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第2話

呼吸が荒くなる。汗で濡れたTシャツが肌に張りつく。 「はっ……は、ぁ……っ」  夢だった。いつもの、兄に囚われていた頃の夢。  胸を押さえて起き上がると、時計の針は午後の六時を指していた。目覚ましが鳴るより少し早い。けれど、もう眠る気にはなれなかった。  静まり返った部屋。ドアの音ひとつが、未だに楓の鼓膜を震わせる。 「あいつのことは……もう、終わったんだ」  何度も自分に言い聞かせてきた。  けれど、兄の声、あの手の感触、香水の甘ったるい匂いは、今も夢の中で楓を締めつけてくる。  顔を洗い、鏡を見る。そこに映るのは、何もかもを忘れたふりをして働く青年の姿が映っていた。 「……行こう」  心に重い錘を下げたまま、楓は職場へ向かう準備を始めた。    楓の職場、キャバクラ、『BLANC LUNE(ブラン・リュンヌ)』  ——タバコの煙と、酒の甘い香りが混じる裏口。    彼はそこでボーイをしていた。  楓は、短い休憩のつもりで扉を閉めた。店の中のきらびやかなネオンとは違い、裏通りは静かで、人気もない。  けれどその瞬間、背後から声がした。 「……やっぱり、楓はこういう場所が似合わないね」  その声を聞いた瞬間、心臓が止まった気がした。  その声は低く、柔らかく、けれど全身を支配する毒のような響き。  振り向くのが怖かった。だが、もう遅い。そこには確かに—— 「兄さん……」  数年ぶりに見る兄の姿。少し大人びた顔、けれど笑みは何も変わらない。 「久しぶり。元気だった?」  何でもないようなその言葉が、楓の体を凍らせた。  兄、咲の指が、ゆっくりと楓の頬に触れる。 「変わらないね。肌も、目も、唇も……今だに、俺だけのものだね」 「やめ……っ」 「だめだよ、楓。俺に触れられて、嫌がるふりするの、好きだったくせに、いつも言葉だけの抵抗…可愛かったよ」  耳元にささやかれたその瞬間、ドアの向こうでスタッフの呼ぶ声がした。  ——ガラリと咲の表情が変わる。 「……また会おうね。近いうちに、もっとゆっくり話そ」  兄は離れたのに香水の匂いが、楓の記憶を暴力的に揺さぶった。  忘れたい、存在は楓の体に脳に絡み付く蔦の様に離れてくれはくれない。   「クソが…」    楓は裏口の壁にもたれ、かすれた声を吐き出した。指先の震えが止まらない。兄の香りが、声が、すべてがまだ皮膚の内側にこびりついている。  あれは幻じゃない。現実だった。 (あの悪夢が、また……)  嫌悪と恐怖と、どうしようもない“あの頃の自分”への憎しみが胸をえぐる。スタッフに顔を見られたくなくて、そのまま店に戻ることなく、楓はふらつく足取りで裏通りを歩き出した。  ビルの明かり、車の音、誰かの笑い声。  全部が遠く、ぼやけていく。足が重い。呼吸が浅くなる。    無性に、ハウレス・クリフォードの不器用なあの笑顔、笑い声に会いたくなりいつも肌身外さず持ち歩いているゴールドの異世界に行ける不思議な指輪を右手の中指に入れる。    世界は、暗転する中であの頃の吐き気を催す記憶が脳内にこびりつく。 「ハウレス、俺の事酷く抱いて⋯」    デビルズパレスに帰ってすぐに、楓は自室にいる担当執事のハウレスにしがみついた。  驚きを隠せない声でハウレスは楓を見つめ、ゆっくりと楓に目線を合わせた。   「ごめん、なんでもない……今の言葉忘れて」    (誰でももいいから、兄の事を忘れさせて欲しい)  薄暗い部屋に、蝋燭の灯りが揺れている。  石造りのアーチ窓の外には綺麗な庭が広がり、ガラスに映る楓の表情は、どこか壊れたように歪んでいた。  その姿を、ハウレスは何も言わず見つめていた。  ただ、近づき、手を伸ばし、自分の指から指輪を外そうとする楓の指からゆっくりと触れ指輪を外させなかった。 「……主様、、俺でいいんですか?」  いつもの敬語のまま、けれどその声音は、すでに熱を孕んでいる。  ハウレスは楓の頬にそっと触れ、その震えを手のひらで受け止める。  楓は答えなかった。ただ、胸元を握り、目を伏せた。 「……酷く、して欲しい」  それだけの言葉で、ハウレスはすべてを受け入れた。   椅子に腰かけた楓の前に、膝をつく。  楓の靴を脱がせ、細い足首にくちづけを落とす。 「……っ、そこ……なんか、変な感じ……」 「全て、見せて下さい、あなたの全てを知りたいんです」  そのまま手を這わせ、ゆっくりとズボンの裾から手を差し入れる。  腿に触れた瞬間、楓の体がわずかに揺れる。 「怖くないですよ。