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一日目
「おはよう、目が覚めた?」
……?
「あれ、まだぼんやりしてるのかな?」
知らない部屋に、知らない人。
「……っ」
頭が痛い。思考がまとまらない、ずっと目が回っているような感じがする。
今自分に何が起きているのかわからない。時間もこの場所も、この人も。
何か、言わないと。
「あ……」
言葉を発しようとしたがなかなか声が出ない。
「声が出ないかい?今水を持ってくるよ」
そう言って知らない人は扉の向こうに行ってしまった。
今のうちに状況を確認しないと。
まずこの部屋。自分が横になっていたベッドに、自分が座っている。
ひとつのテーブルにふたつの椅子。
あれ……?
それしかない。ベッドとテーブルと椅子。窓と時計はない。いかにも生活感のない部屋だ。
自分の状況も確認しよう。
白い……、これは病院で着る服?
なぜこんなものを着ているのだろうか。
そう考えて居ると見知らぬ人がトレーに水を乗せて持ってきた。
「はい、気をつけて持ってね」
ごくっとひと口飲む。自分は相当喉が渇いていたのだろう。あっという間に一杯の水を飲み干してしまった。
「ありがとう……ございます」
掠れながらだがやっと声が出た。
「気にしないで大丈夫だよ」
ふふっと軽く笑ってから突然真面目な顔つきになった。
「君は自分の事ちゃんと分かる?」
……自分のこと?
自分の周りの状況はだいぶわかったが、確かに自分の事は何も考えていなかった。
「君、今記憶喪失になっているんだ」
記憶……喪失?
「一つ一つ教えていくね」
そうか、自分は記憶が無いのか、妙に納得が出来る。
「まず俺の事を教えるね。名前は橘志狼《たちばなしろう》。年齢は二十五歳。職業は精神科医なんだ。君の主治医。」
なるほど、お医者様だったのか。
「次に君の事。名前は笹川赤兎《ささかわせきと》。年齢は二十三歳。」
全くピンと来ない。本当にそれは自分なのか?
「納得出来ないようだね、でも事実君は記憶喪失なんだ」
そもそも、どうして自分は記憶喪失になってしまったのか。主治医なら聞いてもいいだろう。
「どうして自分は記憶喪失になったんですか?」
橘先生は表情をくもらせた。とんでもない理由なのだろうか。
「君はオーバードーズをしたんだよ」
——なんてことだ、過去の自分は自業自得で記憶喪失になったのか。
「君はオーバードーズをして錯乱したんだ。それで君は今精神病棟にいるんだよ」
精神病棟……詳しくは知らないがこういう感じなのか。
先生は自分の手を取り、袖を捲った。
これは……あまり見ていて気持ちのいいものではない。
「このたくさんの注射痕が証拠だよ」
自分の腕には無数の注射痕。あまりの痛々しさに顔を逸らした。
「ごめんね、流石に見たくないよね」
そう言って先生は袖を戻してくれた。
大丈夫と言うより先にお腹がなってしまった。見たくないものを見たばっかりなのに。
「何日も眠っていたからお腹が空いているよね。味付けの濃いものは食べれないだろうからお粥を用意するよ」
そう言ってまた扉の向こうに行ってしまった。
ベッドにドサッと横になる。本当に何も覚えていない。記憶がなくなっても日本語はわかるんだなと呑気に考えている。
時計がないのでどれくらいの時間が経ったかわからないが、しばらくして先生がお粥を持って戻ってきた。
「どうぞ、熱いから気をつけて食べてね」
湯気の経つお粥の香りが鼻に抜ける。相当お腹が減っていたのだろう。勢いよく食べようとしてしまった。
「あつっ」
気をつけて食べてと言われたのに、恥ずかしい。
「ゆっくり食べてね」
先生はふふっと笑った。
今度はしっかりと冷ましてから口に運ぶ。お腹が減りすぎてしっかりと見れていなかったが、卵粥だ。
「おいしいです」
よかったというように先生は二度頷いた。
少量ではあったが、久しぶりの食べ物なのですぐにお腹がいっぱいになった。
「数日ぶりに起きて疲れているだろうからそろそろ寝ようか」
確かに。卵粥を食べて暖まった身体は眠りたくてしょうがないようだ。
「何かあったら扉を叩いてね」
先生のその言葉を聞いてから自分はすぐに眠ってしまった。
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