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「……、…、…」
難しい顔をしている俺は今、目の前にお膳と入れかえて置かれた文机 ――座布団にあぐらで座っていてちょうどよい高さの、こげ茶色のつやのある長方形の机――に着かされていて、もっというと、右手には穂先が黒い墨に染められた筆を握っている。
そう、俺は今手紙を書かされているのだ。
……ウワハルへの。
となれば当然その文机の上には、赤い漆 塗りの硯 箱と、それにおさめられた墨池 に磨 りたての墨液が溜まった硯など一式、そしてその箱の隣には、文鎮 に押さえられた何も書かれていない紙も広げられてある――ちなみにこの長方形の紙は薄い青緑の和紙だけど、偏光をもつ貝がらの粉が一面に漉 きこまれているらしく、その表面はかすかに貝特有のつやつやとした綺麗な虹色の偏光を帯びていて、さらに四つ角 のそれぞれには、細い枝分かれした小さな赤い海藻もあしらわれている――けれども、…実は俺が今じいっと睨 めつけているのはその紙じゃなく、真ん前の空中だ。
「……、…」
……すーっと両目を細めた俺は右手に握った筆を腕から上げて、その墨液のついた筆先で、空中にこうさらさらと文字を書き始める。
『 上春 へ
君はまあ、他の神より綺麗だと思う。俺も。
耳飾りも似合ってたよ。みんなそう言ってんじゃん。だからそんな悲観することないと思 』
「だーめーそれじゃあ!」と、でもそこまでで、セオリツのお姉さん――俺の右隣にいるお姉さん――にパシッと筆をもつ右手を握られ、止められる。ま た ……。
「はいやり直し。」とさらに俺の左隣に座るトヨタマヒメ様も、ま た 、ふーっと空中の俺が書いた文字に息を吹きかけて、それを粉々に離散させる。
「……、…、…」
俺のむっと下がった口角も、その片方がひくひくしてしまう、――なんでって、さ っ き か ら 延 々 こ れ の 繰 り 返 し だ か ら だ…――まず俺がウワハルの名前を書くでしょ、そしてその手紙の内容を書くでしょ、そうしたらほんとにちょっと書いたところで、こうしてすぐに両隣のお姉さんたちからの「だめ」「やり直し」が飛んできて、…で、挙げ句どちらかにふーっと書いた文字を問答無用で吹き飛ばされて、跡形もなく消され、…そうしてふりだしに戻る…――何回も何回も何回もちょっと書いてはダメ出しされてはじめから、ちょっと書いてはダメ出しされてはじめから、…
「……っ!」
ってもう、いい加減にして、…俺は一旦硯箱の筆おきに筆を放りだすように置いて、机に両ひじをつき、頭を抱える。
「…っんああああ゛……!! っんじゃあもう何書いたらいいわけ、!?」
もううんざりなんだけど…――っ!
……と俺は、早くももうウエへの手紙を書くのなんかやめたくなってきているけれども――、
とはいえそう、実はこうして兄に手紙を書くことこそ、トヨタマヒメ様が俺に伝授してくれた「仲直りの方法」だったのだ。
というのも……いわく彼女はこの方法で、あのホオリ様と仲直りをしたらしいから――。
もちろん過去、トヨタマヒメ様はたしかにホオリ様と絶縁した。
それはホオリ様が、トヨタマヒメ様は『(愛する夫に幻滅されたくないから)どうか見ないでほしい』と言ったのに、産屋でそのひとの御子をご出産されているときの彼女の姿を――彼女の本来の姿である、八尋もある(つまりとにかくデカい)大ワニの姿を――覗き見てしまったせいだ。
それもホオリ様はそのとき、驚きと恐怖から慌てて逃げていってしまったらしい(ほんと伊弉諾 の大お父様の轍 を踏んでいるとしか思えないけど…)。
そしてトヨタマヒメ様は、夫のその行為をひどい裏切りだと感じて失望したし、それに――ホオリ様にとってはきっと――化け物のような自分の本当の姿、つまり大ワニの姿を愛する夫に見られてしまった恥ずかしさと絶望から、出産後すぐ夫に絶縁状を叩きつけて実家、…つまりこの綿津見の国へ帰った。
またそのときには泣く泣く我が子も渚に残して――ただ実は彼女、一旦は胸に抱いてそのままその子も綿津見の国に連れて帰ろうとはしたけれども、「やっぱりあの方の子を我が国へは連れて帰れないわ」と、貴 い身分であるホオリ様の子、つまりその身分の跡継ぎとなり得るその子を故郷へ連れてゆくわけにはいかない、と思い直して引き返し、後ろ髪を引かれながらも断腸の思いで浜に置いていったらしい――、そしてさらには綿津見の国への道はもちろん、海神の宮への道も、誰も容易には入れないようにと閉ざした(実は俺たちが通ってきたあの宮殿通りも、入ることを許されない者には現れもしない道だったらしい)。
