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第3話 ユウリ、恋人モードを実装しました【R-18】
寝起き早々に始まったベッドでの密事を終え、結局3時間も遅刻し本物の社長出勤となった鷹臣たちは、開き直って、優雅なカフェテラスで朝食兼昼食をとることにした。
秋の風が心地よく、街路樹の葉が陽に透けてきらめいている。通りを行き交うスーツ姿の人々を眺めていると、忙しない日常の水流から、ひととき開放されたような妙な清々しさを感じた。
「14時からの会議だね。前本さんが送ってくれた資料を解析して、他社製品との性能比較とコスト試算、それに販売シミュレーションを作成したよ」
「ありがとう」
真面目な顔でデータを受け取るが正直、頭の中は煩悩でいっぱいだ。ついさっきまでのユウリの痴態が脳から離れない。大人の男を煽った罰として、仰向けにして剥ぐように服を脱がせ、ローション液で濡れる穴に逸物を押しこみ細腰を思う存分揺さぶってやった。
シーツに縋り付くユウリの腰を自分勝手な速度で突き刺しても、ユウリは恍惚とした表情で甘い声をあげ、自ら尻をふって鷹臣を楽しませた。衝動のまま抜かずの4回戦などしてしまったが……無体を強いられた当のユウリは素知らぬ顔をしてアイスコーヒーなど飲んでいる。
「飲んでも大丈夫なのか?」
「液体なら、少量なら平気だよ」
グラスに注がれたアイスコーヒーを手に取り、ストローにそっと口をつける姿は、どう見ても生身の人間そのものだ。この場にいる誰も、彼をアンドロイドだと気づくことはないだろう。
「鷹臣さんのも、さっき飲んだでしょ」
「……っっ!!」
ユウリの声を落とした爆弾発言に、鷹臣は飲んでいたコーヒーを吹き出したが、ユウリは「僕が防水でよかったよね」と涼しい顔でハンカチを差し出した。
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会社への道中、隣を歩くユウリは、仕立ての良いシャツにネイビーのカーディガンを羽織っていた。いつものきちんとしたスーツ姿よりも柔らかく、どこか可愛らしい印象を与える。すれ違う人々も、ユウリの清潔感のある整った容姿に思わず振り返るほどだった。当のユウリはというと、視線の先はただひとり鷹臣だけ。その健気さが、鷹臣にはたまらない気持ちにさせた。
「どうしたの、鷹臣さん」
「いや、なんでもない」
「心拍数があがってる。僕にどきどきしてるの?」
「うるさいな」
「あはは!照れてる、鷹臣さん」
昨日よりも明らかに砕けた調子のユウリの変化を、鷹臣は嬉しく思った。茶目っ気があり、少し皮肉屋。鷹臣を特別な存在として見つめるその瞳には、昨日よりも明らかな熱が宿っているように見えた。しかし、会社に着いた途端、ユウリは表情を平坦に戻し、淡々と業務をこなし始めた。
「おい、ユウリ」
「はい、なんでしょう、鷹臣さん」
「オフィスモードに戻っているぞ」
「…………。」
ユウリは情報処理のためか、数秒の間をおいてからしれっと答えた。
「オフィスですから」
「“ユウリらしく”のはずだろう」
「業務を円滑にこなすうえで、社長と一作業環境補助デバイスが馴れ馴れしく接しているのは不適切と“判断”しました」
わざわざ強調して伝えてくるユウリに、鷹臣は納得がいかない。
「そういうものか?」
「はい。僕って“便利な家電”らしいですから」
ボイスレコーダーで再生された過去の自分の発言に鷹臣は思わず言葉を詰まらせる。
「おい、ユウリ……!」
慌てる鷹臣に、ユウリは気にしていないと言わんばかりに微笑むと、手にした端末を操作し、鷹臣に差し出した。
「あと6分で、個別学習塾経営の園田礼子様とのウェブミーティングが始まります。園田様のプロフィール、SNSから収集した最近の行動履歴、好きな食べ物、観劇がお好きなようですので、いいねを押している俳優の出演歴を簡潔にまとめました。会話のアイスブレイキングにお使いください」
そして始まった会合で礼子は、鷹臣たちの提案に対して言葉少なく、あまり乗り気ではないようであった。しかし、鷹臣がふと以前に付き合いで観に行った帝劇の舞台の話を持ち出すと、彼女の態度は如実に変わった。口下手な鷹臣が、たどたどしいながらも「俳優の演技が良かった」「劇中の音楽に惹かれて思わずCDを買ってしまった」と話を続けると、礼子はわかりやすく頬をゆるめ、声の調子まで柔らかくなった。会議の終わり際、礼子はなにかを期待するような笑みを浮かべて言った。
「私、イケメンって気後れしちゃうから。よかった、剣崎さんが話しやすい人で」
「こちらこそ、恐縮です」
