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第5話 入学式の朝*1
そして今日。入学式の朝。
朝食を食べ終えると、自分の部屋の窓を開けて、制服に袖を通した。新品の制服は、生地が硬い気がして、身が引き締まる。学校指定のリュックを持って階段を下り、玄関に置いた。リビングを通って洗面台に向かう途中、理人と澪がオレを見る。
「|翠兄《すいにい》、神稜の制服、やっぱカッコいいね」
いいなぁという理人の言葉に気を良くして、ん、と頷いた時、澪が笑った。
「お兄ちゃん、めっちゃ可愛い~! アイドルやってほしい~!」
「可愛いって言うなってば! もう、澪って」
「あはは~だって可愛いんだもん!」
思わず振り返って叫ぶと、澪はケラケラ笑って逃げていった。
まったくもう、と洗面台の前に立つ。可愛いって、とため息が零れる。ヘアオイルを髪につけて寝ぐせを直していると。理人がやってきた。「歯磨き」と言ってオレの前に手を出してくる。鏡に映りこんだ理人の顔を見て、オレは、またため息をついた。
「理人の顔がよかった」
思わず呟くと、歯磨きをくわえて理人は、また言ってる、と笑った。
「いいじゃん。翠兄、オレらの学年じゃ、アイドル扱いだったよ」
「マジでいらないし」
「カッコいいって言ってる子たちも居たし。いいじゃん」
「理人は、可愛いとは言われないだろ」
そう言うと、んー、と理人は苦笑してる。
「オレも父さんに似たかった」
オレがまたぼそっと呟くと、理人は口を漱いでタオルで拭きながらオレを見た。
「翠兄のいいとこは、顔じゃないでしょ」
「お前はまた弟なのに、なんか悟ったようなこと言ってさぁ、もうほんとにさぁ」
「まあまあ。入学式、頑張ってね」
何を言いたいかも分からなくなって黙ったオレに、理人は笑いながら出て行った。その背中にいってらっしゃいと声を掛けながら、寝ぐせを直し終えた。
「翠、準備できた? 今日は集合も撮るだろうから、ちゃんとした方がいいよ」
母さんの声に、もう大丈夫、と答えながら振り返る。
今日は、母さんもばっちり正装だ。水色の爽やかなスーツに、白いコサージュを付けてる。普通に客観的に見て、ほんと綺麗だし可愛いと思う。思うけど。この人にそっくりか、と思うと、どよんと沈む。
――と、そこへ。
「そろそろ、行ってくるね」
「オレも、いってきます。翠兄、入学式、頑張れよー」
父さんと理人の声がした。
うん、と返すと、理人はそのまま出て行ったみたい。父さんは、洗面所をのぞきに来た。
「翠、入学式行けなくてごめんな」
父さんは、ほんとイケメン。スーツを着るとかなりカッコいい、イケオジってやつだ。
理人みたいに、父さんに似れば良かったのにと、またしても運命を呪いながら、オレは首を振った。
「ていうか、両親そろって、高校の入学式来なくて平気だから」
オレがそう言うと、オレの隣にいた母さんを見て、父さんはため息をついた。
「オレは、母さんと一緒に出たかった。母さんのスーツなんて珍しいし」
「はいはい、またどこかで着てあげるから」
「いつ?」
「いつかね? とりあえず、いってらっしゃい。遅刻するよ?」
「いつにするか決めようよ」
「帰ってからね。はいはい、いってらっしゃい」
なんだかんだ言いながら、玄関の方に消えていく。
黙ってればイケメンなんだけどな。相変わらずのバカップル両親だ。
というか、父さんが母さんのことを好きすぎる。
母さんは、顔に似合わず、かなり男前な性格なので、いつも父さんをあしらってるように見えるが、それでも父さんは幸せそうなので、まあそれはそれで良さそうだ。
「澪も行ってきまーす!」
「父さんも行ってきます」
「はいはい、いってらっしゃい」
二人を送った母さんが戻ってきて、オレを見て、にっこり笑う。
「よし、そろそろ行こっか」
「うん。あ、ちょっと待って、スマホ忘れた」
二階に駆け上がって、ベッドの上のスマホを手に取ったついでに、鏡で自分のことを眺める。
初めてちゃんと着る制服。この制服が着たくて、頑張った。
オレが入学する神稜高校は、ここらへんの公立では一番の進学校。
偏差値七十以上と言われてる神稜高校は、勉強さえ頑張っていれば、校則はかなり緩い。
生徒の自主性と責任に任せる、という校風だ。
髪型もアクセサリーも自由なんだけれど、今日はとりあえず正装で、目立たず普通に行くことにした。
先輩とかに目をつけられても困るし。
ブレザーは深いネイビー。裏地はシルバーで、脱ぐ時にオシャレだ。シャツは、白と水色、好きなほうでいい。ネクタイもあるけど、代わりに細リボンでも可。ズボンはチェック柄で、男女ともパンツ・スカートが自由だ。
とにかく、この制服が着られて嬉しい。受験勉強、頑張って良かった。
そう思った時、手に持ったスマホが震えた。メッセージを開くと、『頑張ろうな!』と尊から入っていた。
お気に入りの、柴犬が「ぐっ」と親指立ててるスタンプを、送り返した。
背が伸びれば、今よりはマシになるよな。
よし、それに期待して、とりあえず、強気で行こ。
決意を新たにしていると、母さんに呼ばれた。
「今行く!」とスマホをポケットに入れて、階段を駆け降りた。
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