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第4章_大切にするために_第24話_お前がいてくれたから

「え……、どうした急に。今じゃないとダメなのか? 今日はかなり疲れただろう?」  慎弥さんの穏やかな声が、俺の耳を優しくくすぐる。それだけで全身を甘い痺れが駆け巡って行った。  この人の声は、ただ話すだけでも心の内側に出来た固い塊をゆっくりと溶かしていくような力を持っている。気を抜くとそれだけでガイディングされてしまいそうになるくらいに、その力は強い。  でも、今は俺が話を聞いてもらわなければならないんだ。そう思って、なんとかもがいて心地よさを振り解き、足早にリビングへと向かった。 「咲人」  きっと俺なんかの頭で慎弥さんのことを考えたとしても、そんなことをする必要はないと言って一蹴されるだろう。でも、だからと言って俺の想いを伝えないわけにはいかない。 ——大丈夫、別にすごいことを言うわけじゃないんだから。  そう言い聞かせながらソファで彼を待ち、隣が沈むタイミングで彼の方へと向き直った。 「あの!」 「……どうした? 咲人が疲れてないなら話していいよ。ちゃんと聴く」  彼はそう言うとソファに手をかける。そのフレームにギシリと音を立てさせながら、真正面から俺の方へと向き合ってくれた。  こうして俺のことを大切にしているという事を、いつも態度で示してくれる。俺にはそれがたまらなく嬉しい。思わず顔が綻んでしまう。  しかし、今はあまりヘラヘラしたくは無い。頬に手を添えて必死に真剣な表情を作り込むと、何とか気持ちもそれについていくことが出来た。 ——よし、大丈夫。  そう思って、仕上げにすうっと息を吸い込む。そこには、俺を安心させてくれるいつもの香りがあった。  肺に巡った空気の中にそれがあるだけで、確実に日々は潤う。その喜びは、力強く自分を肯定してくれるのだ。この安心は、この人が俺にくれたもの。そして、俺がこの人にあげたいものでもある。  そして今、俺は彼を安心させられるであろう贈り物を用意した。それは、彼が生まれてからこれまでの間、ずっと翻弄されて来たであろうものだ。俺はその新しいもの彼に与えたい。そして、それを彼と分け合って生きていきたいと思っている。 「ねえ、慎弥さん。俺ね、今までずっとあなたに守られて来ました。知らなかったとはいえ、小さな頃にはそれこそ命をかける覚悟でそうしてくれてたでしょう? おかげさまで、俺は自由に生意気に、本当にのびのびとここまで育ちました」 「……生意気って自分で使う言葉なのか?」  ふっと息を吐くように、穏やかに慎弥さんは笑った。その顔は、ここ最近では見られなかったような、いつもの彼の姿だ。おそらくこの世で俺しか知らない、なんの遠慮も含まれていない、野本慎弥の本当の顔。  しばらく野本本家での難しい話が続いたため、なかなかそれを見ることは出来なくなっていた。だからだろうか、その不意に見えた表情がとても嬉しい。  俺はこの人にとって特別な存在なんだと、自分の存在がとても意味のあるものだと、そう言ってくれているような気がした。 「み、みんなから散々言われて来ましたからね。もう肩書きみたいなものでしょ?」 「はははっ、センチネル管理課 生意気 永心ですって言うのか? それとも、永心澪斗の秘書 生意気な咲人でございます、かな。……ふっ、聞いてみたいな」  珍しく声を上げて、慎弥さんは笑う。楽しそうに声を上げながら、掬い上げるように俺を抱えた。 「わわっ、びっくりした。いや確かに肩書きって言いましたけど……。仕事の肩書きにくっつけられると、すごく変ですね」  そう返した俺に、彼はほんの少しだけ噛み付くようなキスを落とす。 「……そうだな」  そういってまた優雅に笑った。 「ん……は、あっ」  微笑んだままで俺の唇を喰んでいく彼の姿は、いつも以上に愛に溢れている。唇で触れ合ったまま空いている方の手で、シャツのボタンを一つ、また一つと外していく。  ゆっくりとした流れの中でも、撫でられていく感覚はうすく、でもはっきりと肌の上を滑り、下腹の奥の方で切ない悲鳴が上がった。 