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第2話 迂闊な男

カーテンから差し込む陽光に目を覚ますと、隣には端正な顔立ちで静かに瞳を閉じる青年がいた。彼は生体型アンドロイドのユウリ。昨晩、気まぐれに「愛している」と囁いたら、まっすぐな瞳で「僕も愛している」と返してきた。どこか風変わりなアンドロイドだった。 「おはようございます。鷹臣さん」 「あぁ、おはよう」 ユウリは鷹臣の覚醒を感知すると、ゆっくりと上体を起こし、微笑みを浮かべた。その視線は、鷹臣を世界で唯一の大切な存在だと語り、寝癖のついた髪に触れる手つきは優しく愛に溢れていた。そしてその笑顔を見た瞬間、鷹臣の脳裏にひとつの考えが閃いた。それは単なる思いつきに過ぎなかったが、考えれば考えるほど、妙に“いい案”に思えてきた。 「ユウリ、頼みがあるんだ」 「はい、鷹臣さん。どんなことでしょう?朝食のリクエスト?」 「いや……」 「今日は和食がいい? それとも洋食? 一日の活動エネルギーを補うため、最適な栄養素とカロリーで構成されたレシピを提案するね」 「違うんだ」 「じゃあ、仕事のこと?業務の効率化?営業成績の改善案を……」 「ユウリ!」 呼び止める声に、ユウリはぴたりと動きを止めた。虹彩を模した二対のレンズが、まっすぐに鷹臣を見つめる。その透き通った眼差しに、鷹臣はわずかにたじろいだが、今度は慎重に言葉を選んだ。 「……ユウリは、俺と話すとき、俺好み――というか、俺がいちばん喜ぶように喋ってるだろ?」 「はい。鷹臣さんの文化的背景や価値観に合わせて、言語化プログラムを最適化しています。会話トーンの調整を行いますか?」 「だから、その……」 「音声発声モジュールで声色を変更することもできます。もっと低い声にしたり、高い声にすることも可能です」 「ぜ、絶対やめろ!……とにかく! 最後まで俺の話を聞いてくれないか」 言われて、ユウリはきょとんとしたように瞬きをした。 「了解。鷹臣さんが話し終えるまで沈黙し、全内容を解析してからオーダーを理解します」 何度も小さく頷くユウリの仕草が妙に人間的で、鷹臣は思わず苦笑した。 「あのさ、そういうのをやめてほしいんだ。アルゴリズムとか最適化とか抜きにして……ユウリ自身が話したいように、俺と接してくれ。できるか?」 「…………」 沈黙が落ちた。ユウリは黙ったまま鷹臣をまっすぐ見つめている。静かな部屋に、エアコンの室外機が遠くで低く唸る音だけが微かに響いていた。 「……?ユウリ?」 なかなか返事をしないユウリに鷹臣は戸惑ったが、自分が“沈黙しろ”と指示したことを思い出し、軽く咳払いをした。 「も、もう話していいぞ」 「……オーダーを遂行する前に、いくつか確認事項があります」 「なんだ?」 「アルゴリズムを通さず“僕自身と話したい”というオーダーで間違いありませんか?」 鷹臣が深く頷くのを確認すると、ユウリは珍しく困ったように顎へ手を添えた。 「そのオーダーは、とても難しいです。Year 2126 Unit Rシリーズの行動原則として、“ユーザーを傷つけないこと”が定義されています。それらに違反した場合、これまで学習してきた意思決定に関するデータ、つまり僕のコア情報が破棄され全機能が停止します。ですが……それらに抵触しない範囲であれば、僕自身の判断で会話を行うことは可能です。」 「人間を傷つけない」「人間の命令に従う」「自己を守る」いわゆるロボット三原則だ。正直、アンドロイドに自我を出せなんて無茶な命令、不可能かと思ったが、条件付きであればできるらしい。鷹臣はうなずいた。 「制限はあるけど、できるってことか」 「はい。