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エピローグ

◇◆ 「そうか。じゃあセンサーの精度が同じでもコントロール能力が高ければ、その方がレベルが上になるっていうことを分かってもらわないといけないんだよね。そして、そこに辿り着くまでの苦労があるから、レベルが上がるほど社会的に優遇されてるということを、ミュートの皆さんにも知らせたいと……。うん、分かった。えーと、じゃあ体験版では……」  ミュートにセンチネルであることの難しさを知ってもらおうと思い、その監修をお願いしようと晴翔さんに話をしたところ、彼は二つ返事でそれを受けてくれた。これまでずっと能力者のサポートのために人生を捧げてきた彼にとって、彼曰く 「僕はミュートの事を全く理解して無かったかもしれないね」  と、自身不勉強を知るいい機会になったと言って喜んでいる。さすがは研究者だ。探求に関しては常に前向きなのだろう。 「知らないことを知り、その柵が少しでも取り払えていたら、世界は少しだけ優しいものになれるだろうからね。それは僕としては理想だから。戦うなら、健全なことで健全なやり方で戦えばいいんだからさ。不必要な痛めつけ合いが減らせるなら、いくらでも協力するよ」  そう言って楽しそうに笑っている。彼の勤勉さは、これまで望まない相手からのケアに苦しんでいたセンチネルを救い、助けたい相手にレベルが追いつかず、死なせてしまったというガイドの心の傷を救ってきた。  パートナーに頼るしか術の無かったガイディングを、薬を使ってコントロールするという手法を生み出し、それをすることで能力者への誹謗中傷を減らすことに成功している。今となっては当たり前のようになっているそれは、当時としてはかなり画期的なものだった。  だから、彼ならミュートに関しての啓蒙活動を言葉によるものだけで済ませずに、体験型のものをやりたいという俺の考えに合わせたものを開発してくれるだろう。  俺たちは今、ミーティングルームに晴翔さんを囲む形で集い、センチネル・ガイド・ミュートの意見を出し合っている。  研究センターの所長である晴翔さんを囲んで、研究員、そして現場を担当するガイド、センチネル、内勤のミュートスタッフが集い、そのシステムでの設定を詰めていく作業が行われていた。  体験する人物のフィジカルデータとメンタルデータを分けることは、センチネルを理解する上で重要だと、晴翔さんが説明を始めてからの議論が続いている。思想の話に逸れがちになるこの話を、過度に道が逸れていけば江里さんがいつもその流れをぶった斬り、元に戻してくれていた。  ここで作られたベータ版をまずは私学で取り入れてもらい、実績を積んでから公共事業として使えるようにしようというのが狙いだ。そうすることで、二木や寺井のように、能力者と距離があり過ぎたために恨みを募らせ過ぎてしまうようなことが起き無いように出来ればと考えている。  そして、野本崇のように親の力が強過ぎて道を誤ってしまうという問題も、この取り組みの中で解決されればいいなと俺たちは考えている。その場合重要になるのは安全なシェルターなのだが、そこに関しては白崎グループに協力を仰いでいる。  彼らは基本的に俺の頼みは断らない。なぜなら、薬品が絡んだ大事件の数々を解決して来たのがVDS(うち)だからだ。  そもそもイプシロンも:(sEシー)も白崎製薬が作ったもので、その薬品データを厳重に管理出来ていれば、ここ数年の大規模な事件の殆どは起きていなかったはずだ。  経営陣刷新でどうにか廃業は免れたものの、彼らの信用は地に落ちている。そこへ、タワーからの信用と実績が絶大なうちへ協力することで、急速に回復させようとしているのだ。  これで、事件の根本となった問題も次第に解決していくだろう。時間はかかるけれども、確実に実を結ぶと信じている。  しかし、これだけでは解決しないことがある。それは、肇の問題だ。  彼は自分の過去の行いが今回の事件を招いていたという事実に耐えかね、何日も塞ぎ込んでいた。祈里はそのそばに寄り添いながらも、何もしてあげられないと言っては嘆いている。  確かに、肇が二木に嘘の情報を吹き込んだりしなければ、今回の事件は起こらなかっただろう。確実に肇にも非はある。そもそもあいつは、二木以外のクライアントにも似たようなことを繰り返していて、その上恋愛面でも付き合い違っていた相手を手ひどく振ったりするようなクズであったという事実があった。  調子に乗った人間がその報いを受けたと言えばそれまでだが、だからと言ってそのことで社会性を全て失うようなことがあってはならない。それでは、二木や寺井の二の舞になるだけだ。  俺は、肇の中にある希望の灯が完全に消えていないことだけは確認している。