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第1話 去来
遠く、校庭からロングトーンをする吹奏楽部のトランペットの音が聞こえてくる。
…ああ、田井の音か。
それが、自分が顧問を務める吹奏楽部で、1、2を争う実力者である田井昭志 の音だと気づいた山野辺良輔 は、意識を浮上させた。
いけない。寝てしまっていたか。
ゴールデンウイーク前の小テストの作成で少々寝不足が続いていたが、勤務する高校の職員室で居眠りするとは。
自身が卒業した私立の男子高、湊南 高校に古典の教師として勤務して2年。まだまだ新任教師の分際で気が緩みすぎだろ、と心の中で自分にツッコミをいれる。
とは言え、うららかな春の日差しは暑すぎもせず、寒すぎもせず。今日は特に居眠りするにはもってこいの穏やかな晴天で、さらに言えば、ゴールデンウイーク中のため部活の顧問を務める教師以外は出勤しておらず、山野辺の席の周りに他の教師の姿もない。
ほんの一瞬、意識を持って行かれただけだとは思うけれど。
山野辺は、机の上の、数多く受けている依頼演奏の資料を揃えながら考える。
夢を見たような気がする。
たぶん、自分が高校生だった頃の友人の夢。
高校の卒業式を前に、絵画の勉強をする、と突然イタリアに渡ったその友人。角谷貢 。
また明日な。
そう言って別れたのに、翌日の卒業式、角谷は学校に来なかった。
突然の別れに心配もし、落胆もしたが、連絡自体が取れずどうしようもなくて、強いて思い出さないようにしていたその友人。
「角谷、かぁー。元気にしてるかな。」
ふと呟いて、そう言えば、と思う。
「3年のときの委員長って、…田代か。あいつも今なら、角谷がどうしてるか知っているかな…」
久しぶりに連絡取ってみるか。
山野辺はそう心を決めると、吹奏楽部の練習場所である音楽室に向かった。
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