でも…――のちのちになってトヨタマヒメ様は、そのことを深く後悔しはじめた。
人づてに聞く我が子は、母なくしてもすくすくと立派に育って、とても可愛らしい子だという。――しかもホオリ様も、その子をかけがえのない宝物のように思い、――父親としてできる限り、いない母親の愛の埋め合わせをするように――乳母 や湯人 (赤ちゃんの沐浴をしてあげる役割の人)など、子育てにおける母の仕事をそれぞれの分野で極めたたくさんの熟練 の女性を雇って、大事に大事に育てているという。
だけど、毎日その子を抱いて浜辺を散歩しているホオリ様は『この海こそお前の母だよ』と、その子に教えているのだという。――そしてその子は父のその言葉を聞くたび、恋しげな遠い目をして海を眺めるのだという。
するとその伝聞に、彼女の胸は痛いほど締めつけられた。
激しい拒絶を突きつけた自分との子を、それほどまでに愛してくれているホオリ様の愛情深さもさることながら、…多くの母代わりの女性に宝物のように大切に扱われ、過保護なほどこまやかに養育されていながらに、決して本当の母を、つまり本物の母の愛を知らない我が子のことを想うと、そのたび彼女の胸は張り裂けそうになった。
今すぐにでも抱きしめたい。この母の胸でぎゅっと抱きしめてあげられたら…、いいえ、けれどその資格もあるのかどうか…今さら何を…、わたくしったら、なんて酷い母親なの…――あんな程度の恥など、我が子のためにこらえるべきだった――悔いても悔いても悔やみきれない……。
そうしてトヨタマヒメ様は夜ごと枕を濡らすほど悔い、あの選択をしたことを反省して、そして何度も何度も我が子とホオリ様のもとへ戻りたい、戻ろうかと逡巡 したという。――ちなみにその頃にはもう、ホオリ様への恨みの気持ちなどすっかりなくなっていた。
あとに残ったのはそのひとへの、また何よりも我が子へのつらいほどの愛だけだった。
でも、どうして今さら戻れるだろう。
ましてや身分が身分ともあれば、もしかしたらホオリ様はもうすでに、愛する後妻をその隣に据えているかもしれない(もっともそんな話は聞かないが、周りはみんな気を遣って、自分にはそれを言わないだけかもしれない)。
そう考えてしまってはなお、今さら「やっぱり」とはとても言い出せなかった。
ただ、だからといって何もしないで、すべてを忘れて生きてゆくこともできなかったトヨタマヒメ様は、妹の玉依姫 命 を我が子の養育係のひとりに、とホオリ様のもとへつかわせたそうなんだけど、
実はそのとき、タマヨリヒメ様に――、
『 赤い宝玉は、光り輝くように美しいものだと人は口々に言いますけれど、わたくしは、白き宝玉のようなあなたのご立派なお姿のほうが、それにもうんと優 るものと想っておりますわ。 』
と…要は恋文 を書いてこっそりもたせ、ホオリ様に届けたんだって。
そうしたらなんと、ホオリ様からもすぐにお返事があった。
『 沖に鴨 がいたあの島で、寄り添いあって眠った私の妻のことは、私がこの生を終えるその時まで、決して私は忘れられやしないことでしょう。 』
……ちなみにホオリ様は地上で、はじめから「生き神」として生まれた神だから――血筋としては天照 様の子孫なので天津神ではあるんだけど――、地上での肉体には寿命があったので、こうして(例 え ば の話ではなく)死ぬまで、的なことを書いたみたいだ。
ただ、今はもう天寿を全 うされて、高天原にいらっしゃるんだけど。
で、話は戻るものの……まあちょっとさ、――正直俺には情緒的すぎっていうか、わかりにくいから整理のために、個人的な解釈でふたりの恋文を簡単に言うと、
『 他にも美しい男神(赤い宝玉)はいるけれど、あなた以上の素敵な美男神 なんかどこにもいないわ。わたくし、やっぱり他の男神 なんてとっても考えられない! 』――と、トヨタマヒメ様が。
『 いいや姫、私だってそうです! 私はいまだ毎晩君のことを想っている。つまりいまだなお、私も君以外の女神のことなんかちっとも考えていないんです! そして私は一生、死ぬまでそのまま、姫のことだけを愛しつづけるでしょう。 』――と、ホオリ様が。