主様が嫌がることは……絶対にしません」  けれど、触れる手は迷いがなかった。  肌を撫でる掌は、いつも剣を磨くときと同じように、真摯で、細やかだった。 「……ハウレス……さわって……」 「ええ。あなたの望むかたちで、すべて差し出します」  椅子から引き起こし、ベッドへ連れていく途中、楓はハウレスの首に腕を回す。  まるで、しがみつくように。  ベッドの上。冷えたシーツの上に、そっと楓の体が横たえられる。  シャツのボタンを、ゆっくりと、丁寧にひとつずつ外す。 「こんなに……華奢で、傷ついているのに……どうして誰にも助けを求めなかったんですか……」 「……助けてほしいって、思わなかったから……誰にも救われたくなかった。……でも、ハウレスだけは……」  ハウレスの手が、さらけ出された胸元に触れる。  楓の肌が、小さく震えた。けれど、逃げようとはしない。 「ここが…主様の…感じるところですか?」 「う……っ、そこ……んっ……!」  薄い胸を愛おしそうに舌でなぞる。小さく、尖った乳首を舌先で転がすと、楓の腰がぴくりと跳ねた。 「や…だ…んっ、ハウレス……ひどく…らんぼうに…抱いてよ……」 「主様……」  眉をひそめたハウレスは、脱がせた下着の奥。柔らかい肉の隙間に、指を這わせた。 「ここ……濡れてますね」 「や、だ…触らないで…そんなの、気持ち悪いだけ…だから…」 「気持ち悪くないですよ。とても可愛らしいです。もっと、俺に見せてください」  ハウレスの指が、ぬるりと楓の中に入ってくる。  少し痛みが混ざった吐息が、楓の喉から漏れた。 「ふ……っ、く……くるし……い……っ」 「焦らないでください。ゆっくり、俺のもので満たしていきます」  指は中を広げ、ゆっくり優しく撫でる。内壁にあたるたび、楓の体はビクリと反応する。 「ハウレス、も……入れて……」 「……いいのですか??」  返事の代わりに、楓は自分の足を開いた。  ハウレスの顔が、赤く染まった。けれどハウレスの視線はまっすぐでどこまでも真剣だった。 「……わかりました。すぐ、あなたの中に」  ズボンを下ろすと、そそり立った肉が現れる。  楓の目が、それを見て微かに震えた。 「……おおき、い……」 「優しくします。痛くしません」  膝を立て、ハウレスを受け入れる体勢になる楓。  ハウレスは、何度も楓の手を握り直しながら、ゆっくりと自分を押し入れていった。 「っっ……あ、あっ……ん、ぐ……ぅ……!」 「すみません……、気持ちよく、しますから……」      熱が、ゆっくりと内側を押し広げる。  その動きは慎重で、壊さないように、満たしていくように、どこまでも優しく——それが、楓には、なによりも恐ろしかった。 「……なんで、そんなに、優しくするの……」  ハウレスが動きを止める。  中で脈打つ熱が、楓の内壁を圧迫しながら、動かないまま留まっている。 「主様が、傷ついているのに……これ以上、傷つけたくないんです」  静かな声。  触れる手は、頬をなぞり、髪をかき上げ、まるで宝物にでも触れるようだった。  ——優しい。  それが、楓には耐えられなかった。 「……そんなふうに、されたら……」  胸の奥がぎゅっと痛んで、息が詰まる。 「……俺、思い出すんだ。あいつにされた時みたいに……全部が、気持ち悪くて、怖くて……でも、優しかったから……」  楓の目元から涙がひとすじ、こぼれ落ちる。 「ハウレスが俺に優しくするの……なんでか、怖くなるんだよ……」  ハウレスの表情が、静かに歪んだ。 「……俺が、怖いですか?」 「違う、そうじゃない……!違う ……でも……っ、お願い……ハウレス……」  楓は自分から腰を押し上げ、ハウレスの背中に爪を立てた。 「俺を、めちゃくちゃにして。乱暴にして、全て忘れるくらい……じゃないと、怖くなるから………っ」  喉が震えて、涙が止まらない。 「壊してよ、ハウレス……お前の全てで、上書きして……っ」  叫びに近いその願いに、ハウレスは目を伏せ、深く呼吸を吐いた。  その手が、楓の両手首をベッドに押しつける。 「……わかりました」  低く、静かな声。  その目には、いつもの優しさとは別の、決意のようなものが宿っていた。 「俺は主様の執事。命令なら、従います。——今夜だけは、容赦しません」  腰が、深く沈む。  これまでとは違う、鋭く、重い動き。楓の内側を一気に貫かれ、喉から悲鳴が洩れた。 「あ゛っ……ぐっ、あっ、ああっ……!」  突き上げが深く、速く、容赦がない。  ハウレスは楓の身体を固定し、まるで犯すように、奥を穿ち続ける。 「ほら、もっと鳴いていてください。主様の身体が、俺を求めていますね」 「ちがっ……う、こんな……乱暴なのに……っ、う、ううっ……!」  