「ンっ、あっ、あん」  舌を絡め取られながら胸を滑った指が尖りを掠めると、途端に中心に熱が溜まり始める。 「あっ、ふ、ンん」  あてがわれたてで円を描かれれば、思わずその手を掴んでしまうほどに気分が高揚した。  あまりに幸せで、もうこのままでもいいかなと思ってしまう。  わざわざ俺からの提案などをしなくとも、二人で並んで座っているだけで、この部屋には薄い橙色と桃色の混ざったような色が満ちていた。  俺たちは二人ともお互いを深く愛し、ともに過ごすことで心からの幸せを得ている。今更新しいことなんて……。そう思った矢先、ふとある事を思い出した。 ——でも、俺にあって彼に無いものもある。  その思いが、この二週間ずっと首を擡げていたのだ。 「は……ん、あ、の……。慎弥、さん。お、俺……生意気なので、あなた、に……何かお返し、を……したくて……うっ、うン」  俺がそう言うと、慎弥さんは心底不思議そうな顔をして見せた。 「お返し……? どういうことだ?」  その顔を見ていると、俺はなんだか少し安心した。この人はそういう人だ。どれほど人のために尽くしても、自分が他人から恩を感じられるような存在だとは思いもしないのだろう。何度かその気持ちも伝えて来たはずなのだが、未だにこうしてポカンとした顔をされることがある。  ただ、今回の事件のおかげで、それがどうしてだったのかは知ることが出来た。どこにいても必要とされなかったのであれば、自分の扱いが雑になってしまっても仕方がないだろう。でも、だからこそ俺はそこを変えたいのだ。 「父の反対勢力の人たちは、後継者の澪斗兄さんではなくて、なぜか俺ばかりを狙っていたでしょう? 永心家も野本家と同じで、ガイドばかり生まれる家だった。でも、俺はそこに生まれた久しぶりのセンチネルでした。しかも、ガイドのエースの子供です。そして、プラチナブラッドの継承者だ。俺は高く売れると評判だったはずです。実際、似た条件で生まれている翠は血を抜き取られてるでしょう? だから父は俺を守ろうとした。そのために、小学生の子供に、自分の命を捨てたとしても俺を守れと命じた。そんなの、いくら親の愛とはいえ、恐ろしくて吐き気がしてしまう。ねえ、慎弥さん。永心が強いた無理な依頼を、貴重な子供時代を使ってやり遂げてくれて、本当にありがとうございました」 「いや、それは……」  慎弥さんは眉根を寄せて答えに詰まっていた。返してくる言葉は、想像がつく。そういうものだと思っていた、納得してやっていた、そんなところだろう。でも、それがもうすでにおかしい。そんなのは、そういうものであってはならないんだ。 「……それは別に何か見返りが欲しくてやっていたわけじゃない。ただ、自分が生き残るためにそうしていただけだ。家も戸籍も無い俺には、池内で生きていく以外に手は無かったんだから。ただ必死で……。それに、そのこと自体はお前が望んだことじゃ無いだろう? だからお前が礼を言う必要は無いと思うんだが……」  頭を抱えて困惑しながらも、真剣に俺の言いたいことに向き合おうとしてくれている慎弥さんは、言葉を慎重に選んで俺と意思を繋ごうとしてくれる。その思考する時間には、俺の手をぎゅっと握りしめている。悩む時にそのまま額に手を押し付けられた時には、思わず吹き出してしまった。 ——何だこれ、かわいいな。  思わず惚気そうになってしまう。でも、今日は言いたいことがあるんだ。絶対にそれを伝えなければならないんだということを頭から抜かないように、必死に冷静さを保った。 「それに、照史様から呼び戻されてからは、確かに見守ってくれとは言われていたけれど、それは池内にいた時ほどのことでは無かったし、俺は普通に学生をしていただけだ。お前のそばにいたのは、ただお前を大切に思っていたからそうしていただけで……。わ、笑ってくれていたらそれが報酬のようなものだったんだ……ぞ。だから、今になって返して欲しいものなんて何も無いんだ。ただ、これからも変わらずに俺の隣にいてくれたらいい。それだけでいい」  慎弥さんはそう言って、額に当てていた繋いだままの手を口へと引き寄せる。