頬をゆるませ、つぶやく。
ウッドデッキのギリギリに並んで立つみんなが、青空にかかったその寄り添いあう虹を、各々瞳をかがやかせて眺めていた。
あの虹のように寄り添いあいながら……コトノハさんに肩を抱かれ、幸せそうに微笑んでいる母も、その彼女を愛しそうに一瞥 しては、また感慨深そうに空を見上げたコトノハさんも、――
そしてそのとなり、腕をくんで並び立った祖父たち、空を見上げながら時にニヤリとして、お尻でとん、とタケ爺を小突いたフツ爺も、…それに「おおっ」と驚いて隣の夫神を見、「すまんかった…」と苦笑いをしてから、また空を見上げたタケ爺も……、
「…よかったね」と隣の僕の顔を見下ろして微笑むハルヒさん、
「はは、ほんとに。――本当によかった。……」
そう微笑み返した僕も、夫に肩を抱かれながら――また空を同時に見上げて、遠く見とれた。
「ありがとう」
青空にかかった仲睦まじい二重の虹――ククリヒメノカミがかけてくれた、その美しい「和平の虹」を。
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