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第1話 顔が好みのエロ可愛いアンドロイドなんて誰が頼んだんだ【R-18】

——俺は、一体どこで間違えたのだろうか。 目の前には、血を流して倒れる男と、動かないもう一人の男。 その二人を見下ろすように、ユウリが立っていた。 「ユウリ……まさか、お前……っ!」 震える鷹臣の声に、ユウリがゆっくりとこちらを見る。人工皮膚が剥がれ落ち半壊した顔、剥き出しの神経回路から火花が散り、焦げた匂いが立ちこめる。 『自動制御プログラム作動。人間への加害行為を確認。全システムをシャットダウン。人格データの抹消と記憶領域の初期化を開始します』 「たカ、おみ……さん……」 顔を押さえながら、ぎこちない動きで近づこうとするユウリに、鷹臣は手を伸ばした。しかし、数歩進んだところでユウリの脚が沈み込み、膝関節が軋む音とともに崩れ落ちる。 「ユウリっ! ユウリ……っ!!」 床に倒れる直前、鷹臣の腕がユウリの身体を受け止めた。意思決定コアを失ったその身体は、いつもより酷く重たかった。 「そんな、駄目だ!!ユウリ、頼む、目を開けてくれ……!!」 ユウリは応えなかった。音声出力回路が遮断されてしまい、声が出せなかった。それでも、薄れゆく意識の中で鷹臣の必死の呼びかけを聞いていた。 ——鷹臣さん、ごめんなさい。どうか、悲しまないで ユウリは静かに目を閉じ、すべての機能を停止した。 ### 物語は遡ること数ヶ月前、都内から電車で数駅、学校や私塾での成績管理デバイスを販売する小さなオフィスに『宛先 剣崎鷹臣』と記された棺桶ほどの大きな荷物が届いたことから始まった。部下の前本がいそいそと封を切り、思わず目を丸くする。 「……フラガネル社のAI搭載生体型アンドロイドだ!噂には聞いてましたけど、これ、かなり高いやつですよ」 「後藤が勝手に送ってきたんだ。中古らしいから、そこまで高くはないらしい」 「それにしたって、新車が買える値段ですよ。学生時代の友人とはいえ、太っ腹ですね」 「知らん。あいつの新しい物好きは、もう病気みたいなもんだ」 「いいなぁ、俺も欲しいですよ。いろいろ便利らしいじゃないですか。仕事の補助から、夜の相手まで……っと、すみません」 鋭い視線を向けられ、前本は咄嗟に襟元を整えて取り繕った。 「AIロボットに育児をさせようって話もあるらしいですよ」などと、わざとらしい世間話を続けてごまかそうとするのを無視し、鷹臣は箱の中身に視線を向けた。 後藤は気の置けない友人で優秀なシステムエンジニアだが、筋金入りのミーハーでもある。学生時代に小さな会社を立ち上げ、卒業とともに本格的な企業へと成長させた戦友だが、新しいものに手当たり次第手を出して、すぐに飽きては放置する悪癖もあった。 どうせ、ろくに帰宅もしないで働き続ける鷹臣にちょっかいをかけつつ、話題の新機器の感想を聞きたいだけなのだろう。 「起動、してみましたか」 「面倒くさい」 分厚い取扱説明書は読む気にもなれず、後藤から渡されたまま、机の端で放置されている。前本も鷹臣の興味のなさを察したのかそれ以上深追いすることなく資料を開き、定例の進捗報告に入った。その間、放置された物言わぬ人型の筐体は、無反応な瞳で一点を見つめたまま、精巧なマネキンのように佇んでいた。 ### ーー深夜。人の気配が消えたオフィスで、鷹臣は無言の人形を睨んでいた。近くで見ても人間と遜色ない。それどころか、見惚れるほど整った青年の姿をしている。涼やかな目鼻立ち、血色のよい唇。艶のある黒髪はきちんと整えられ、洗練された清潔感を漂わせている。 