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Ⅳ、不思議な道具

「マッチ! マッチ!」 「ヤカン! ヤカン!」 セイヤは、興奮したように叫んで、私にそれらの名称や使い方を教えてくれた。 朝の儀式が終わって洞窟に戻り、朝御飯にしようとした。 昨日は泉の横に私の願ったセイヤの服と靴が置かれていたが、今日は見たこともない物体が置かれていて警戒する。 ……これは、何だ? 小さな箱と、硬い鞄の様なものと、硬い棍棒みたいなものと、小さな刃がついた取っ手。 私がそれらを恐れながらもまじまじと見ていると、それに気付いたセイヤが駆け寄って来たので慌てた。 「तुम यहाँ क्यों हो……?」 私が止める間もなく、セイヤは嬉しそうに手に取り、私に見せる。 小さな箱を差し出し「マッチ」、硬い鞄を差し出し「ヤカン」、硬い棍棒を差し出し「フライパン」、小さな刃のついた取っ手は「ピーラー」と何度も繰り返す。 私には馴染みがなくても、セイヤは知っている物らしい。 セイヤが危ない目にあわなくて良かったと安堵しながら、セイヤに教わった名前を繰り返せば彼はにっこり笑った。 その笑顔に、どきりとする。 思えば、セイヤが私の前で見せる表情は怯えや恐怖で常に強張っていた。 彼が笑ったのは、お互いの名前を認識した時以来じゃないだろうか? こんな小さな物達がセイヤを笑顔に出来るのに、自分には出来ないという事に、些か衝撃を受ける。 セイヤはその4つの道具を持って、調理場の方へ向かった。 よく見れば、ヤカンの中には泉の水を汲んでいるらしい。 何故わざわざ穴が空いているものに入れるのか謎だったが、それはその後ヤカンに理解不足で心底申し訳なかったと謝る事となった。 驚くべきはマッチとフライパンで、これはかなり便利な物だった。 マッチなんてまるで魔法を目にしているかのようだ。 ともかく、私達は普段より早く朝食を口にする事が出来、ゆったりとした時間を過ごす事が出来た。 夕刻の儀式までは基本的に自由だ。 外が晴れていた為、洗濯にせいを出す。 私が泉の水で満たしたたらいでゴシゴシタオルや服や毛布を洗っていると、セイヤも手伝ってくれた。 セイヤがここの生活に慣れていないのはわかっていたので、ゆっくり休んでくれていても良いのだが、ジェスチャーでそれを伝えても彼は受け入れなかった。 恐らく真面目な性格なのだろう。 料理も皿洗いも洗濯も、全て二人で並んでやった。 ただそれだけなのに、私にとって新鮮で幸せな時間だ。 やることもひとまず終わったのでセイヤと交流を深めようと彼に手を伸ばすと、彼はビクッとして固まった。 ……?  どうしたのだろう? 彼の頬をそっと両手で包んで私の方を向かせ、じぃ、とセイヤの表情を観察する。 なんというか、青白い。 唇も少し震えていて、何かに怯えている……気がする。 セイヤは、何に怯えているんだ……? セイヤがいつもビクビクしているのは、見知らぬ世界に来てしまったからだと思っていた。 しかし、先程まで普通の様子だったのだ。 表情が暗くなったのは、私が手を伸ばしてからで。 そこで、嫌な思いに駆られた。 まさか、セイヤが怯えているのは私に対してか? しかし、私は彼が怖がる様な事をした記憶がない。 当たり前だが怒鳴ったりしていないし、暴力も与えていない。 私が試しに、セイヤの頬に添えていた手を離すと、彼は明らかに安堵していた。 その事にショックが隠せない。 私が何か、彼の世界での文化的なタブーを犯したとしか思えない。 けれども、まだ話が出来ないから、直ぐに理由を聞く事は出来ないだろう。 少し距離を置いて、セイヤから寄り添ってくるのを待った方が良いのだろうか。 けれどもセイヤにまた逃げられたならば、私は狂ってしまう。 であれば、見える場所に居て貰いながら、あまりこちらからは近付かずにセイヤの気持ちが落ち着くのを待とう。 