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おまけ 9月1日 AM8:02
やっぱ卵かけご飯と味海苔の相性は最高だなと思いつつ空からになった茶碗を眺めながら充足たる溜息を鼻先にまとわらせていると、
「まだ朝飯 食ってたのか」
椅子を動かす音がしたので横を見るとすでにユウが座っている。
新たにふわんとユウのにおい。ユウ、シャワー浴びたてだな、いいにおい。
学校の制服に着替えている。しわひとつ無い真っ白なシャツが、寮の食堂に射し込む朝の澄んだ光を吸い込んでまぶしいくらいに輝いている。
俺はといえば寝間着代わりのユニクロの綿Tと黒いスウェットのハーフパンツのまま。
ユウの右手には棒ジュースを凍らせた棒アイス。色からして、ピーチ味。
「みんな先に行ったぞ。始業式に遅刻するつもりか。」棒アイスを真ん中のくびれから半分に割ろうと両手で構えて、「割って。」汚すと困るから。
差し出されたアイスを受け取り、そのまま膝で軽く蹴り上げるようにして割ると、「うおおい!」学食にユウの澄んだ悲鳴が響く。
「あっち向いてやれよーしぶきが飛んだら汚れるだろが!」
かわいい。
ユウは真っ白のシャツと黄色いネクタイを交互に引っ張ってその無事を確認しながら、「始業式、9時からだぞ。今日は式が終わったらプールで落成式があるから、考査までは自習だって。」と独り言のようにつぶやき、それから少し尖った目で俺を見て「邪魔しに来んなよ。あと、他の奴の邪魔もすんな。みんな必死なんだから。」と言った。
ユウは、どうやら考査に対して多少の緊張感を持っているようだ。
うちの学校は変わっていて、年4回の特別試験の結果で成績別のクラス分けが行われる仕組みになっている。つまり、年4回、クラス替えがある。
そのクラス替えの試験の日が、まさに今日。
ユウは今、クラスB。上から2番目だ。緊張するくらいだから、今年はどうしてもクラスAから始めたいんだろう。
編入学して来たので最初はクラスEだったのを、1年たらずでコンスタントに上のクラスへ上がっていき、前回の試験でクラスBへと「昇格」した。
うちのクラスの大倉一美くんによると、1年で4クラスも上に行くのはけっこう大変なことで、ユウは他の生徒からも一目置かれているとのこと。
だろうね。俺は昔から知ってるけどね。
ユウは努力の人だ。
目標を作ったら絶対にそれを達成するまで手を抜かない。確実かつ速やかに目標達成までのプロセスを組み立て、ものすごい集中力で1ミリもブレずに様々な偉業をやってのける。
ある意味ストイックな人間だが、でも、その割には気さくで人当たりも面倒見もいいから、前の学校でも仲間からの信頼が厚く人気者だった。
本人にはあまり自覚がないみたいだけど。
(よし。)
ここはひとつ、ユウの緊張をほぐしてやらねば、俺が。
「昨夜 のプール、最高だったねえ、ユウ。汚しまくったねえー。3回はイってたよね。なあ?」
実際ほんとに最高だった。口にしたとたん昨夜の光景が一気によみがえり、俺は3杯おかわりした卵かけご飯の余韻を噛みしめていた口元をウットリとゆるませてユウを見た。
と、案の定、ユウはみるみる顔を赤らめ始めている。
「ばばばか声がでかい…!」
鋭い目つきをさらに尖らせるようにして、目だけできょときょと周囲をうかがっている。
…ああ、かわいい。たまらんかわいい。
「みんな学校行ったんでしょ?」
「学食のおばさんとか、いるだろ、奥にッ」
「野上さんはこの時間テレビ見てるよ。朝の連続テレビ小説。今なにやってるか知ってる?」
