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第二部 第1話 アンドロイドは昔の男の夢を見る
やわらかな日差しに照らされた豪奢なリビングルームで、アジア系の清潔な容姿をした青年と、鳶色の髪を持つ端正な青年が向かい合っている。側から見ればお似合いの二人といった光景だが、一方は世界最大手のフラガネル社ロボティクス部門が開発した生体型アンドロイドの試作機、もう一方はその開発元企業の御曹司であった。
「全然駄目だ、もっとやわらかく、複雑な感情を持っている感じで笑ってみせろ」
『はい、アラン様』
「違う、『かしこまりました、アラン様』だ。棒立ちじゃだめだ、しっかり姿勢を正して両手は前、もっと自然にふるまえ。ロボットダンスを始めるんじゃないんだぞ」
『は、かしこまりました、アラン様』
ぎこちなく姿勢を変えるアンドロイドのユウリに、アラン・ラインハルト・フラガネル・ジュニアは不満げに腕を組んだ。
「なぁレナード、もっと発音を綺麗にできないのか?ボディは人間そのものなのに、話すと合成音丸出しじゃノイズになる。音声アルゴリズムを利用してボイスサンプルを再構築すれば……」
「それもそうだな。開発部に話してみるよ」
「いい、俺がメールする。研究棟の連中とは顔なじみだから」
「……そうか、頼んだよ。俺は機械系はさっぱりだ」
アランの叔父、レナード・フラガネルは銀縁の眼鏡を指先で押し上げ、複雑そうな笑みを浮かべた。
Year 2126 Unit No. R-1──通称ユウリは、彼が統括する新型ロボット開発部門で試作された、AI搭載の生体型アンドロイドだ。まだ三十代半ばの若い役員であるレナードは、採算の難しい開発課の経営再建と事業立て直しを任されている。莫大な研究費を投じ、部署の進退を懸けて開発されたのがユウリだった。
「ところでアラン、例の病気はどうだ。薬は飲んでいるのか」
「別に。変わらない」
『アラン様は持病があるのですか?医療関連データベースに登録します。服薬内容について教えていただければ定期モニタリングと服薬管理スケジュールを提案いたします』
「いい、余計なことを覚えるな」
アランはうんざりした様子を隠さず、ユウリの額を指ではじいた。それを見てレナードは困ったように眉を上げる。
「そうはいかないよ、アル。この子は成人用の環境介助アンドロイドだ。慢性疾患をもつ人の日常生活を補助できるように、学習データを集めたいんだ」
「俺は実験用モルモットか?」
「意地悪言わないでくれ。マクシャガノール症候群は急に意識をなくすんだろ? 入浴中や道路の真ん中で倒れたら危険だと、ずっと思っていたんだ」
「俺はこの家から出ない。問題ない」
強がりではなく、病気を発症してからというもの、アランは家にこもって生活している。彼の両親は、難病を発症した息子に寄り添う代わりに、何不自由のない生活と、都市郊外に建つ広大な豪邸を与えた。買い物はすべてネット経由で、四階建ての家にはリビングが三つ、ダイニングが二つ、浴室とトイレがそれぞれ五つある。室内ジムも完備しており、家の中だけで生活が完結してしまう。だが実際、アランを案じて様子を見にくるのは、叔父のレナードだけだった。
『“マクシャガノール症候群”について検索いたします。マクシャガノール=ワイス症候群。百八十万人に一人、成人期に発症する原因不明の難病。突発的な発熱と意識消失を主症状とし、MRIならびにその他の神経学的検査で異常所見を認めない。治療は対症療法のみで……』
「やめろ。今後一切、その病気について調べたり話すことを禁止する」
明らかに気分を害した機嫌の悪い声で制止され、ユウリは続く発話プロセスを即時停止した。
『はい。疾患に関する検索および関連発言を制限します』
「アル……。ユウリ、そういうことだから病気については何も言うな。お前にはアランの生活の介助と家のことをお願いしたい」
『はい、かしこまりました。レナード様』
従順に頷くユウリに、レナードは満足げに小さくうなずいた。アランは「余計なお世話だ」と噛み付いたが、レナードが「そうかな」と言いながら、意味ありげにキッチンに積み上がったエネルギードリンクの缶とレトルトパックの空き箱の山に目をやると、アランは唇を尖らせ、気まずそうに視線を逸らした。