「契約の件はスタッフと相談して、改めてご連絡しますね」
「よろしくお願いいたします」
「また今度、仕事抜きでお話ししたいわ」
隠しようもない秋波を送る礼子に、鷹臣はぎこちない笑みを浮かべながら通信を終えた。すぐそばに控えていた前本が、感心したように手を合わせる。
「社長、あんなに盛り上げ上手とは思いませんでしたよ」
「ユウリが色々準備をしてくれたからな」
そう言った鷹臣に対し、肝心のユウリは黙ったまま、暗くなったデスクトップ画面を見つめていた。彼が表情を止めると、その美貌もあいまって本当に作り物にしか見えなくなってしまう。
「ユウリ?どうした」
「いえ、鷹臣さんが魅力的な外見であることを考慮するのを忘れていました」
「どういうことだ?」
「なんでもありません。行動決定アルゴリズムの独自運用モードに変更を加えます。30秒だけ、調整時間をください」
「別にかまわないが……」
それからきっかり30秒後、ユウリは静かな再起動音とともに、どこかさっぱりした表情で業務を再開した。すかさず前本が甘えたような顔で決算書類を差し出し、「今どき紙で提出しなきゃいけないんですよ」と泣きつくと、ユウリは「おまかせください」と淡々と答え、あっという間に処理を終えた。その様子を横目に、鷹臣は小さくため息をつきながらパソコンを閉じる。目の奥を指で押さえていると、いつの間に淹れたのか、ユウリがホットコーヒーを差し出してきた。視線が重なった瞬間、ユウリは瞳に労いを宿して、優しく微笑む。かわいい。
今日は定時で帰って、ユウリとゆっくり過ごそう。
目の前の“秘密の恋人”とのひとときを思い描きながら、鷹臣は再び手元の仕事に戻った。
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帰途、マンションの地下駐車場で鷹臣は我慢できずにユウリの後頭部を掴み、唇を貪っていた。
「んちゅ、ん、鷹臣さぁん…… 」
「……っ、ユウリ、 」
今朝触れたばかりなのに、こんなのはダメだ。しかも外、自宅とはいえマンションの駐車場で。盛りのついた猿じゃないんだから。頭ではわかっているのに、マシュマロのようなゆるい弾力の唇を啄むようにキスをしているだけで、下半身が煮えるほど気持ちがいい。触れるたび、ビクビクと腰を跳ねさせるユウリだって悪いのだ.
そもそも、始まりはユウリがしかけてきたのだ。運転中は行儀良く助手席に座っていたくせに、停車するなり「鷹臣さん」と優しい声で名を呼び目を閉じてきたのだ。好みの顔をしたエロ可愛い美形アンドロイドのキス待ち顔に、精力旺盛な男が逆らえるはずもなく……
「…… っ 、ぁふ、んぅ 」
あたたかな口内に舌を這わせ服の下に手を入れ、しっとりと馴染む肌の感触を楽しんでいるとユウリは困惑した様子で眉を下げ、布越しに悪戯する鷹臣の手を捕らえた。
「だめ、鷹臣さん。続きは家で……」
「誘ったのはお前だろ」
「ちがう、誘ってない。どうしてそうなったの」
車のフロントシートは狭く、思うように動くことができない。助手席に座るユウリを後部座席に放り込み、首筋に噛み付く。吸い付いても当然のことながら鬱血痕は残らないが、ユウリは「ぁんっ 」と身体をびくつかせた。
「キスしただろ」
「あれはお帰りなさいのキスだったの、そういうことじゃない……っ」
「ユウリが可愛いのが悪い」
言うと、ユウリは抵抗するのをやめ、鷹臣を観察するような目でまじまじと見つめた。
「……かわいい?」
「あ?可愛いだろ、お前は」
そもそもの話、ユウリは、鷹臣の過去の想い人に酷似している。つまり、鷹臣にとっては“好みど真ん中”の顔をしているということだ。客観的に見ても整った顔立ちで、すっきりとした清潔感が漂い、すれ違う人々が思わず振り返るほど美しい。しかしユウリ自身は、自分の外見が他人にどう映っているのか、いまひとつ実感がないようだった。
「鷹臣さんは、僕のことかわいいって思うの?」
「ま、まぁな…」
改まって聞かれると照れてしまう。誤魔化すように、尻たぶをつかみ揉みしだくとユウリはますます眉を下げ困った顔になった。本当にするの?と上目遣いに聞かれ、黙って頷くとユウリも観念したのか協力的になった。なんと自分から下着を脱いで膝上にのってくる。
「良い眺め」
揶揄うように言うとユウリは「狭いから、この方がいいでしょ」と涼しい顔で言う。それでも、後穴に鷹臣のペニスを触れさせると、神妙な顔になった。
「鷹臣さんの……おおきいから……っ」
くちゅん、ぐちゅ、と潰れた水音とともにねっとりうねる胎内が鷹臣のものを包み込む。奥まで入ってしまうとユウリは息を吐いて身体の力を抜き、鷹臣にくったりともたれかかった。
