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第24話 きっと明日は
「ずっと日本にいるんだったら。おまえ、やっぱりお父さんとの関係、なんとかしたほうがいいよ。」
「…うん。それは考えてる。」
ビールで喉を潤し、角谷が言葉を重ねる。
「山野辺を見てたら、このままじゃいけないなと思えてきた。」
「そうか…。あ。」
思い出したように山野辺が言う。
「なあ、江田先生に連絡して尚之呼んだの、角谷だよな?」
山野辺の問いかけに、角谷はイタズラがばれた子どものような顔をした。
「…ちょっと強引だったか?あまり実家と連絡を取ってないみたいだったから、きっかけになれば、くらいのつもりだったんだが。…余計なお世話だったかな。」
最後には所在なさげにそう呟く角谷に、山野辺は苦笑を浮かべた。
「確かにきっかけにはなってくれた。おかげで尚之と話せたよ。…さっきも電話で話したんだ。それで少し気になることがあるから、明日、実家に行こうと思ってる。」
明日は練習オフなんだ。そう付け足す山野辺に、
「そうか。…ちょっと安心した。」
少し考えて、角谷が言う。
「おまえ、高3の頃から尚之くんに対してすごく罪悪感を持ってただろ?…あの頃は何があったかは知らなかったけど、何かあったんだろうなとだけは思ってた。」
いろんなことを思い返しながら、山野辺は呟く。
「うん。そうだな。ずっと負い目を感じてたよ。」
一段落した会話に、互いにビールを一口飲む。
「ああ、そう言えば。」
と、角谷が話題を変えた。
「田代から同窓会の連絡来たぞ。」
「え?俺んとこ来てない。なんで?」
「おまえ、忙しかったから見落としてんじゃないか?LINEのグループができてるから、あとで招待してやるよ。」
「えー、見落としてっかな?んなことないと思うんだけど。」
山野辺が自分のスマホに手を伸ばす。
「同窓会、一緒に行くか?」
LINEのトーク画面を確認する山野辺に、角谷が声をかけた。
「うん、そうだな。」
画面をスクロールしながら山野辺が頷く。
「同窓会に行っても山崎と高田と三橋には近づくなよ。」
そんなことを唐突に言い出した角谷に、山野辺が驚く。
「え、なんで?」
「どうしても。」
「理由を言え。理由を。納得しなけりゃそんなこと約束できねえ。」
「…言いたくねーよ。けど、絶対近づくな。」
「…ふーん?」
少し考えて、話をそらすかのように山野辺が違う話題をふってきた。
「…そういえば、田代から聞いたんだけど。高3の学祭の時、メイド喫茶の企画潰したの角谷だったんだって?」
「たしろー、あいつも余計なことを…」
思わず、角谷が机に突っ伏す。
「なあなあ、どうやってあいつら3人黙らせたんだ?田代も知らないって言ってたんだけど。」
顔はあげたものの、角谷は何も言わない。
「さっき、あいつらに近づくな、って言ったのも、それと関係あるんだろ?なあ、どうなんだよ?」
しつこく食い下がる山野辺に、観念したように角谷が溜息をついた。
「…あいつら3人、ネットでおまえの写真売ってたんだよ。校内限定だったけどな。」
「え?」
「1年の時の妖精の写真な。結構売り上げたみたいで、それで味をしめて。あいつら、おまえのメイド姿の写真を売るつもりだったんだよ。だから、それをバラすぞ、って言ってあいつらを黙らせた。」
「…なんだって?」
「おまえの女装、本当に人気があったんだな。」
角谷がしみじみと言う。
「やめてくれ…。校内限定ってのがまた怖い…。」
「だろ?だから言いたくなかったのに。」
そして。角谷がぼそっと呟いた。
「卒業式の前日まで気が休まる日がなかったわ。おまえがいつ襲われるか心配で。」
山野辺が驚いて角谷を見ると、角谷がにっと笑った。
まさか、ここでも守られていた、のか…?