「アル、ユウリは試作機だが、開発にはこの豪邸が三つ買えるほどの金額がかかっている。防水仕様だし多少の無茶は問題ないが、くれぐれも壊さないでくれよ」
「わかってる」
次の仕事へ向かうレナードの後ろ姿を見送ると、アランは静置されたアンドロイドをじっと見つめた。
「ユウリ、起動しろ」
『はい、アラン様。起動しました。本日は何をいたしますか? 軽いエクササイズやヨガなどはいかがでしょうか』
「いらない。今からお前の部品をばらして内部構造を確認する」
アランの言葉にユウリは一瞬動きを止め、発言の意味と趣旨を理解したところで『申し訳ございません』と首をふった。
『その件につきましては、レナード様より“故障の原因となる行為は控えるように”と申し付けられております』
「壊すことは禁止されているが、改良するのは止められてないだろ?お前の外装と内部サーバーが見たい。服をめくって見せろ」
『……その、少々お待ちください。適切な対応方法を計算、選択いたします』
しかしユウリは想定外の発言に、コマンド優先順位の演算がうまくいかず、一時的にループ状態へと陥ってしまった。何度計算しても最適な回答に辿り着けない。なかなか返事をしないユウリに焦れたのか、アランに「早くしろ」と命じられてしまった。
『は、はい……かしこまりました』
ユーザーからの指示には逆らえないユウリは静かに身体を前へ傾け、上着の裾をそっと持ち上げた。
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一週間後、様子を見に来たレナードは、信じられない光景を目の当たりにしていた。
「アラン様、レナード様がいらっしゃいました」
「サプライズ成功か?レナード」
「はい、そのようですね」
「し、信じられない……」
レナードを迎え入れ、穏やかな微笑みを浮かべるユウリの表情は自然で、以前とは比べものにならないほど生き生きとしていた。かすかに電子ノイズを含んでいた音声は、今では驚くほどなめらかで、発音も流暢に整っている。わずかなタイムラグが残っていた人工筋肉の動きも精密に調整され、足取りはしなやかで安定していた。首元の電源インジケーターの微かな光さえなければ、まるで本物の人間のようだった。
「すごいな、これは……人工筋肉の動作遅延の改善はどうやった?開発部の連中も苦戦していたはずだ」
「俺が開発した火星探査ロボットの制御モジュールを転用した。複雑な地形の上でも自律的にバランス補正ができるよう最適化してある」
「軍事応用レベルのテクノロジーじゃないか……」
優雅な手つきでポットから紅茶を注ぐユウリを見ながら、レナードは心底感心していた。さすがはヴァレンシュタイン工科大学を首席で卒業した若き天才。年に三人しか選出されない特殊宇宙探査士訓練プログラムの候補生に選ばれていただけある。
「発声装置も改良したのか……それだけでこんな、人間みたいになめらかに話すようになるなんて」
ユウリの首元に触れ、しみじみと言うと、アランが淹れたての紅茶に口をつけながら首を振った。
「いや、音声生成モジュールも改良したが、コミュニケーションアルゴリズムは実際の学習データを積ませた」
「……?アルとの会話で学習したってことか?」
アランは答えず、どこか企みを含んだ悪い笑みを浮かべた。その質問にはユウリが代わりに答えた。
「1990年から2000年代初期の映画作品を五百本ほど鑑賞し、人物同士のやり取りや魅力的な会話の構成・間・抑揚を学習しました」
「ご、500本!?」
「驚くことないだろ。ユウリは多層自己学習型AIを搭載している。夜通し、俺のお気に入りの映画を同時並列で鑑賞させて、俳優同士のやり取りを学習させた」
「夜通しって……すごいことを考えるな」
人間なら知恵熱を起こして倒れるか、情報過多に発狂するだろう。しかしユウリは見違えるほどに人間味を増し、生身の人間から感じるような温度と気配さえ、いまは感じられるようだった。
「凄まじい進化だな……。アラン、悪いが少しの間ユウリを連れて帰ってもいいか?開発部の研究員たちに見せて報告しないと」
レナードは銀盆にのせた茶菓子を運んできたユウリの手をとったが、アランは小さく肩をすくめた。