要はこういうこと、でしょ…――となったらまあ誰にでもわかるとは思うけど、…つまりこのふたり、別れても結局はお互いにお互いのことだけを想い続けてて……、
……で、さっき…――まず『シタちゃんにその方法を伝授する前に、ふたりに言っておかなきゃならないことがあるんだけど…』と切り出したトヨタマヒメ様は、赤らんだ頬を片手でおさえ、目を伏せ、そしてテレテレとはにかみ笑いを浮かべながら、ちいちゃな声でこう言った。
『実はわたくしね…、多分、きっとそのうち――火遠理 様と復縁するわ。』
『……へ…、……』
すると誰よりぽかぁ…んとしたのはセオリツのお姉さんだ。…それは仲良しの彼女でさえ知らなかったことらしい。
いや、事実言ってなかったらしいトヨタマヒメ様は彼女を見て、ちょっと申し訳なさそうな顔をして『ごめんね』と両手を合わせて謝りながら、こう事情を説明したのだ。
『…ほんとにごめんセッちゃん、…わたくし、別れたときセッちゃんにものすごい彼の悪口を聞いてもらっちゃったから、なかなか言い出せなくて……それに最近、セッちゃんとは全然会っていなかったじゃない? ――だから、さっきもついノリで〝男なんてもうコリゴリ〟とか言ってしまったけど、…わたくし……』
そしてトヨタマヒメ様は顎を引き、鼻先に合わせた両手を寄せると、また照れくさそうに笑いながらセオリツのお姉さんを上目遣いに見て、こう言った。
『実は最近、あの方と頻繁に文通をしてるの。…それで今、またちょっとイイ感じに…、それに、このままいけばあの子にも会えそうなの……あっそうだ、見る? 見せたほうが早いわよねっ…、ごめん、ちょっとおねがーい…――。』
で…トヨタマヒメ様はたくさんの召使いたちに二十個以上の黒い玉手箱を持ってこさせた。――ちなみにそれは一つ一つが大きなもので、それも彼女いわくまだまだあるらしい。
それで彼女はそれらの紐を一つ一つ大切そうにもったいつけてほどき、箱もまるで家宝でも入ってるの、くらいやっぱりもったいつけてパカリ…――すると開けて悔しい玉手箱、だ っ た の は 俺 だ け で …セオリツのお姉さんは中を見て「きゃー!」と喜びの黄色い声をあげたけど――その大きな玉手箱のなかにはぎっしり、目いっぱいまで手紙が詰め込まれていた。
……そして言うまでもなくそれらは全部、ぜーーんぶトヨタマヒメ様へ宛てられた、ホオリ様からの恋文だった。
つまりトヨタマヒメ様は最近ホオリ様とまた、遠距離恋愛をしているらしい。
ちなみにセオリツのお姉さんはそれを隠されていたことに対して、もう水くさいよ〜とかそういうことは言わず、なんだそうだったの? よかったねーっ、じゃあ今日やっぱり来てよかったー! 聞かせてくれてありがと、全然応援するよ〜! 的な感じで、復縁しかかっているふたりを祝福していた。――つまりトヨタマヒメ様と彼女の友情は、それで険悪になることはなかった。
……なんならふたりでキャッキャしながら、ホオリ様の恋文を読みあってここがこうだとか、ああだとか、めちゃくちゃ楽しそうだった。
けど…(ある種の)迷惑をこうむったのは俺だ…、俺はその恋文を(絶対、絶対! 惚気 ついでに)、ウワハルへ手紙を書くための参考に、との大義名分でいくつも読まされて……たとえばこんな感じのとか…、
『 冠省
あの時、己 の未熟さゆえに君との約束を破って傷つけてしまったこと、つくづく本当に済まなく思っています、姫よ。
私はあの時たしかに驚き、決死の思いで我が子を産もうとしている君のいる産屋から逃げ出してしまった。
愛する君に嘘は言いません。たしかに私は、八尋もある鰐となった君を大変恐ろしく思いました。
しかし私はそもそも、あの時あの鰐の姿となった君に、あわや食べられてしまうのではないか、と恐れたんです。というかあの時の私は、鰐の姿の君を君だとさえ思わなかったんです。
それも君だとわかっていれば、私はあのときあの場から逃げ出すようなことはしなかったでしょう。
言い訳と聞こえるでしょうか。
けれども今に思うと、あの時の君にも、また別なある美しさがあったとつくづく思います。
出産に望んでいるときの女性には、たしかに少女のような、いわば、澄みわたる池の水面に静かにうかぶ蓮の花のような美しさはないかもしれない。
しかし尊 き命を懸 けて命を生みだす、その生命力に満ちあふれた姿は、あるいは山奥の、その激流をもって命を育む清らかな大滝のように荘厳です。