頭が真っ白になるほど突かれて、痛みと快楽が溶け合っていく。 「こんなに濡れて……気持ちいいんですね」 「うん……だ、そう……でも……うあっ、あぁ……!」  脚が勝手に開いてしまう。内側が擦れて、敏感なところを押し上げられるたびに、背中がのけぞった。  ハウレスは首筋にかぶりつくように、強く、吸い痕を残した。 「ここも、ここも……全て俺のものです。誰にも渡しません。もう誰にも、触れさせない」 「ハウ、レス……っ、もっと……っ、もっとして……!」 「言われなくても、止まれませんよ」  腰が何度も打ちつけられ、ベッドの軋みが大きくなる。  楓の唇が震え、喘ぎが濡れて溢れた。 「あっ……! ハウレス、そこ……っ、あぁぁっ……!」 「気持ちいい場所、見つけましたね。……何度も、何度も、そこを突きますね」  奥に、同じ角度で突き上げられるたび、楓の体は痙攣するように跳ねる。 「うああっ……あ、や、も……っ、だめ、壊れ、ちゃ……っ」 「壊してって言ったのは、主様ですよ、」  ハウレスの動きは止まらない。  繋がった部分がぐちゃぐちゃと音を立て、楓の耳の奥まで響く。 「っ……あ、ハウレスっ……い、いく……っ、あぁぁ……っ!!」  楓の身体が大きく反り返り、絶頂に達する。  その瞬間、ハウレスも深く突き入れたまま、熱を放った。 「はぁ……はっ……っ、主様………」  荒い息の中、楓の体にキスを落とす。 「主様……愛しております……永遠に」         楓の体は、まだ余韻に痺れていた。  脚の内側には温かいものが流れ、喉はひくひくと喘ぎの名残で震えている。  だが—— (まだ……足りない。全然、足りない)  全身にハウレスの熱が満ちているはずなのに、楓の奥底は、空洞のように何かを欲しがっていた。  ぬるりと引き抜かれた瞬間、穴の奥から寂しさが込み上げる。  ——もっと、もっと壊してほしい。  涙がまた零れそうになる。その時だった。 「……主様、……すみません、まだ続けてもいいですか?」  ハウレスの視線が、獣のように楓を見つめていた。  下半身はすでに再び勃ち上がり、楓の脚の間に戻る気満々で、熱を持って脈打っている。 「まだ……するの?」 「はい。主様も足りないでしょう? もっと、あなたの奥に俺を刻ませてください」 「う……ん、来て……ハウレス……」  脚をもう一度開く。今度は、羞恥も、戸惑いもなかった。  ずぷり、と音を立ててハウレスの硬さが再び中に沈み込む。 「んぁああっ……! い、きなり……っ、ふ、深い……!」 「最初より、ずっと柔らかくなってる……俺を、受け入れてくれてる証拠ですね、主様」  ぬかるんだ肉の奥を、何度も打ちつける。  水音がどちゃどちゃと響き、楓の体液がシーツを濡らしていく。 「っ……おなか、の……中、掻きまわされてるみたい、ああっ……!」 「そこ、もっと欲しいんですよね……? 奥の奥まで……俺のを……」  ハウレスは楓の腰を持ち上げ、自分の膝の上に跨がらせるように体勢を変える。  角度が変わり、肉棒がさらに深く、突き上げるように楓の最奥を叩く。 「うあっ、く、ぅぅ……っ、そ……そこだめ、また……!」 「でも、ここが一番感じてますね」 「ハウレスの……で、いかされるの……や、ぁ……っ、気持ちよく、なりたくなんか……!」 「いいんです。気持ちよくなってください。快楽は、あなたを救うから」  耳元で囁かれ、楓は反射的に首を振った。けれど——  ビクッと体が跳ねた。快感の波が背骨を駆け上がり、声が漏れる。 「んあああっ……! や、あっ、い、イク……っ、また……っ、ぅあぁ……!」 「出してください、全部…俺に見せてください…!」  楓の肉棒も擦れて、先から白濁が飛び出す。  その瞬間、ハウレスも腰を深く押し付け、楓の中にもう一度熱いものを注ぎ込んだ。 「はぁ……あっ……ハウレス、もう……だめ……」  楓はハウレスの胸に額を押しつけ、全身を預けた。  シーツは汗と体液で湿り、部屋の中は熱と吐息で満ちている。  けれどその中で、楓の体は……確かに、ほんの少し軽くなっていた。  どろりと溢れる精液が、足の間を伝ってシーツに落ちる。乱れた吐息の中、楓の目尻にまたひとすじ、涙が落ちた。 「ハウレス……」 「はい、主様」 「……俺、生きてていいのかな」  楓の問いかけに、ハウレスは迷いなく真っ直ぐ答える。 「もちろんです。主様、生きて、俺の傍にいてください。……これからは、俺が壊して、癒して、すべてを奪いますから」      

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