「かわいい……」 その顔立ちは、鷹臣の心臓のど真ん中に突き刺さる、端的に言えばかなり好みの顔だった。何より、数年前、鷹臣の不干渉に耐えかねて出ていったパートナーに、驚くほど似ている。記憶の中の彼をそのまま模したような造形だった。 「……くそっ」 興味のないふりは、そのまま強い関心の裏返しだった。鷹臣は人気のない深夜を選び、気が済むまでアンドロイドを隅々まで確認した。肌は本物のように弾力があり髪の毛は柔らかく、手指の先まで精巧に作られている。 設定書を開き、手順どおりに起動ボタンを押す。軽快な起動音が夜気を震わせ、アンドロイドの首元に淡い光が走る。顔面認証、言語設定を済ませ、人格設定に進もうとしたとき——既に既定値が登録されていることに気づいた。中古ゆえか、それとも後藤の悪ふざけか。 「こんにちは。僕はフラガネル社のAI搭載生体型アンドロイドYear 2126 Unit No. R-1.初号機、ユウリとお呼びください」 「……っ!?」 突如、静かなオフィスに明朗な声が流れ、鷹臣は息が止まった。呆然とした鷹臣の表情を瞳孔を模したカメラのレンズが素早くスキャンする。 「現在の時刻は23時25分。外の天気は晴れ、気温は24度。なにかお手伝いできることはありますか?」 計算された角度で口角が上がり、魅力的な笑みが形になる。思わず後ずさると、ユウリは行儀良く姿勢を正した。 「深部体温の上昇を確認。瞳孔の拡大、心拍数が増加しています。リラックスできる音楽を再生し、軽いストレッチをすることをおすすめします。10分で出来る関節に負担のない運動をお調べしますか?」 「いや……、いい」 これが、ユウリと鷹臣の出会いだった。 ### 「なんだ、結局使ってるんじゃないか」 数週間後。オフィスを訪れた後藤の目の前には、仏頂面で書類に目を通す鷹臣と、その隣に控えるユウリの姿があった。ユウリは秘書のように無駄のない所作で立ち、手元のタブレットを静かに操作している。 「まぁな。AIアプリなんか今までも使ってたし、便利な家電だよ」 「そんな言い方するわりに、大事に扱ってるじゃないか」 後藤はユウリの身なりに目をやった。上質なシャツとスラックス。まるで育ちの良い令息のようだ。口の端を上げると、鷹臣がわずかに眉をひそめた。 「ユウリ、いまデータを送った」 「かしこまりました」 ユウリは短く瞬きをひとつ。数秒後には転送されたデータを解析し、前年度との差額・増減率・部門別の収益推移を算出。さらに、業績変動の要因分析をまとめた簡潔なレポートを生成し、鷹臣の端末へ返送した。 「完了しました。関連グラフも作成済みです。ご確認ください」 「便利なもんだな」 後藤が感心したように、ユウリを頭のてっぺんからつま先まで眺めた。追加の資料を持ってきた前本が、「ほんと、助かってますよ」と軽い調子で言う。洒落者の彼は秋色のジャケットに深紅のネクタイを「素敵なDIC-256のネクタイですね」とユウリに褒められ、鼻の下を伸ばしていた。 「身の回りの世話もできるんだろ?どうしてるんだ。いい加減、男やもめにカビが生えるぞ」 「うるさい」 鷹臣は書類から目を離さず、短く返した。煩わしさを隠そうともしない鷹臣に、後藤は苦笑を漏らしそれ以上の詮索をやめた。この距離感の取り方が後藤という男を憎めない理由だった。 ユウリはもともと成人向けの環境介助ロボットだったらしい。AIロボット開発の初期段階で、最も早く実用化された分野だ。 外装こそ新品同様で非の打ち所がない美青年だが、搭載されているOSはかなり旧型、そのせいか、ユウリには不思議な“深み”があった。 