あるいは海の水面に大きな体を力強く打ちつけ、光り輝く飛沫 を立てる、美しい鯨 のように壮麗です。
君のその美しく立派な姿をむやみに恐れ、厭 うた自分を恥じるべきは、よほど私のほうでした。
そして君は、自分は母親失格だ、とおっしゃったが、私こそあの産屋から逃げ出した時点で、父親失格だったんです。
ですが、私はもう逃げません。
今ならば鰐の君をも私は愛せるでしょう。というよりか、すでに記憶の中のあの愛らしい八尋の鰐を、私は愛しています。
女性というのはいつ何時 も美しいものです。
あの時の君もまた大変に美しかったのです。
いいえ、もしかすれば鰐の姿の君においては、愛くるしいというべきかもしれません。
しかしいずれにせよ、きっと今もなお君は大変に美しいのでしょう。
君を想うと、その度に頬が火照 ります。
これじゃあ兄の名のようだね。しかし私は間違っても兄・火照 命 ではなく、君を愛する火遠理命 だ。
けれども、その名の通り火を避けて生まれた子とはいえ、この君への恋の炎ばかりは避けられません。
どうしたものでしょう。
姫よ、近頃は何を想って過ごしていますか。
どうぞこの恋の炎に焼かれてばかりの憐 れな男に、この頃君が虜 になってやまないことを、どうか少しでも詳しく、また一つでも多く、教えてください。
不一
火遠理命 』
とか、全 部 こ ん な の ……なんていうの…――トヨタマヒメ様は浮かれきった様子で嬉しそうに、自慢げに俺にこれを読ませてくれたけど…――なんていうのかなぁ、…公 開 処 刑 ?
今の俺でもそう(可哀想に)思うわけだけれども、このときの思春期男子の俺にはもっと、なんていうか、――愛するトヨタマヒメ様だけに読まれることを想定して書いているんだ、そりゃあ当然だ、とは当時の俺もわかってはいたけど…――このゲロ甘なホオリ様の手紙には、ぞぞぞ…と戦慄 するような恐怖にも近い恥ずかしさを感じた。
ただ、次にはホオリ様が(同じ男として)可哀想にも思えてきて…――そりゃ勝手にデレデレデロデロあまあまな恋文を人目に晒 されてるわけだし、同情もするでしょ…――、……で、そんないろんな抵抗感みたいなもんをひしひしと抱いた直後に、…
……なぜか俺もウワハルにそ う い う 手 紙 を書かなきゃなんなくなって…――そりゃまあ、この文通で復縁直前とまで関係を持ち直したらしいから、たしかに有用な「仲直りの手段」なのかもだけど…――、
だから俺は今こうやって文机に向かわされ、手に筆をもち、真ん前の空中にウワハル宛ての手紙を書いてる…、というか書かされてるんだけど…――ちなみになんで紙に直接書かないのかっていうと、それには二つ理由があって、まず一つにはこうやって書くことで間違っても簡単に修正できること、次に空中に書く、すなわち墨を神の力で空中に留めると、必然的に神力がその文字に込められるから、言霊 の力が普通に紙に書くよりも文字にこめられるから――、
……なんだけど! さあ!!
「……、…、…」
そうしたらさ、――そりゃあ、…自分はそんなこっ恥 ずかしい甘ったるーい手紙なんか書かないぞ、って逆に意地にもなっちゃうし(わざわざ黒 歴 史 の轍踏むわけないから!)、…何より今(添削のために)お姉さんたちが見ているなかで書かなきゃいけない、という(ホオリ様とはまた別の)公開処刑状態なわけじゃん、――となったらさ、そりゃあさ…こ う い う 文 面 にもなるでしょって……、
『 上春 へ
俺も君のこと、結構綺麗だとは思うけど。
翠玉の耳飾りも君くらいじゃん。似合うの。多分。知らないけど。もしかしたら他にも似合 』
「だめえ! だからさー、なんでそんなこと書くのシタちゃん!? 信じらんない!」と今度はセオリツのお姉さんが、ふーーっとその空中の文字を吹き飛ばす。
そしてトヨタマヒメ様はというと、
「もうシタちゃんったら、恋文の一つもろくに書いたことがないの?」と俺に呆れたかと思えば、「ほら見て…」と甘い声で言いながら、ま た 玉手箱のなかから一通を取り出し、ひろげて…、
「火遠理 様はこんなふうに素敵に、あまぁく……」
で、俺にま た それを読ませようとするから、
「んもうやめてよおお…っ!」
と俺はいきおいガバッ! と立ち上がった。
もうこれ以上そのこっ恥ずかしいの見たくないからやめてよ、ほんとキツイって! てかお願いだからや め て あ げ て よ!