そのまま俺の手の甲へと口付けた。柔らかな唇が手の甲に触れると、身体中を薄紅色の光が駆け巡った。 「んっ……」  次第に体中がその色に染まっていく。このまま気を抜くと、頭の中が彼を欲しがってしまうだろう。 ——まだだ、まだもう少しだけ話をしなくては。  俺は必死に自分へと言い聞かせた。 「そ、の、……。し、慎弥さんが野本に行っていた期間なんですけれど」  まだ話が終わっていない事に気がついた彼は、ぴたりと動きを止めた。そしてまた、じっと俺の方を見ている。 「もし俺が家に留まっていたら、俺が父さんを信じて家にいたら、あなたは野本で寂しい思いをしなくて良かったんじゃ無いですか? 俺が親を信じきれずに出て行ってしまったから、あなたの居場所を奪ってしまったんじゃ無いかなと思っていて」  ずっとそれが気がかりだった。俺の早とちりが……。父が秘書と浮気をして母を蔑ろにしていると思い込んでいた浅はかさが、慎弥さんの多感な時期を不幸に突き落としてしまった原因だったんじゃ無いかと。もしそうであるのならば、俺はそれを謝らなければならないだろう。  でもそれは違ったらしい。慎弥さんは俺の髪を手でゆっくりと梳きながら、ゆっくりと被りを振った。 「いや、そんなことはない。よく考えてくれ。俺が池内を出たのは十二の時だ。その時お前は小学校に入学した次期で、まだ永心にいた。お前の警護を解いてでも、俺を野本に追いやりたいと思っていた者が、池内に多かったという事だ。ただそれだけなんだよ。」 「そうかもしれませんけれど……」  俺もその事には気がついていた。それは分かっていても、慎弥さんの悲しみに自分が関わっていないのだと、その口からはっきり言って欲しかった。今それをはっきりと聞くことが出来て、とても嬉しい。 「それに、俺はお前が桟光(せんこう)学園の中等部に編入するから、その大学に入ってくれと言われたんだぞ。その時俺たちは同じ敷地で過ごしてるんだ。お前はその頃の俺を知ってるだろう? あの頃の俺は寂しそうだったか?」 「……いえ。とても楽しそうにしてました」 「そうだろう? だって、照史様からの言いつけという理由を盾に、お前に毎日会うことが出来たからな。あのかわいい咲人と会話を交わすことができるなんてって思って、本当に幸せだったよ。その直前まで存在すら否定されて暮らしてたんだから、お前と会える毎日が約束されてる暮らしが、どれほど幸せだったかなんて……言わなくてもわかるだろう?  義母(かあ)さんは優しかったけれど、やっぱり親じゃない。目の前にいる父であるはずの人を、崇様と呼ぶ暮らしはな……。かなりキツイものがあったんだ」  そう言って俯くと、寂しそうにふっと息を吐いた。その時の顔は、俺は一生忘れない。もう二度とさせたくないと思うほどに、見ているだけで胸が痛くて苦しくなってしまった。 「そんな……」 「でも、今はそれもどうでもいい。お前がいてくれれば、そんなのは過去の笑い話だ。だから何も気に病まないでくれ。お前の存在は、いつだって俺を救ってくれている。どこにいても、どんなに辛くても、お前が生意気に笑ってくれているだけで、俺はいつも元気が出たよ」  囁く声が近づいて来る。まるで、最高の贈り物を与えられたかの様な、煌めく笑顔を浮かべて。 「っ……、慎弥、さん」  その声と同じように柔らかな温もりが、まるで壊れ物を扱うかのように、丁寧に俺に触れる。 「あ、ちょっと……。まだ話が……」 「うん」  いつも俺の言いたいことをニコニコと聞いてくれるその目に、すっと真剣な光が宿る。思わずどきりと胸が鳴り、その光に視線を奪われた。  俺の目を何かで縛りつけたかのように捉えたまま、手のひらは優しく頬を滑る。指先だけがそのままそこへ止まり、くっと少しだけ上へと傾けられた。 「慎弥さん?」  キスをしてもらえるのかと思っていたら、その唇はなぜかそこを通り過ぎ、どんどん顎が上を向く。バランスを保てなくなった体はぐらりと傾き、その腰に彼の腕が巻き付いた。 「わ、びっくりした」  そう思ったのも束の間、頭を手に包まれながら体が横たえられていく。