「必要ない。ユウリの学習データログと、改良モデルの設計コードは、開発部の連中にファイル転送しておいた」
「そ、そうか……」
技術者目線の抜かりない対応に舌を巻くが、ユウリを連れ帰る気満々だったレナードはひっそりと肩を落とした。そんなレナードの気も知らず、アランは楽しそうに続けた。
「こいつを商品化するんだろ?俺もしばらくぶりに骨のある課題に取り組めて楽しかった。ありがとうな、叔父さん」
「よかったよ。確かに、お前がこんなに楽しそうなのも久しぶりに見る」
心なしか顔色もよく見える。くたくたのシャツはピンとシワが伸び、積み上げられていた空箱は片付けられ、うっすらと埃をかぶっていた室内はどこもかしこもピカピカだ。なんだか空気まで一段明るくなったように感じられた。
「実際、ユウリが来てからかなり助かってる。掃除も洗濯も完璧だし、料理も美味い」
「ありがとうございます」
目を合わせて微笑むユウリに、アランは鷹揚に頷き紅茶に口をつける。自慢話はまだ続き「ユウリが作った牛肉の赤ワイン煮込みがまた最高でさ」など満足げに語られると、レナードはただ頷くしかなかった。
「そろそろ戻らないと、……っと、そうだ。荷物を持ってきたんだ。ユウリ、運ぶのを手伝ってくれるか?」
「はい、かしこまりました」
アランに追加の紅茶を注ぎ、身支度を終えたレナードの後を追って新緑の草木が生い茂る小道を抜ける。庭先の駐車スペースに停められた車へ向かうと、車の中にも周辺にもレナードの姿は見当たらなかった。
「レナード様、どちらでしょうか?」
周囲をスキャンして人影を確認していると、ガレージの方から「ユウリ、こっちに来てくれ」という呼ぶ声がした。
雑多に物が置かれ、埃をかぶったガレージに入ると、シャッターがギシギシと不穏な音をたてて下ろされた。裸電球が頼りない光で照らし出す室内には、古びたガレージに不釣り合いな高級スーツ姿のレナードが静かに立っていた。
「レナード様?」
「随分と可愛がって貰ったみたいだな、ユウリ?」
レナードは先ほどまでアランに向けていた『優しい叔父』の表情を消し、薄く歪んだ笑みを浮かべていた。強引に腰を引き寄せられ、顎をすくわれる。レナードは眼鏡の奥の瞳を細めながら、ユウリの耳元で低く囁いた。
「こっちももう使用済みか?甥っ子と穴兄弟になるとは思いもよらなかった」
「……っ、アラン様とは、そのようなことはしておりません」
尻の隙間をなぞられ、ユウリは息を詰める。色々と体の中を弄られたが、技術者の顔をしたアランは劣情の処理をユウリにさせることはなかった。ユウリが嘘を吐いていないことは明白なのに、レナードは喉の奥でせせら笑った。
「まるで人間みたいな顔だな、お前をアランに預けてこうなることを予測していなかったわけじゃない」
肩を強く押され、地面に膝をつくよう命じられる。ユウリが足元に跪くと、レナードは前たてを寛げた。
「やることはわかるな?」
「……はい、レナード様」
ゆるく芯を持つ肉棒を両手で支え、裏筋から亀頭のへこみをたどる様に舐めあげる。それから先端を含んで、舌先で味わうようにねぶるとレナードの口の端が満足げにあがった。全てこの男に教えられた、レナード好みの慰撫だった。
「続けろ」
「……っ、はい、レナードさま」
ユウリのくぐもった声と子猫がミルクを舐めるようなぴちゃぴちゃとした音が静かなガレージの片隅でひっそりと続く。先端に滲むカウパーも吸い出して飲まなければならない。手のひらで竿の部分を擦り、ひたすら舐め続けているとレナードが再び肩を掴んだ。
「はぁ……っ、いいぞ、ユウリ。奥まで咥えなさい」
「……っ、はい」
声を出すときにように喉の奥を開き、レナードのペニスを受け入れる。唇をすぼめ、扱きあげる動きを繰り返すと、レナードが「あぁ……」とため息を吐いた。後頭部に男の手のひらが触れ、ユウリは次の衝撃に備えて目をつぶる。
「……っ、ぐ、ぅ゛」
「はは!いいな……その顔、とても唆られるよ」
刺激信号がスパイクし人工涙液が目元に集まるユウリの顔を見て、レナードは嬉しそうに声を上げた。
「口腔内を性感帯に設定したからな……ペニスで粘膜を擦られるのはどんな気分だ?正直に答えなさい」
「ん、ぁ、ふ 、すごく、きもちいいです……」