この世界には、私達二人だけだ。 焦らず、じっくり確実に人間関係を作っていくべき。 私がどれだけセイヤを大事に思っているかが伝われば、きっと彼も文化の壁を越えて私を理解してくれる日が来るだろう。 すっかりセイヤを抱く気になっていたので、私のペニスは屹立していた。 しかし、セイヤの今の様子を見れば、セックスを乞うことは出来ない。 私はセイヤから少し離れて、自分の怒張を露にする。 セイヤをオカズにするくらいは許されるだろうと、彼を見つめながらペニスを扱き出す。 「……アルバール……?」 セイヤは、ホッとしながらもたじろいだ様子だ。 「セイヤ、好きだ」 赤面しながらも、私のペニスから目が離せないセイヤが可愛い。 セイヤのナカに埋めていた時の感触を思い出しながら先走りを陰茎に纏わせ、ぐちっ、ぐちっ、と音を鳴らしながら掌をスライドさせる。 「くっ……、は…ぁ…」 セイヤの菊門、絡み付く襞ひだ、ナカの熱さ、吸い付き、汗の匂い、漏れる吐息、卑猥な水音、震える陰嚢、揺れる腰……全てを思い出しながら、目の前のセイヤを頭の中で素っ裸にさせて蹂躙する。 「セイヤ、セイヤ……」 セイヤは身の置き所がないように、真っ赤になってモジモジし出した。 淫乱な私の妻。 どうか、この誇張を欲しがってくれないだろうか……そう願っても、セイヤは口をきゅっと結んで私に声を掛ける事はなかった。 「もう、イく……っっ」 私の放った放物線は、綺麗な弧を描いて洞窟(いえ)の壁に当たった。セイヤが来る前までの自慰と明らかにその量が違い、自分で出しておきながらもちょっと引く。 荒い息を整えながらセイヤを見れば、セイヤは少し申し訳なさそうではあるけれども、胸を撫で下ろしたようだった。 今は、我慢だ。 いつかセイヤの方から欲しがってくれるまで、私は待つべきだ── 確かにその時はそう、思ったのに。 *** 夕刻の儀式に向かうと、先客が三人いた。 見物人だ。 村からこの場所を示され、ただ見に来るだけの人間達。 彼らの目的はこの祭壇ではなく、その先にある物だ。 そしてそれがなんなのか、私が知る日は一生来ない。 私は儀式が終わった後、彼らに獣道を案内するだけ。 セイヤが捕らわれていたあの先に、彼らだけは進む事が出来る。 私にはただそれだけの者達だったが、セイヤには違った様だ。 セイヤは彼らを見て驚き、「妻!」と指差した。 ……妻? 妻は、セイヤだけだ。 セイヤが私を見たので、首を横に振る。 「私の妻は、セイヤだけだ」 しかしセイヤは納得してないような、何か微妙な表情を浮かべてやはり彼らを指差し、「……妻……」と言った。 ……まさか、彼ら三人の中に、セイヤの伴侶がいたのか!? 私は「あの中の、誰だ?」と聞いたが、セイヤは理解出来なかった様で首を傾げている。 しかし、私の怒気が伝わってしまったようで、少し何か考えながらも、怯えた様子を見せた。 その後、私が儀式の為の供物を並べている最中、セイヤは三人に近付いて、何かを話し掛けていた。 三人はセイヤを無視して、会話を続けている。 その事にホッとする自分が嫌にはなるが、セイヤの興味が私に向かない事に不満が募った。 セイヤは、三人の目の前で手を振っても無反応だった為に彼らの肩を叩こうとし、そして自分の手が彼らを通り抜けた事に衝撃を受けた様だ。 「セイヤ」 私が話し掛けても、彼は困った様な笑顔をこちらに向けるだけでこちらに来ない。 なんとなくだが、三人はセイヤを無視しているのではなく、どうやら見えてもいないようだ。 セイヤ、そいつらに話し掛けて……何を聞きたいんだ? 何故、私の傍にいない? 私を置いて、そいつらに着いていく気だったのか? 私の中で、嫉妬心が急激に育って行くのを感じた。

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