体にずしりとかかる重みが、体中を巡って輝く流動体を目覚めさせた。 ——プラチナが……。勝手に感度が上がってしまう。 「ンっ、ん」  自分の体のコントロールを簡単に明け渡してしまうほどに、俺は慎弥さんを愛している。口数の少ない兄と忙しく不仲な両親しかいなかった家で、初めて俺を愛してくれた人だからだろうか、それとも大人になってからの仕事ぶりに憧れていたからだろうか。もうどこがスタートだったのかも、よく思い出せない。  ただこうして体を重ねているだけで、感情が昂って身体中が光り輝いてしまうくらいには、強く惹かれている。この姿を見られるのは、実は少し恥ずかしい。まるで体が発光しているように見えるから、ちょっとだけ滑稽に見えるのが嫌だからだ。 「咲人」  そう思っていたら、慎弥さんの体も全身がふわりと輝き始めた。彼は俺と翠のように青白い光を纏うことは無い。でも、一般的なあの好意的な色、いかにも愛を表す桃色から深紅にかけての光と、前向きな色合いの橙色。その二つが混ざり合って、その逞しい体を交互に照らしている。それは、彼が俺を愛してやまないと語っているようなものだ。 「あ、っ……」  気がつくといつの間にか体が開かれ始めていた。もちろんそうして欲しかったのだからそれでいい。でも、それがいつ始まったのかも思い出せないくらいに、浸ってしまっていた事に驚いた。  肌を滑る手は僅かにその力が波のように揺れを持ち、敏感になればなるほどすっと力を弱められ、連れて行って欲しいという気持ちが置いてけぼりにされてしまう。辿り着いて欲しい場所の近くまで来ても、その手前でさあっと潮が引くように離れて行った。思わず体が震える。溜まっていく熱を逃したくて仕方がない。 「んっ、慎弥さ……あっ」 「なあ、咲人」  焦らしているその目には、柔らかいながも獲物を狙う獣の光がはっきりと存在する。その光はやっぱり橙色で桃色だ。それが凄まじいスピードで深紅へと変わっていく。色が濃くなると慎弥さんの吐息が耳を掠める。それは俺の体中をめぐり、腹の底で小さな渦を巻き始めた。 「他には何も要らないから、ただ俺のものであり続けてくれ」 「えっ……ン、んんっ、ああっ」 「お願いだ」と小さな子供のように囁く声は、哀願のような自信の無さを思わせるのに、その言葉と同時に後孔に差し込まれる指には、俺をどう翻弄させればいいかを熟知しているという自信に満ちていた。 「あ、ああ、あ……慎弥さんっ」  焦らされすぎて膨らみ切ったスイッチは弾け飛ぶ寸前で、優しい刺激を受けて俺の体をパッと薄桃色に光らせていく。この快楽が光として目に見えるのは俺だけだけれど、慎弥さんはそれを俺と共感能力(エンパス)することで受け取る事が出来る。  何をすればそうなるかがバレてしまえば、彼は嬉しそうにそれを繰り返していくだろう。そうすれば、体はよりセンサーを働かせるようになってしまう。そうなってしまえば、もう考えることなど出来るわけが無い。 「あ、ん……だ、だめ首舐めないで……」 「ダメ? いいの間違いだろ?」 「や、そう、ですけ、ど……んっ」  身体中が熱に浮かされているようで、もう何も考えられない。目の前で光る汗にドキドキしながら、俺に昂ってくれている香りを嗅ぐ。 ——やばい、頭が溶ける……。  そう思っていたところ、目の前に鮮やかなブルーの光が見える事に気がついた。 ——あれ? なんだこれ。    それは慎弥さんの胸の辺りを斜めに走った傷のようなものだ。ひび割れのように見えるそれの中に、何かの粒子が詰まっている。傷自体は真っ黒で、ブラックホールのようなイメージのものに見えた。際限なく吸い尽くされて、絶望しか残らないような、感情のブラックホールだ。でも、そこに詰まっている粒子はキラキラと輝いていて、明らかに正のエネルギーに満ちていた。  しかも、その粒子が触れているところから、ブラックホールは縮小していく。どうやら、それは彼のシールドの傷で、その粒子はそれを修復していっているようだ。 「慎弥さん、ガイドってシールドが壊れることってあるんでしたっけ?」 「えっ? あ、本当だ。いや、聞いた事がないけれど……。