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第2話 まるで映画の中の人
思いがけず、知り合って間もない男の家に泊まってしまった。
廃ビル再生事業の現場監督補佐である陸汰は、後日これから担当する現場の廃ビルに着くと、気まずげに現場監督の隣に向かおうと一歩進んだ。
「グッモーニン、リク」
すると背後からバートンの声がする。
驚き振り返ると彼は、ヘルメットを着けながらイタズラな笑顔を浮かべていた。
廃ビルの中に差し込む光を受けて、やたらイケメンだ。
その眩しい表情に先日の朝を思い出してしまって恥ずかしい……。というか今、リクって言った?
「リク……?」
「名前に陸 が入ってるだろ?」
「ああ……って、でもリクって読まねえよ、ロク! 俺はロクタです!」
「HAHAHA~! リクは朝から元気だね」
「ちょっ、だから……!」
その時、バートンが目尻を下げながら陸汰の口元に指先を立てる。
驚いて唇を結ぶと、バートンは背を丸め、顔を寄せてきた。その近さに心臓が強く胸を叩く。
(外国人ってパーソナルスペースなんか違う、かも)
それに顔面のパーツがやたらと整っている。高い鼻に長い睫毛はまさに外国人だ。
そしてその潤った瞳で優しく見つめて、陸汰のヘルメットに手をかけた。
傾いていたのか、すこし動かすと違和感が軽くなる。と言っても気にするほどの違和感ではなかったけど。
するとバートンは陸汰の肩に手を置いた。
「リクも、僕のことをコンって呼べばいい。ね?」
「ええっ、コン……? どこから来てるんすか……?」
「コンラッドのコンです」
ウィンクをすると、バートンの顔が離れていく。緊張をやっとほぐしながら陸汰は肩の力を抜いた。
「いや、分かんねえし……! だいたい、立場違うし。年上でしょあんた!」
「ハハ。そうだね。うーんどうしたら良いかな」
顎に手を当てて目線を下げるバートンの立ち振る舞いはまるでここだけ洋画を見ているようだ。
「どーしたらって……普通に、ロクタって呼べば……」
「……そーだね。そしたら今日は、リクが僕をコンって呼ぶまで、きみには通訳しません」
「ええ?! ちょ、それ一番困るやつ!」
頭ひとつ高い位置にあるバートンを睨み上げながら、リクは頭を抱えた。
仕事をするにはバートンの通訳が欠かせない。けどコンなんて、年下の自分が気軽に呼んでいいと思えない。
それでも本人は呼んでくれって言うし……思考がこんがらがっていると、バートンと外国人スタッフ・ティムが話を始める。
ティムも陸汰より背が高いが、そのティムよりもまた数センチ高い位置にある頭、広い肩はなんだかほかのスタッフより目立っていた。
(うわ。やっぱ英語ってかっけえ~……)
するとバートンとティムが陸汰に視線を向ける。
困ったようなリアクションを取りながらバートンは肩を竦めて、ティムも陸汰を見て笑っている。
絶対自分の悪口だ。通訳してくれないことに耐え切れなくなって、陸汰はようやく声を張った。
「だああ! 分かったよ! コンな、コン!」
その声にバートン……いや、コンが嬉しそうにえくぼを作りながら頷いた。
うわ、なんだよその顔……女子社員いなくて良かった。
「んで、ティムは俺に用だったりする? なんてーんだっけ……」
「ああ。そう……ちょっと資材の……」
「あ! 思い出した! ミートゥ?!」
陸汰は自信ありげに笑顔を向けたが、コンとティムは顔を見合わせ固まっている。数秒黙っているなと思っていると、耐え切れずにコンが噴き出した。
「ちょ、バートンさん、なに笑ってんすか!」
「……ッ……くくっ」
なんで急に笑ってるのかさっぱり分からない。
陸汰は困惑しながら、ティムと顔を見合わせる。
どうやらティムも分かっていないようだ。
口元に拳を当てて笑いを堪えているコンの様子を見て、陸汰は彼の背を叩きながら声をかけた。
「なあ、バートンさん……あ! 間違った! コン! なあ、コーン!」
「アッハッハハ! 伸ばしたらトウモロコシになっちゃうって!」
コンが腹を抱えて笑っている様子に驚いて、陸汰は顔を上げてコンを眺める。
なんだか不思議だ。胸が……ほっとするような。でも泣きたくなるような。
「は~あ……ティムはね、資材置き場どうなってるか聞きたいんだって」
「あ。そゆこと? てかなんで一人で笑ってんすか」
再び首を傾げるとコンは思い出し笑いを混ぜながら説明する。
「だって、me tooって……くくっ、どうしてそっちになるかな……」
「俺に? って聞いただけだって」
眉毛を歪ませながら三人は資材置き場へと歩き出す。
陸汰の言葉を聞いて、コンも理解したように声を上げた。
「ああ……てことはFor meかな? 陸汰は英語がほんとにダメだね」
「んだよっ、そりゃ通訳する人には敵わねえっすよ」
「それ以前の問題っていうか~」
今度は片眉を吊り上げて小ばかするように笑うコン。その顔にむっとした陸汰は拳を振り上げて反論した。
「それって俺をバカって言ってんすか! 確かに英語はちょっと苦手だけど」
「HAHAHA!」
コンが再び耐え切れないように大きく笑うと、現場監督・高良 の怒声が響いた。
「オイ! おめーら遊んでんじゃねえぞぉ!」
「うわぁ、すんませーんッ!」
高良へ頭を下げながら、陸汰は外国人二人に挟まれ笑われていた。
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