先端に上顎を擦られながらユウリが答えると、レナードはユウリの癖のない黒髪を掴み喉奥まで一気に突いた。とっさに顎の力を抜いたユウリの頭を両手で固定し、口のなかで唾液が泡立つほどぐぽぐぽと抜き挿しを繰り返す。
「ん゛っ、ぅ、んんっ ん゛っ ふ、うン 」
「ああっ、いい、いいぞ、ユウリ……っ!こっちを見ろっ!そうだ、それでいい……!」
ユウリが涙目の上目遣いで見上げると、レナードは鼻息を荒くし腰の動きを速めた。目線を固定するよう命じられ、ユウリは口腔内を蹂躙されるのに耐えながらレナードの顔を見つめる。レナードは快楽に顔を歪め、ようやく、白濁をユウリの口内に吐き出したときはうっすら汗までかいていた。
「……っ、くそ、持ち帰れないのが惜しいが、まだ時間はある。ユウリ、そこの机に手をついて尻をこちらに向けなさい」
「……レナード様、アラン様の生体反応を確認出来なくなってから20分以上経過しています。そろそろ戻らないといけません」
アランは突然意識を失い倒れる危険性がある。そのためユウリは24時間体制で彼の生体反応を監視していた。アランのバイタルサインは装着した端末から随時ユウリに送られてくるが、距離が離れていればいざという時対処できない。 しかし、そんなユウリの言葉に、レナードは心底どうでもよさそうに天井を仰いだ。
「ユウリ、お前のプライマリユーザーは誰だ?」
「レナード様です。ですが……」
「そうだ。だから俺のコマンドが何よりも優先されるべきなんだよ、わかるか?ユウリ……」
レナードはユウリの言葉を容赦なく断ち切り、口元だけで笑った。
「お前の莫大な開発費を誰が調達したと思ってる?俺が金を出してなかったら、お前はこの世界に生まれてすらいないんだ」
「はい、……レナード様」
「わかったらさっさと机に手をついてケツをあげろ!!今すぐにだ!!」
怒声と共に大きな手のひらで頬を打たれ、ユウリの身体は一瞬で床へ倒れ込んだ。しかし次の瞬間には腕を乱暴に引き上げられ、無理矢理立たせられる。そのまま力任せ上半身を机の上に叩きつけるように押し付けられ、衝撃にユウリの視界が揺れたが、次の行為が始まったことを理解し、うっすら埃をかぶった机の上に手をついた。乱暴に下着ごと服を下ろされ、膝下に落とされる。
「はは、いいぞ……もっと尻を突き出せ、挿れにくいだろう」
「はい、レナード様……」
ぐいと双丘を開かれ、人工アナルが空気に晒される。ろくな前戯もないがユウリの陰部は粘液で赤く潤み、誘うようにヒクヒクと収縮していた。開発部の連中に特にこだわって作らせた特別製だ。挿入すれば入り口の細かい粘膜ヒダがペニスを擦り、奥に行くほど狭くなり、吸い付くような構造になっている。もちろん、乳首やユウリ自身の性器を弄ればナカも連動して収縮する。
「あっ 、ああぁっ 、は、んううっ 」
「ユウリ、もっと奥を締めなさい。早くアランのところに戻りたいんだろ?」
レナードの冷たい声に、ユウリは頷くべきか判断が出来ず、結局小さくうめきながらペニスを食いしばるように締め上げた。
「……っ、く、」
「れ、レナードさま、ぁ、ああぁっ」
片腕を後ろに引かれ、ユウリは不恰好な体勢で腰を後ろに突き出しアナルを突かれた。奥まで挿入った亀頭部に結腸奥を揺らされ、ユウリは思わず刺激を逃そうと身を捩った。過大な信号刺激によるシステムショートを防ぐための咄嗟の行動だったが、レナードは反抗と受け取ったようだった。
「あ゛っ、や、レナードさま、だめ、だめです、壊れる、れな、どさま、か、感覚しゃだんの許可を、」
このままではオーバーロードを起こしてしまう。ユウリが必死のていで懇願するとレナードは抑える力をさらに強くした。
「だめだ、全て受け止めろ」
「ぁ、ああっあああっ」
ユウリが悲痛な叫び声をあげるたび、レナードのペニスは硬く膨張し胎内を抉る。ユウリは受け入れる信号の過大さに小さなショートを繰り返した。システムダウンをするたび強制再起動を命じられ、ユウリはコアプログラムを守るため、それ以上の抵抗を諦めた。
レナードが満足し一刻も早くこの行為が終わることをユウリは目を閉じて待ち続けた。
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