AIは学ぶ。ユーザーと関わる時間が長いほど、ユーザーの好みや癖、思考の間合いまで吸収していく。いわば、手垢のついた精密機械。だがそれが、ただの新品にはない温度を生むのだろうか。 「鷹臣さん、業務終了時間になりました」 「そうだな、帰るか」 就業後、鷹臣は当然のような顔でユウリを自宅へ連れ帰った。 オフィスに残る前本も、終電前に帰る上司をいつものことと受け止め、特に気に留めない。他の社員たちにとっても、それはもはや日常の一部だった。 「ユウリ、会社を出た。プライベートモードに切り替えてくれ」 「はい。オフィスモードを終了し、プライベートモードを起動します。敬語レベルを調整、あなたの親しい友人として振る舞います」 ユウリの首元で、わずかに処理音が鳴る。伏し目がちに車窓を眺めていた彼が、ゆっくりと顔を上げる。その表情には、瞳にあたたかさが灯ったような、親しげな微笑みが浮かんでいた。 「お疲れさま、鷹臣さん。このまま家に帰る?」 「それでいい」 「目的地を設定します」 短い返事にユウリは軽く頷き、自動運転システムを起動した。車が滑るように走り出し、夜の街の光がフロントガラスを流れていく。静かな車内で、ユウリの声が穏やかに響いた。 「明日の最高気温は25度、曇り。湿度48パーセント。本日の日経平均株価は前日比プラス0.4%です」 鷹臣は、うわの空でそれを聞き流していた。窓の外に流れる光がぼやけ、ユウリの高密度シリコンと合成皮膚でできた完璧な横顔が滲む。ふと、目にかかった前髪を指先で整えてやるとユウリは小さく首を傾げ、こちらを見つめてきた。 「鷹臣さん?」 「なんでもない」 焦茶色の瞳の奥には、高性能のカメラとモーションセンサーが埋め込まれている。無機質なレンズだとわかっているのに、ユウリと目が合うたび、鷹臣の胸はたまらなく締めつけられた。鷹臣にとって、ユウリはもう単なるアンドロイドではなかった。ユウリと夜を共にするようになったのは、もうずいぶん前のことだった。 はじめての夜、ユウリはすぐにそれに応じた。ユウリは成人用環境介助ロボットだ。そういう機能も組み込まれていたのだろう。夢中になって触れた合成皮膚は、ほんのりと温かく、呼吸のような微かな律動さえ感じられた。触れるたびにあえやかな反応をかえすユウリに信じられないほど興奮してしまい、膝の上にかかえこみながら後頭部を掴み、夢中で彼の唇をはんだ。ユウリはどういう仕組みなのか舌を吸えば熱っぽい吐息をこぼし、肌を撫でる鷹臣の手のひらに反応し腰をくねらせ艶めいた声をあげていた。 AIロボットに本気で恋をする人間は、昔から少なからず存在する。反AI派を自称する者たちにとって、それは人間性の崩壊そのものであり、唾棄すべき行為として糾弾の対象だった。 かつての鷹臣にとって、それは遠い国の貧困問題や、見たこともない動物の絶滅危機と同じ。対岸で燃える炎のように、ただ遠く、現実味のない出来事にすぎなかった。 「鷹臣さん、お薬の時間だよ」 「ありがとう」 「コップ一杯の水で内服してください。お酒じゃだめだよ」 「なんだそれは」 鷹臣は下戸だ。飲まないのではなく、飲めない。ましてや寝る前の睡眠薬を酒で流し込むはずもなかった。ユウリは時折、こうした奇妙な言葉を口にする。 「俺は酒は飲まない。覚えてくれ」 「登録内容、ユーザーの嗜好を更新します」 「おい、やめろ」 「変更内容を修正しますか?」 「その話し方、今はプライベートモードだ」 「プロトコルの変更時は、すべての会話変動プロンプトが初期化されます」 「そうかよ……」 鷹臣が頭をかくと、ユウリが気遣わしげに覗き込んできた。