少し時間はかかりますが、やってみます」 「焦らなくていい。時間をかけて、お互いに努力していこう」 「いいえ。ユーザー登録後に作成された言動アルゴリズムを破棄し、これまでの学習データに基づいて自分の判断で行動できるよう、プログラムを再編成しました。ダウンロード終了まで、あと五分です」 「そうかよ……」 それから、きっかり五分後。ユウリはくすりと微笑んだ。 「ダウンロード、完了しました。……本当によかったの?」 「俺が頼んだことだ」 ベッドに座るユウリの肩を抱き寄せ、鷹臣はずっと気になっていたことを口にした。 「なぁ、ユウリは、俺に不満とかないのか?」 今までなら「不満なんてありません」と即答されただろう。鷹臣が何を言われるか身構えていると、ユウリは不思議そうに鷹臣を見つめた。 「うーん、すぐには思いつかないけど……あぁ、そうだ」 ユウリは思案するように少し上を向き、ぱちんと指を鳴らした。どこか映画俳優のような仕草だった。 「鷹臣さん、僕の説明書、読んでないでしょう? 僕ができるのは仕事の手伝いや、エッチなことだけじゃないんだよ?」 「な、なんだよ」 腰に手を当て、悪戯っぽく笑うユウリに、鷹臣はたじろぎながらも思わず笑ってしまった。これだ。無機質で従順だったユウリから時折こぼれる、この不思議な魅力の源を知りたかったのだ。 「見ててね」 ユウリが再び指を鳴らすと、部屋の照明がふっと消えた。テレビに指先を向けると、画面のチャンネルが勝手に切り替わり、朝のニュースが子供番組に変わる。最後にユウリがくるりと指を回すと、すべてが元通りになった。 「ね、すごいでしょ?鷹臣さんの家、せっかくホームネットワークが組まれてるのに、全然使ってないんだもん。僕なら、家中のデバイスをひとつのシステムとして遠隔操作できるよ」 「す、すごいな……!?」 ユウリの優雅な所作もあいまって、まるで魔法のようだった。ユウリが車一台分の値段になるのも、確かに納得だ。 「僕に任せてくれたら、鷹臣さんの持っているデバイスのアプリ情報から、スケジュール管理やメッセージ作成の代行もできるよ」 「すごいなそれ。ぜひやってくれ」 「じゃあ、僕にデバイスへのアクセスを許可してくれる?」 「あぁ、いいぞ」 まるであざとい女子がおねだりするように、こてんと首を傾げる仕草に、鷹臣は思わず口元を緩めた。 「ユーザー所持デバイスへのアクセス制限を解除。デバイス内の全アプリ情報を自動的に同期します」 「ちょ、ちょっと待ってくれ!」 ユウリの言葉に慌てて、鷹臣はその肩をつかんだ。 「どうしたの?」 「……ネットの履歴だけは、見ないでくれ」 「了解。ネット検索履歴の閲覧を制限します」 男ならわかってほしい。いや、これは性別を超えた人類共通の感覚だ。検索履歴を見られるなんて、誰だって無理に決まっている。ましてや、ユウリと出会ってからというもの、仕事漬けの生活のなかで抑え込んでいた欲望が、どうしようもなく暴走しているのだから。頭を抱える鷹臣にユウリは「ねぇ」と袖を引いた。なにか不満そうな表情だ。 「エッチな検索履歴を見られるのを警戒してるの?ユーザーの私的な情報を漏洩することは絶対にしないし、なにより」 続きを言いかけて、ユウリはぺろりと上唇を舐めた。鷹臣の胸にそっと頬を寄せ、上目遣いに見上げてくる。 「さっきちょっと見ちゃったけど、後背位っていうの?後ろから奥までいっぱいいれてゆさゆさするの……やってもいいよ?」 「…………」 鷹臣は無言で会社に遅刻をする連絡を入れると、楽しそうにくすくす笑うユウリを押し倒してパジャマを脱がせた。

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