そう、俺は三通くらいダメ出しを食らったあとには絶対、こうしてトヨタマヒメ様に――参考資料に…? ――ホオリ様の恋文も見せられてきたのだ。
「ちょっと、何逃げてるのよ!」
するとトヨタマヒメはむっとしながら立ち上がり、俺を叱るように睨みあげてくる。
「そうだよシタちゃんっ! ウエちゃんと仲直りしたいんでしょ? なら逃げずにちゃんと向き合わなきゃだめ!」
とセオリツのお姉さんもちょっとむっとしながら、すっと立ち上がる。
そして俺の両脇の女神は、それぞれ俺の腕を両手で掴んで、「ほら!」「早く!」とまた俺を座らせよう――俺にウワハルへの手紙を書かせよう――と、下の座布団へむけて引っ張り下げてくる。
けど、
「んあ゛ーー!!」とついに限界がきた俺は腰から上体、というか両腕をぶんぶんふり回して振り払う。
そして両手で腰をつかみながらむすくれて、――白紙の――紙を見下ろしつつ、
「もう、…っもう勘弁してほんと、…いい加減にしてよふたりとも! ていうか、さっきからずっと思ってたんだけど、!」
といよいよお姉さんたちに、そのことを指摘する。
「悪いけど恋文じゃ全然参考になんないんだよ! だっていっくらあいつが俺の許婚だとは言っても、俺たち別に恋仲でもなんでもないっていうか、――むしろ俺たち、お互いにお互いの恋仲になんかなりたくないとか本気で思ってんだから、こんな火遠理 様みたいな手紙ウエに書いたって絶対逆効果なんだって、…もうっ…!」
普段のウエに対してならまだ鼻で笑われるか、何を企 んでいるんだ弟よ、なんてちょっとした悪戯 だと思われるかくらいで済むだろうけど、――今の怒りに怒り狂ってるあいつにそんな恋文なんか送ってみろよ、絶対「僕を馬鹿にするな!」とかもっともっと怒って、…そんなの逆に火に油を注ぐようなもんだから!
「てか別によくない?! 手紙にしたってごめんだけでいいよ、…てか、もうそれなら直接会って言うし、…もう……ていうか…」
俺はうなだれたまま、眉をひそめる。
「俺、嫌だよだって、そもそもウエなんかに恋文なんて書きたくないんだもん…――恋をされてもしてもない相手に、なんで恋文なんか……」
「はあ? なあに言っちゃってんのかしらこの子は!」するとトヨタマヒメ様が「信じられない」という(軽蔑まじりの)びっくり顔で俺を見上げてくる。
「それは鈍感にも程があるってものよシタちゃん!」
「…いや、…んぇ……?」
どゆこと……?
「そうだよもうっ…」とトヨタマヒメ様に同調するセオリツのお姉さんはというと、また俺の――腰を両手で掴んでいるから、肘の張った――腕を両手でつかみ、下に引っ張ってくる。
こう言いながら。
「ねえシタちゃん、ここはお姉ちゃんたちの言うこと聞いておいたほうが絶対にいいよ! 今ウエちゃんに恋文書いてあげたら、将来ぜ〜〜ったいお姉ちゃんたちに感謝することになるんだからね!? ほんとだよ?!」
するとトヨタマヒメ様も俺の腕を両手で掴み、下にぐーっと引っ張りながら、
「そうよ! だからわたくしたちを、…信じ…っ! な…っ! さあああーーいいいい…っ!!」
「信じなさああーーい!!」
なんて力いっぱい……結局、ふたりは腰を低くするばかりか足まで浮かせ――俺の両腕にぶら下がるようにし――てまで、俺をまた座らせようとしてくる。けど、
「ぐ…っいぃ、! やああぁ゛! だあああああ゛っ!」
俺は力むあまり顔を真上に向けながら、その場に踏ん張って、意地でももう座らない。だってそう決めてるんだもん。
ただ、俺は結局その直後、またその場に座ることになったのだ。
「俺もう絶対手紙なんか書かなiんぶべべべべべっ!!」
強制的に……真上から落ちてきた大滝のような海水が、顔面に直撃したせいで…――。
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