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エピローグ 2人のユウリ
姿形を完璧に複製したユウリのボディは、1週間後に届いた。ユウリは起動前の“もうひとりの自分”を、興味深そうに覗き込んだ。
「なんだか変な気分です。僕って結構可愛い顔してるんですね」
「気付いてなかったのか!?」
アランからすれば、ずっと前から可愛いに決まっている。しかし、自分を客観的に見るのはユウリにとっては初めての体験なのかもしれない。ユウリは真面目な表情で、こくりと頷いた。
「アラン様、同期を行うので少々お待ちください」
「あぁ、わかった」
ユウリが、もう一人のユウリと額を合わせる。鏡合わせのような光景に、アランは思わずほぉ、と感嘆のため息がでてしまう。
「……そんなに見られると照れちゃいます。アラン様、少しだけ部屋を出ていただけますか?」
「あ、あぁ……」
しげしげと見つめていたことに気付き、アランはそそくさと部屋を出た。しばらくして扉が開き、同期を終えたユウリがさっぱりとした表情で顔を出した。
「ふぅ、終わりました、アラン様」
「ユウリ!よかった……!」
伸ばした手を、ユウリはやんわりと包み込むように受け止め、悪戯っぽく微笑んだ。ユウリと同じ顔のはずなのに、アランがまだ一度も見たことのない表情だった。
「ユウリ......?」
「アラン様、僕は鷹臣さんのところへ行きます」
「……どこにいるのかわかるのか?」
「えぇ。鷹臣さんの端末の位置情報を確認しました。ずっとこのビルの近くにいます」
「……愛されてるんだな」
拗ねたような声を出すアランに、ユウリは困ったように目を細めた。
「そんな顔しないでください。あなたの僕は、この部屋で待っていますよ」
そう言って肩を優しく叩き、ユウリは颯爽と廊下を歩き出した。その背中を見送り、アランが部屋に戻ると、そこには穏やかな笑みを浮かべた“アランのユウリ”が静かに座っていた。
「アラン様」
「ユウリ……あぁ、ユウリ、ユウリ……っ!」
湧き上がる衝動のまま駆け寄り抱きしめると、今度はしっかりと抱き返してくれた。背に回る腕の温度も、胸に収まる体の重さも記憶のままのユウリのもので、熱い涙がアランの頬を伝い落ちる。
「一緒に帰ろう。俺のユウリ」
「はい。僕のアラン様」
ふたりはそっと見つめ合い、引き寄せられるように唇を重ねた。
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一方その頃、ビルの入り口前では、落ち着かない様子で辺りを見回す鷹臣と、心配そうに彼を見守る前本が立っていた。
「社長、落ち着いてください。ユウリくんから連絡があったんでしょう。大丈夫ですよ」
「いや、でも……」
落ち着きなく歩き回る鷹臣を見かねて、前本は深いため息をつきながら、近くのベンチへと肩を押して座らせた。
「社長、道行く人みんなに見られてます。通報されちゃいますよ。もう少しだけ待ちましょう」
「もう連絡が来て5分以上たってる。道に迷ってるのかもしれない」
「ユウリくんですよ?迷いませんって」
珍しく不安げに狼狽える鷹臣に、前本は「ユウリくん早くきてくれ〜」と心の中で必死に祈った。その願いに応えるように、聞き慣れた澄んだ声が響いた。
「鷹臣さん!」
「ユウリ……っ!!」
腕の中へ飛び込んできたユウリを、鷹臣は強く抱きしめた。頬に何度もキスを落とし、確かめるように髪をくしゃくしゃになるまで撫で回す。ユウリもくすくす笑いながら、それをうれしそうに受け入れていた。勢いとどまらず、鷹臣はなんと、そのままユウリを軽々と抱き上げ、歓喜のままにくるくると回った。
「夢みたいだ、ユウリ!ユウリ!!」
「はい、鷹臣さん……!」