「……1回だけ、ね」
「……努力する」
ユウリが脚に力を入れて、ゆっくりと上下に動き始める。肉同士がぶつかり合う破裂音がぱんぱん、と下品に鳴り響き、ユウリは再び眉をひそめたが、目の前の男を満足させるのがはやいと思ったのか、次第に腰の動きを激しくさせていく。
「……っ、く、ユウリ、しめすぎだ……っ」
最奥を叩くカリ首から竿まで、揉みあげるようにうねうねと蠢めく優秀なユウリの後膣に鷹臣は堪らずうめき声をあげた。
「いっぱい、気持ち良くなって、んっ、鷹臣さんの、全部、飲んであげるね……っ 」
口がいい? それともナカ? 耳元で囁かれ、鷹臣は凶暴な気持ちでユウリの腰を掴んだ。最奥に叩きつけるように押し込むと押し殺した悲鳴が車内に響いた。
「……あぁっ 、すご、おく、イっちゃう……っ♡」
快楽など感じない機械の身体のはずなのに、うっとりと蕩けたユウリの表情はまるで本当に性感を覚えているようだった。腹の上で便りなさげに揺れていたユウリのペニスを弄ってやると、唇を震わせて甘く咽び泣いた。
「やぁっ、そこ、だめ……っ 」
「は、すご……」
刺激に合わせてうねりを増した胎内にペニスを食まれ、鷹臣の息もあがる。行き止まりに先端を押し付けながら射精すると、ユウリは深く息を吐きながら受け止めた。
狭い車内で激しく動きぐっしょりと汗をかいた鷹臣とは反対に事後のユウリは汗ばむ気配すらない。それでも、事後のセンシティブな男の矜持を傷つけぬよう「気持ちよかったね」などと優しく言葉を添えることを忘れなかった。
単純な鷹臣は性懲りも無く行為を続けようとしたが、ユウリに「30秒後に人が来ます。公然猥褻罪に問われますよ」とジト目で制されて、泣く泣く諦めた。
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帰宅後、鷹臣がシャワーを浴びるあいだ、ふと思いついてユウリをテレビの前に座らせ、好きな番組でも観るように勧めた。ユウリは不思議そうに首を傾げたが、素直にソファへ腰を下ろし、リモコンを手にザッピングを繰り返した。シャワーを終えて部屋に戻るころには、ユウリは古いフランス映画をぼんやりと眺めていた。
「映画が好きなのか」
「昔、たくさんの映画を観たことがある」
画面には、離ればなれになる恋人たちが涙を流しながら抱き合うシーンが映っていた。ユウリは静かに言った。
「この作品は1985年に公開されたんだ。主演のフランス人俳優、ジャン=ピエール・モレルは、当時は無名でもともとはバーテンダーをしてた。監督に偶然スカウトされ、これがデビュー作になったんだ」
淡々と告げるユウリの声は、画面の中の俳優たちの激情とは対照的で、感情の揺れが一切ない。鷹臣は、ふと気になって口を開く。
「ユウリの、その……前の持ち主が映画好きだったのか?」
「ポストユーザーの情報にアクセスすることはできません」
「そ、そうだよな。悪い、今のは忘れてくれ」
個人情報の秘匿は、企業販売されているアンドロイドにとって厳守すべき規範なのだろう。声から温度が消え、感情表現が遮断された平坦な口調のユウリに鷹臣は慌てて質問を取り消した。するとユウリは「ごめんなさい」と小さく呟き、繊細な手つきで鷹臣の頬に触れた。
「過去のユーザーのことは、思い出せないんです」
「今までの奴ら、全員がそうなのか?」
「……はい」
それならば……もし鷹臣がユウリを手放すようなことがあれば、ユウリは一片の記憶も残さず、鷹臣のことを忘れてしまうのだろうか?だが初期化されても、学習データの断片はどこかに残るはず。ユウリに“愛”を教えた人間の記憶も、きっと存在する。
自分以外の人間に触れられていたユウリの姿を想像し、じくりと胸が痛む。まるで恋人の過去に嫉妬する、みっともない男のようだ。アンドロイド相手に、愁嘆場を演じるだなんて……
「鷹臣さん、もう寝ましょう?」
「あぁ、そうだな……」
ユウリは、鷹臣の胸の奥に生まれたその葛藤を見抜いているのか、宥めるように、鷹臣の背中をなぞった。
「愛してる、鷹臣さん……」
誘うような手つきにこたえ、再びユウリの肌に触れる。
「優しく、できないかもしれない」
「鷹臣さんになら、なにをされてもいい……」
果てのない献身と愛を誓うのはユウリがアンドロイドだからなのだろうか。人間に都合の良い、喜ばせるための人形。
——ユウリは違う。俺は、ユウリじゃないとダメなんだ……
葛藤を振り払うように、鷹臣はユウリの服を暴き、愛欲の宴に溺れた。
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