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幕間 秘密の恋バナ
深夜。最低限の家具と作業机の前に置かれたゲーミングチェアが大きく鎮座する自室で創也は、フラガネル社のロゴが印字された入念な梱包包みを開いていた。樹脂繊維で作られた衝撃吸収材に厳重に保護された等身大の人形は、黒髪の大人しそうな青年の姿をしていた。
「……よりによって、黒髪かよ」
創也は少し逡巡したが、一番早く手に入るアンドロイドがこれだったのだから仕方ない。箱の中で眠るように目を閉じたアンドロイドは、人間と見紛うほど精巧だが、繊細な造形の美しい顔立ちをしていた。性能は問題ない。中古とは思えないほど最新のOSが搭載されていて、身体パーツも新品同様によく手入れされている。首元の電源ユニットを起動する前に、まずは人格データの入力を済ませてしまう。
「知能レベルはフルでいいな。……ああ、経営管理、事務作業、プレゼン代行の機能まで付いてるのか」
言語、しゃべる速さ、方言の有無、性格傾向、笑い方、感情表現の強度……設定項目は数えきれないほどあり、創也は苦笑した。
「これは鷹臣には無理だな。……全部やっとくか」
必要項目を埋めていくと、物言わぬ人形だったものが小さな立ち上げ音と共にうすい光を放ち、繊細なまつ毛に縁取られた瞼がゆっくりとあがった。
「はじめまして、こんにちは。この度はYear 2126 Unit No. R-1をお買い上げいただきありがとうございます。当機は成人用環境介助アンドロイドです。未成年者単独でのご使用は大変危険ですのでお控え下さい」
「よろしく、Year 2126 Unit No. R-1」
「設定を確認いたします。知能レベルはフル、作動は標準安定モードでお間違えありませんか?」
「あぁ、それでいい」
「それでは続けて、メインユーザーの登録を始めます。網膜認証の設定を……」
「いや、いい。使うのは俺じゃないんだ」
眼球をスキャンしようとするアンドロイドを慌てて止め、創也は首を振った。
「了解しました。購入者様の他に使用予定の方がいらっしゃるのですね。当機はギフト用ということでお間違えないですか?」
創也が「そうだ」と小さく頷くと、アンドロイドはまばたきをひとつだけ返して了承の意を示した。
「それでは、メインユーザーの方の情報登録は後ほど行います。当機はどのような用途でお使いになる予定でしょうか?」
「そうだな……えっと、とにかく仕事が忙しいやつだから、仕事の手伝いをして欲しい。雑用全般、出来ることは全てやってくれ。秘書みたいなもんだ」
「かしこまりました。僕は環境介助全般を行う多機能支援ユニット付きのため、掃除、料理などの家事も行えます」
「職場でしか使わないと思うから、それはいらない」
業務用のアンドロイドだ。おそらくオフィスに置きっぱなしになるだろう。なんだか可哀想な気もするが、鷹臣がいそいそとアンドロイドを連れ帰る姿はどうしても想像できなかった。しかし、続くアンドロイドの言葉に創也は目をむいた。
「かしこまりました。『性的奉仕』も対人ケア機能の一部に含まれていますが、自宅および個室以外での奉仕の利用は法律に違反する恐れがあり、推奨されません。この設定でよろしいですか?」
「は!?お前、セックス機能もあるのか!?」
創也は慌てて仕様書を確認した。購入時は完全に見落としていたが、対女性・男性どちらにも対応可能らしい。ご丁寧に使用時の注意点や性感を感じる場所まで記載されている。つい、アンドロイドの薄い唇や無駄のないスリムな身体のラインに視線をやってしまい、創也は頭を押さえた。
「おい、それは黙っておいてくれ。アダルトグッズを贈ったと思われたくない」
「かしこまりました。ユーザーに求められない限り、性行為について言及いたしません」
「それでいい」
セックストイではなく、仕事の手助けのためにプレゼントするのだ。変な風に捉えられたらたまったもんじゃない。従順なアンドロイドの素直な返答に創也はほっと胸をなでおろした。
「他に注意点はございますでしょうか?」
「あー……そうだな、お前って健康管理とか看病機能もあるんだろ?」
「はい、そうです。健康状態の評価、服薬管理、身体介助、急病時の対応などが可能です」
「鷹臣も……いや、お前のユーザーも何年か前に体を壊してな。働き詰めで心身ともに参っちまったんだ」
「…………」
アンドロイドは黙って創也の話を聞いている。小さく処理音のようなものがひそやかに鳴り、内部で何らかの処理を行っているのだろう。創也は話を続けた。
「真面目で、責任感が強い性格なんだ。周りのやつらにも気を使うし、優しくて、分け隔てないっていうか……俺みたいなやつにも普通に接してくれるっていうか」
創也は中学高校を不登校で過ごしていた。曽祖母譲りの茶髪にくすみがかった灰色の瞳――周囲と異なる外見に浮いてしまい、物珍しさから近づいてくる者も多かったが、きつい物言いをする創也の性分もあって疎まれるのも早かった。
子供というのは残酷で、一度爪弾きにされると周囲の環境は一変し、創也は学校にいるのが苦痛になり次第に行かなくなった。幸い、勉強はホームスクールで続け、大学には進学できた。情報工学を学び、夢だったシステムエンジニアの職につき、今はやりたいことをやっている。
鷹臣との出会いは、気まぐれに参加した学部の交流会だった。教育学部の彼とは分野も違うが、不思議とそりが合った。鷹臣は当初教員を目指していたが、とある生徒との出会いから、学校に行けず自宅で過ごす子供たちの役に立つ事業を起こしたいという夢を持ったらしい。
若い男の理想論といえばそれまでだが、不思議と鷹臣が語る内容を聞いていると、本当に実現しそうな気がした。そしてとうとう企業の目処が立ったとき、鷹臣が直々に声をかけてくれた時のことを、創也は今でも鮮明に覚えている。
「すごく、優しいやつなんだ。会社もこれからって感じだし、無理はしないで欲しい」
「……ありがとうございます。ユーザー情報を登録いたしました」
全て聞き終えると、アンドロイドは丁寧な声で言った。機械相手に長々と昔話などしてしまったことに今更ながら少し恥ずかしさを感じる。それでも、長年誰にも話していなかった気持ちを声に出して語れたことで、胸の内がすっきりしたのも事実だった。
「お前はとにかく仕事を手伝ってくれればいいから」
恥ずかしさを誤魔化すようにわざとぶっきらぼうに言うと、アンドロイドは心得たように深く頷いた。
「かしこまりました。僕の能力の及ぶ限り、ユーザーの健康と生活をお守りいたします」
「頼んだぞ」
登録を終えて電源を切ると、アンドロイドは再び物言わぬ人形に戻った。中古とはいえ、そこそこのいい値段のする買い物だった。役に立ってくれるといいのだが……。
しかし数週間後――まさか鷹臣が予想外にもアンドロイドにどっぷりハマり、挙げ句の果てに恋人扱いし始め、さらに“従順なアンドロイド”だと思っていたユウリが独占欲丸出しでこちらを堂々と煽ってくるなど、創也は夢にも思わなかったのであった。
おわり
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