これは修復だよな」  俺が胸元を指差して問いかけると、慎弥さんも目を丸くした。俺も、こんなにはっきりとシールドの壊れた部分を見たことは無い。それもガイドのものだ、特に珍しいだろう。そして、それを修復しているその粒子は、俺の体から出ている。身震いするほどに高まると、ふわ、と体から飛び出していくのだ。それも初めて目にした。  俺から飛び出したものから光が溢れて、それから何かが生まれていく。そして、その生まれたものが、彼のその隙間へと入って行った。その光は日々を次第に埋めていき、気がつくとその全てを覆い尽くすようになっていた。そして、光量が増すにつれて、その範囲が次第に狭まっていく。 「……不思議だ。何かが満たされたような感じがする」  慎弥さんがそう口にした頃には、日々は塞がってしまい、割れた茶碗を金で継いだような痕だけが残っていた。 「すごい、まるで金継ぎみたいになってる。これって……」  そう言ってその傷跡を指で辿っていると、突然体を抱え上げられた。真正面から向き合う形で抱き抱えられ、背中には大きな手が添えられる。どうしたのだろうと驚いていると、そのまま体を下に引き付けられた。 「あ、ちょ、ちょっと」 「咲人、愛してるよ」  彼は俺の耳元でそう言うと、信じられないほどにゆっくりと俺の体を貫いていく。あまりにもそれが遅々としたもので、自然と意識がそこに集中していくのを止められない。体はもはや話などさせる気もなく、ただ彼とのこの幸せな時間を堪能したいとせがんで、自ら進んで彼を飲み込もうとしている。 「あ、はあ、……はあン」  ぴたりと肌が密着した時には、もう何回もした後のように体が熱くなっていた。口の端から涎が垂れているのがわかるのに、それを拭う手を出す事も出来ない。でも、腹の中が忙しくて、迎え入れた大好きな人を離すまいとして必死に動いている。 「っ、すごいな……」  慎弥さんが少し辛そうに眉を顰めた。その顔は俺しか見られない顔だと、そう自覚した瞬間に俺の中でプツンと何かが途切れた。彼の首に回した手を狭め、隙間なく体を引き寄せてすり合わせる。そして、必死に体を上下に動かした。 「あ、だめだ咲人、そんなにしたら……」 「だって、慎弥さんが焦らすから……。あっ、あ、ああ……んっ」  俺は今、焦らされた上にとても嬉しいものを見せられた。俺が慎弥さんのシールドの補強をすることが出来た。ただ、あれはおそらく能力的なものではなく、なんというか、孤独感が具現化したものなんじゃないだろうかと思う。  金で描かれた抽象画の様な絵図が完成してからの慎弥さんは、ほんの少しだけ生物としての逞しさが増していた。そこを破壊したとしても、おそらくいつもの彼とは変わらない。これまでずっと壊れていた部分だったのだろう。それを、俺が修復する事が出来た。それはつまり、これからの彼はこれまで以上に幸せでいられるという証だ。 「はあ、ん、んんっ、慎弥さん……。俺にも、あなたに出来る事……ありました」  そう言って笑いかけると、慎弥さんは突然俺を抱えて寝室へと走った。そして、ベッドの上へと体を横たえながら喰らいつくようなキスをする。濡れた音を響かせながら交わす口付けは、俺をすぐに昇り詰めさせた。 「……んああっ!」  弾け飛んだ白いものが、神経の昂りでキラキラと光って見える。 「何言ってるんだ。俺はお前がいたから生きて来られた。お前はいるだけで意味がある。俺の生きる意味の全ては、お前だ。だから、絶対に俺より先に死なないでくれ」 「っふ、ははは、大丈夫ですよ。だって、俺の方が若い……あ、あっあっあっ、ご、ごめんな、さっ、い、いいいい……」  怒らせてしまったのか、生意気な態度を喜んでくれたのか、そこからはドロドロになるまで抱き潰されてしまった。愛してると何度も言われ、その度に達し、気づけば二人ともぐちゃぐちゃになっていた。それでも熱は冷めやらず、二人で倒れ込んだ時には、なんともう昼になっていた。  ひとりでに閉じようとする瞼の向こうに、優しく微笑みながら俺の頭を撫でている彼の笑顔が見えていた。俺はその顔を見て、どうしても言いたかった言葉を思い出す。