祈里が寄り添うたびにそれは光を強め、そして同時に弱るということを繰り返した。おそらく俺たちが声をかけても、そのループに変わりはないだろう。  そうなると、あいつの助けが必要になるだろう。そう思って、既に連絡をしておいた。呼び寄せてそろそろ十分が経つ。忙しい中でも先輩風を吹かせる貴重なチャンスだからと言って、意気揚々とあいつがやって来た。 「こんにちはー!」  俺がデスクからケアルームに篭ったままの肇と祈里を見ていると、事務所の入り口からその空気を一掃するような明るい声が飛び込んで来た。ジャスト十分、最近のあいつは時間に正確だ。 「おう、ミチ。こっちだ」  到着を待ち侘びていた田崎が、彼女の腕を掴む。少しでも早く肇を楽にしてあげたいのだろう、田崎はずっとそわそわしていた。 「こんにちは、田崎さん。相変わらずかっこいいね」 「そりゃどうも。お前は相変わらず元気だなあ」 「そりゃそうよ。元気なのが私の一番の魅力でしょ?」 「元気なことしか魅力がねえんだな。かわいそうに」 「ひどい!」  ご主人様に会えて喜ぶミチは、身体中から橙色の光を振り撒きながら田崎へと絡みつく。田崎も妹分の頭を撫でながら、肇と祈里のいるケアルームへとミチを連れて行った。 「過去を悔やんでいる人間には、過去を背負って生きていく人間の言葉なら届くだろうってこと?」  ミーティング用のデスクにコーヒーを並べながら、蒼が声をかけてくる。そのトレイには、トップスタッフの人数分の飲み物が載っていた。それを見て、蒼白になった江里さんの顔が見える。 「副社長、私がやりますので」  No.2がお茶を組んだりすると、江里さんのような真面目な人は困るのだろう。慌てて蒼からトレイを取り上げると、ミーティングメンバーの定位置にそのカップを並べていった。 「お前、ミーティングの時のお茶出しはもうするな。みんな困ってるぞ」  ミチにハジノリコンビを任せた田崎が戻って来て、蒼の背中を小突く。何度か注意したらしいのだが、蒼のお世話グセはどうにも直らないらしく、みんなが田崎の言葉を聞いて苦笑していた。 「ええ? いいじゃない、別に。現場がないと暇なんだもん」 「いや何言ってんだよ。間違っても暇じゃ無いだろ? 現に今からミーティングだろうが。お前ちゃんと準備してるのか?」 「してますー。……鉄平が、ね」 「うわ、丸投げかよ。まあ、そういう俺も江里さんがやってくれてるけどな」  二人のそんなやりとりを見ていると、苦難を乗り越えてからもこうして笑い合えるような場所を作る事が出来て、俺は幸せだなとつくづく思った。 「ハジノリもお前たちみたいに乗り越えられたらいいけどな」  そう呟くと、蒼がさっきの質問をもう一度投げかけてきた。 「ミチの言葉なら、あいつらにも届きそう?」 「そうだろうと思うんだ。同じ言葉を伝えるにしても、似たような経験をした奴の言うことの方が届いたりするだろう? ミチは薬物騒動の時に加害側にいたわけだし、恋人は収監されてる。それでも前を向いて生きていくんだと思った心情を、あいつらに伝えてやってくれないかって頼んだんだよ」  ケアルームの中では、二人に向かってミチが何かを言うたびに、祈里が楽しそうに笑い、肇が頬を緩める姿が見え始めた。おそらく時間はかかるだろうけれど、このままミチに任せれば大丈夫だろう。 「さあ、じゃあミーティング始めようか」 「よし、じゃあ全員座ってくれ。まず、高校生の家庭教師派遣の依頼なんだが、新規案件の数が増えていて……」  話し始めた田崎の声に、各部署の責任者が一斉に視線を向ける。手元のデータの中には、ミュートが気軽に相談に寄る事が出来るようにと、各テナントに協力を仰いでいるという説明が追加されていた。  これまで能力者に寄り添ってきたノウハウを、ミュートへも還元するという、新しい方針についての打ち合わせも兼ねている。それにより、サイト上に新しい情報を追加することになった。  能力の取り扱いについてお困りでしょうか。でしたら是非、VDSへお越しください。高ランクの能力者があなたにあった方法を探し、より良い未来へと向かえるようにサポート致します。そして、ご要望があればパートナーの斡旋も致します。  能力者も非能力者も分かり合えるように、義務教育段階からのサポートをさせていただきます。  下記の窓口までご連絡ください。 ◆センチネル・ガイドについてのお問い合わせ ・担当:田崎竜胆 ◆ミュートに関するお問い合わせ ・担当:江里倫子  また、もっと気軽に相談したいとお考えの方は、ブンジャガへご来店下さい。ご予約は不要です。 ◆カウンセリング担当:中瀬  少しでも争いの少ない人生を、それぞれの特徴を活かした世の中を、ともに作り上げましょう。(了)

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