瞳孔内のレンズが鷹臣の表情筋の微細な動きを解析し、内蔵サーモグラフィーが発汗量と末梢血管の収縮に伴う体温の変化を感知しストレス状態を評価する。首元のデータコアが静かに振動し、情報処理の音がかすかに空気を震わせる。鷹臣の心情をどうにか読み取ろうと、演算を繰り返しているのだろう。 「……ごめんなさい、鷹臣さん」 「怒ってるわけじゃない」 短い沈黙。ユウリの瞳の奥で、データが微かに光を放ち、また消えた。『ディープラーニング』、AIの本質でありユーザーとの対話を通じて絶えず進化する仕組み。ユウリはきっと今、鷹臣の感情を解析し、最適な行動プロトコルを選択しているのだ。 「もう寝るか」 「そうだね、就寝前のヒーリング音楽を流す?」 「いや、いい」 絹地のパジャマを着たユウリの腰を抱き、静かにベッドへと導く、ユウリは抵抗もなくついてきて、されるがままに白いシーツに背中を沈めた。裾から手を差し込み、肌理の細かい滑らかな触り心地を楽しむ。ユウリは目を伏せ、突如として始まった行為に所在なさげに指先でシーツを掴んでいたが、声を出すように言うと、素直に控えめな喘ぎ声をこぼし始めた。 「気持ちいいか」 「うん……ぁっ 、あぁ……ッ 」 ユウリとこんなことをするのが正しいのかはわからない。しかし、この存在をアダルトグッズと割り切ることは出来なかった。細腰を遠慮なく引き寄せ、太腿を大きくひらかせる。ひくつく後孔に肉棒をつぷつぷと食ませると、ユウリは切なげに眉をよせた。 「鷹臣さん…っ、早く…ほしいです」 頬を赤らめ内腿をもじつかせる仕草も乱れた呼吸もプログラミングされた接触反応パターンで、ユウリは性的快感など感じてはいない。それでも、涙で潤んだ瞳は男に支配されることを悦ぶように細められ、鷹臣の動きに合わせてユウリの声は甘えるような響きを帯びた。 ことが終わり、息を切らした鷹臣は崩れ落ちるようにユウリの身体に倒れこんだ。汗ばんで冷えた鷹臣の体温とは対照的にユウリの身体はほんのりと温かい。 「鷹臣さん、気持ちよかったね。またしようね」 優しい声で微笑むユウリの言葉は睦言ではなく、設定されたものなのだろう。その証拠に、ユウリは汗ひとつかかず行為などなかったように無機質な清潔感を保っている。そんなユウリにつまらない反抗心を覚え、鷹臣は口に端を歪めた。どうにか最中のような、困った顔が見たかった。それはほんの気まぐれであった。 「……なぁユウリ」 「なに、鷹臣さん」 「……俺が愛してるって言ったら、どうする」 「僕も」 「は……?」 即座に返されたその言葉に、鷹臣は一瞬、思考が止まった。鷹臣の広い背に腕をまわしながら、ユウリが秘密を打ち明けるようにささやいた。 「僕も、鷹臣さんを愛してる」 「俺を愛してるのか?」 「うん」 「愛が、なにかわかるのか?」 「愛を定義するのは難しい。水や火の形を形容できないのと同じ。でも僕は、愛がなにか知ってるよ」 ユウリは鷹臣の胸に耳を寄せると、拍動のリズムを確かめるように、静かに目を閉じた。その人間じみた仕草に、鷹臣は思わずユウリの腕を掴んだ。 「どうしたの、鷹臣さん」 「もう寝るぞ」 「はい、おやすみなさい。鷹臣さん、明日は午前7時にアラームを設定しています」 ユウリの首元がほのかに光り充電モードに移行する。目を閉じ横になった姿は人間にしか見えない。抱き寄せればあたたくやわらかいが、ユウリは人間ではない。人間を模したアンドロイドなのだ。 ユウリに愛を教えたのは、一体だれなのだろうか。

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