最後に残ったなけなしの体力を使い、なんとか目を開ける。そして、その顔に手を伸ばして言った。 「慎弥さん、俺たち揃って永心姓に変えませんか?」 「えっ?」  驚く慎弥さんの顔が、とても愛しく見える。この反応なら、きっと反対はしないだろう。体を纏うのは、橙色の光だった。 「あなたと姓を同じにして、あなたにも家族がたくさんいるんだって思ってもらいたいんですよ。池内ってみんな池内って呼ばれるから、あなたにはそれが姓っていう実感が無いでしょう? 野本として生きてきたと思いますけれど、そこにはあまりいい思い出がないと思うし、支えにならないんじゃないかと思うんです。でも、永心になってもらえれば、仕事中でも名刺で俺との繋がりが実感出来ます。名乗る時にも寂しくないかなって。対外的にも家族だと伝えやすいですし、なんというか、分かりやすいですよね。そうすると少しは寂しさが紛れ無いかなと思ったんです。だめですか? 永心慎弥。いいと思うんですよね」  慎弥さんは俺の提案を聞いて少し驚いているようだが、名刺というワードに反応していた。仕事中に名刺を取り出した時、同じ姓でしかもうちのように珍しいものであれば、家族なのかなとミュートの人にも分かりやすいだろう。  デリケートな扱いになるものだから、早々そこを問う人はいないだろうけれど、慎弥さんのように家族という居場所を求めていた人ならば、嬉しいんじゃないだろうかと思っている。少しでも慎弥さんの孤独が晴れるのならば、そうしたい。  そしてもう一つ、あの場所へのお誘いをしたいと思っている。 「でね、いずれ来る最後の日を、永心の庭で迎えるのはどうでしょうか。あそこには池内幹俊もいます。彼はあなたの義父のようなものでしょう? だから、あの庭にいれば寂しくない。それに、永心があなたの居場所になれます。兄さんたちには相談だけはしてて……」 「いや、でも……。いいのか? 俺は池内側の人間だぞ? 敷地内にある池内の墓に入るならまだしも、あの庭は照史様やインフィニティが……」  唐突に持ち出した話を勝手に進めていく俺に、慎弥さんは戸惑いを見せた。確かにそうなっても仕方が無いだろう。でも、これだってちゃんと理由はある。 「大丈夫ですよ。ただ、永心とどこかで繋がっている人でならという条件なんです。ほら、田崎は和人と籍を入れてるから当然ですけれど、直接は関係無い翠と蒼もあそこに入る予定じゃないですか。慎弥さんは俺と籍を入れてるんだから、堂々と入っていいんです」  そう言って俺が胸をドンと叩くと、彼はふっと吹き出した。 「そうか。じゃあ、堂々と入るか」  そう言って、また俺を抱きしめた。そのいつもの笑顔さえも、これまでのものよりも充足感に満ちているように見える。 「お前さえいてくれたらそれでいいんだけれど、皆さんが一緒にいて下さるなら、それはきっと幸せだろうな」  そう言って見せてくれた顔は、いつの間にか涙に濡れていた。降ってきた涙が俺の頬で弾け飛ぶ。口に伝わり落ちたものは、ほんのり甘い。でも、この状態で悲しいわけはない。身体中がオレンジ色に輝いている。 「……俺を大切に思ってくれてありがとう、咲人」 「じゃあ決まりですね」  苦しくなるほど抱きしめられながらそう問いかけると、彼は黙って頷いた。  きっと、自覚のないままに名前に支配されていたのだろう。池内に生まれ、永心のために生き、突然野本と呼ばれるようになった。慎弥という名前もその時につけられ、自分は一体どれが本当なのだろうかと、何度も思ったことがあるだろう。 「……永心慎弥さん」  そう呼んであげると、顔を隠して泣き始めた。 「明日からの名前は、もうずっと変わりません。大切にしてあげてくださいね」 「っ……」  返ってこない言葉の代わりに、体が明るく輝き始める。抱擁の力強さと、触れ合った部分から感謝の思いが流れ込んできた。 ——喜んでくれて良かった。  俺は愛しい夫を抱きしめ返して、心地よい達成感に満たされながら、贈り物を返せたことを嬉しく思っていた。

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