静かに夜が更けて行く。つらつらと思いつくままに言葉を重ねながら、2人は杯も重ねた。多少の酔いが回った2人の口は滑らかに動く。ビールはいつの間にか焼酎に変わっていた。
「今までずっとフリーだったわけじゃないよな?」
ふいに角谷が言い出す。
「…それはお互い様だろ?」
と山野辺も応じる。
だってえらく手慣れてたじゃないか、おまえ。
その言葉はさすがに飲み込んだが。
「ほら、ゴールデンウィーク明けにギャラリーの前通ったろ?すごい美人連れて。あれ、きっと彼女だろうなって思って気になってた…」
「すごい美人?ギャラリー?ゴールデンウィーク?」
角谷の言葉にかぶせる勢いで山野辺が聞き返す。しばらく考え込んで、
「ひょっとして、それ蜂屋先生⁈」
「…えぇ⁈」
2人で笑い合う。
やがて、日付が変わる頃。
「さてと、そろそろ俺帰るわ。」
角谷が立ち上がった。空になった食器をキッチンに運び出す。
「え、帰るのか?」
「ああ。それ、」
とスケッチを指差して、
「もうちょっと描きたいから。」
画家にそう言われたら、山野辺にはそれ以上引き止めることはできなかった。
「…わかった。」
しぶしぶ了承する。
手早く食器を洗い、角谷は荷物をまとめた。
角谷が玄関で靴を履いていると、山野辺が見送りに出てきた。
「なあ、入賞した絵って見られるの?」
「…え?」
角谷が振り返り、山野辺と視線を合わせる。
「俺がモデルなんだろ?見てみたいなと思って。」
困ったように眉根を下げて、角谷が言う。
「…まだイタリアにあるんだ。」
その角谷の様子に山野辺は。
「…あんまり俺には見せたくない?」
そんな山野辺の言葉に、角谷は一瞬動きを止める。
「…いや、そんなことはないよ?」
不自然に笑った。
「ふーん、ま、いっけど。」
そして「じゃあさ」と言い出す。
「俺、おまえが絵を描いてるところ見てみたい。」
山野辺のその言葉に、角谷は考えながら答える。
「見てても面白くないと思うけど。それに今はスケッチくらいしかしていないしなあ。」
色よい返事がもらえなくて、山野辺は不服そうに、
「…それもだめか?」
と尋ねる。
少し拗ねたような様子の山野辺に、角谷は
「いや、いいよ。明日、実家の帰りにうちに寄れよ。電話くれたら駅まで迎えに行くから。」
と苦笑した。
「うん、そうする。ありがとな。」
山野辺はぱっと笑顔になった。角谷が、その笑顔を眩しそうに見つめる。
そんな風に見つめられ、自分の我儘を通したことが少し照れくさくなったのか、山野辺がぶっきらぼうに
「なんだよ?」
と角谷に突っかかる。
角谷は
「山野辺が俺に我儘を言ってくれるのが嬉しいんだ。」
と言った。
虚を浮かれたように山野辺が目を泳がせる。
「えっと…、あの、気をつけて帰れよ。」
「うん。」
穏やかに笑う角谷はそのまま玄関のドアを開けようとして、ふと何かを思い出したかのように振り返った。
「俺、やっぱりおまえの作る音楽好きだわ。おまえのことはもっと好きだけど。」
そして、すっ、と山野辺の耳元に唇を寄せ、
「…明日は泊まってけよ?」
と囁く。
面食らって真っ赤になった山野辺に、にやりと笑った角谷が口付けてきた。
「おやすみ。また明日な。」
そしてあっさりと玄関を出ていった。
「…おやすみ。」
角谷に良いように振り回されぐったりした山野辺は玄関に座り込み、角谷が消えてからようやく言葉を返す。
のろのろと部屋に戻り、シャワーを浴びた。ベッドに潜り込み上掛けにくるまると、かすかに角谷の匂いがした。
「また明日。」
角谷の言葉を繰り返す。そして、はたと気づいた。
あの時、「また明日。」と言ったのは山野辺だけで、角谷は言わなかった…?
そうか。角谷は嘘はついていなかった、のか?
「また明日。」
もう一度呟いてみた。なんだか笑いがこみ上げてきた。
高校の時には果たせなかったあの約束。
だが今はあの時とは違う。明日にはまた会える。
山野辺は幸せな気分で、穏やかな眠りについた。
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