名を呼ばれ、くすぐったそうに返事をするユウリ。仲睦まじい二人の姿に、道行く人々も思わず目を細めて微笑ましそうに見守っている。そんな熱のこもった再会劇に正面から当てられた前本は頬を赤らめ、気まずさを紛らわすようにわざとらしく咳払いをひとつ響かせた。
「あーあー!!!俺もいるんで忘れないでくださいね、お二人さん!」
「あぁ、前本さん。いらっしゃったんですね」
「前本、付き合わせてすまなかった。もう帰っていいぞ」
「はいはい、わかりましたよ」
一刻も早く二人きりになりたいのが透けて見える2人の態度に、前本は呆れ顔だったが、ふっと表情を引き締めると、真剣な声になった。
「ユウリくん。俺たちを助けてくれてありがとう。無事に戻ってきてくれて、本当に良かったよ」
「いいえ、おふたりがご無事でよかったです」
「……でももう、自分を犠牲にするのはやめてほしいな。俺はともかく、社長が悲しむのは嫌だろ?」
「行動アルゴリズムに反映できるよう、調整を検討します」
「はは、頼んだよ。それじゃ、また会社で。あ〜……いつ来るのかわかんないけど」
鷹臣の表情と、つながれたまま離れない手をチラリと見て、前本は意味ありげに眉を上げ、ニヤニヤ笑いながら自動運転タクシーに乗り込んだ。
「俺たちも帰ろう」
「うん。……鷹臣さん、手が冷たい。ずっと待っててくれたんだ」
「早く会いたくて」
「ありがとう。僕もずっと会いたかった」
「あの男……ユウリの“持ち主”と言っていたが、彼は大丈夫なのか?」
「アラン様のこと?うん、詳しく聞きたい?」
ユウリが事の顛末を説明すると、鷹臣は複雑な表情を浮かべたが、最後には深くうなずいた。
「ということは、今、もう一人のユウリが彼の元にいるのか」
「うん、そうだよ。……いやだった?」
「……少し複雑だが、今ここにいるユウリが、俺と生活してきたユウリなら、それでいい」
歩き出した鷹臣に手を引かれたが、ユウリはその場で足を止めた。
「ユウリ?」
「……僕ね。鷹臣さんと出会ってから、あなたのこと全部独占したいって思ってた。僕以外、誰のことも見ないで、僕だけに頼ってほしいって」
驚いたように目を見開く鷹臣。その視線から逃げるように、ユウリは視線を落とした。
「自信がなかったんです。いつか鷹臣さんが僕を捨てて、“生身の人間のほうがいい”って思ったらどうしようって……ずっと怖かった」
「……ユウリ」
「でもね、今は違う。人間じゃない僕だから、鷹臣さんを守れた。だからもう気後れなんかしない。鷹臣さんはとても素敵な人だよ。わざわざアンドロイドを選ばなくても、誰かに愛されるはず」
ユウリは胸に手を当て、自虐するように笑った。
「それに僕、独占欲は強いし、嫉妬するし陰湿だし……。最近気付いたけど、結構性格悪いのかも。それでも僕とずっと一緒にいてくれる?」
ユウリのまっすぐな視線に、鷹臣も深く息を吸って向き合った。
「俺もいいか?きっと遠い未来、俺はお前を残してこの世を去る。残される辛さは、この数日で死ぬほど味わった。それでも……お前の手を離す気にはなれなかった。俺は欲深くて、自己中心的な男だ。そんな俺でも……俺を選んでくれるか?」
「……鷹臣さん、Sí、Ja、Oui、네」
「ユウリ?」
「『はい』って意味だよ! 鷹臣さん、大好き!」
鷹臣が吹き出し、ユウリを再び抱き寄せる。
「俺も愛してる、ユウリ」
「僕も。鷹臣さんがおじいちゃんになっても、愛してる」
「なるべく長生きできるよう、努力するよ」
「僕もお手伝いする」
「それは頼もしいな」
ふたりはつないだ手の温もりを確かめるように、ゆっくりと歩き出した。この先、幸せなことも辛いこともあるだろう。ユウリはいずれ、終わりのない哀しみに苦しむ日が来るのかもしれない。
それでもこの手が離れないかぎり、ふたりの愛は何度でも形を変え、進化していくのだ。
『愛を謳うアンドロイドはあなたの理想の恋人になりたいっ!』 完
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