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第3話

静けさが部屋を包む。  蝋燭の灯りは短くなり、揺れる影が天井に滲んでいる。  楓は、目を閉じたまま、浅く規則的な呼吸を繰り返していた。  赤く腫れた目元。まつ毛には、乾きかけた涙の痕。  胸の上に置かれた手は細く、どこか痛々しくて、今にも壊れてしまいそうだった。  その眠りが、ようやく訪れた安堵の結果なのか、  あるいは、疲労と絶望の果てに落ちた一時の逃避なのか——  ハウレスには、わからななかった。  ただ今夜は、楓は泣きながら、ハウレスの腕の中で静かに眠った。  ハウレスはベッドの縁に腰掛け、楓の髪をそっと指先で撫でた。  黒に近い艶やかな髪は、夜のように静かで、それでいてどこか熱を含んでいる。  指が触れるたび、微かな寝息と共に、楓のまぶたがぴくりと揺れた。 (ほんの少しでも、安らげていればいい)  そう願っても、胸の奥にはわずかな罪悪感が張り付いている。  楓の「酷くして」という言葉にハウレスは応えた。  望まれるままに抱き、激しく貫き、彼の中に自分を刻みつけた。  けれど、それはほんとうに正しかったのだろうか、そんな事を考えながら楓見つめる。 (快楽で、過去を塗りつぶせるほど……人の心は、単純じゃない)  ハウレスは、それを誰よりも知っていた。  けれど、他にできることがなかった。  楓が助けを求めたとき、自分にできる方法で応えるしかなかった。  細い腰。小さな体。  何度も熱に震え、泣き叫びながらも、楓は確かに「生きている」と伝えてきた。  その命を、誰にも壊させないと誓った。  あの夜、指輪から現れた楓の姿を初めて見たとき——その瞬間から、すでに答えは決まっていた。 「……俺は、あなたに必要とされたいんじゃない。あなたを、守るために生きていたい」  届かない呟き。眠る楓には聞こえない。  けれどそれでも、言葉にしなければ、胸の奥が崩れてしまいそうだった。  唇が、そっと楓の瞼に触れる。  腫れたまぶたの上に、祈るようなキスをひとつだけ。 「……どうか、あなたが、朝を怖がりませんように」  蝋燭がぱちりと音を立て、ひとつ、燃え尽きた。  ————  

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