「誰だよ野上さんって!」そこかい。
「野上君代さん。ユウが今言った、学食のおばさんだよ。」
「知らんし!」
ユウは困るとよく“知らんし”と言う。博学のくせに妙な言い回しをする。
「アイス食って、俺らもとっとと出発するぞ。」
話をすり替えたいようだ。よこせとばかりに右手を差し出してくる。
確かにアイスを持つ俺の両手のひらは “硬い” “冷たい” を通り越してすでに痛くなりつつある。下がり続ける体温を急激に温めようとする恒温動物特有の習性によるもの。
でも、体温のせいで少し溶けかけて膨張したアイスが、ピンク色の棒の先からちょこっと出ているさまは、なんつーかこう、…ちょいエロし。
「ここの人たちはせっかちだよねえー。寮から校舎まで、歩いて10分かからないというのにさあー?」
わざと間延びさせた声で和やかさとのんびり感を演出する。
「みんな、考査に備えて自主学習してんだよ。いいから。走って汗かきたくない。早く寄こせ俺の分。」
ユウの右手が伸びてきたので、わざとアイスを遠ざける。
「…オイ。」
「舐めて。」
「は?」
「先っぽ。」
「…なにそれ「見たーいの。ユウのちょっとエロい顔、今、すごく。」
ユウは無茶ぶりに弱い。しかも突然エロい顔とか言われて、せっかく収まりかけていた顔のほてりを再燃させてしまった。
常に冷静を装って気を張ってるユウだけど、俺にかかればその冷静さをかき乱しちゃうことなんてお手のもんなのだ。
なにしろ俺は、ユウの全てを、どこもかしこも “取り込み済み” 。
どこをどうつつけばどうユウが乱れちゃうかなんてことも、完全にお見通しなのだ。…これは、えっちなほうの意味で。にやり。
「ほら、野上さん帰ってくるから早く、見して見して。」
「……ばかが…。 ……。」
ユウは一瞬かなり躊躇するそぶりを見せたが、軽く辺りを見回しながら、耳まで赤くしたその顔を、俺の持っているアイスに向かって徐々に近づけてきた。
うわあ…(*´艸`)
唇を少し開くと、そこから薄い舌をちらりとのぞかせて、それからもう一度、俺の様子を上目遣いでそっとみた。
垂涎ものの無垢なエロチズムに鼻水飛び出そうなくらいありがたい緊張感がほとばしり、いけない妄想が瞬時に脳内を駆け巡ったが、そんなそぶりを少しでも見せれば、臆病で恥ずかしがり屋なユウは直ちに気持ちを冷ましてしまう。
抱きついてその舌にむしゃぶりつきたい。
いや、堪こらえなければ。ここは余裕ぶっこいて、ゆったりと微笑んでおかなければ。
ユウは、取り繕われた俺の無反応を確認すると、安心した野良猫みたいに御飯 に向かって視線を落とし、伸ばしたままの舌で、てろん、と桃ピンク色の先っぽから少しはみ出たアイスを舐めあげた。
うきゃーー(≧▽≦)ーーー!!
可愛すぎて脱力しそう。アイス落としそう。指痛いけど我慢だ。
「お、と」
(!!!)
…出ったー!ユウの天然 …!
ユウは、自分の舌のせいで少しこぼれてしまったアイスが俺の指先に乗ったのを確認するや、迷わずそれを舐めとりにきた。
「ん」
次に、外気温のせいで少し溶けてしまったアイスがビニールに沿って垂れてきたのを見つけ、それをビニールの輪郭に沿って半ば反射的に舐めあげた。
柔らかな舌先が一瞬だけ指先に触れ、棒に沿ってなめらかにすべりあがる。
さくら色の舌が先っぽに到達すると、ユウは顔を斜めにしたままそこに唇をつけ、軽くくわえ込んで「ちゅっ」と吸った。
ああ!
こいつ朝っぱらから何見せてくれてんだ!
あおってんの!?誘ってんの!?まったくユウったらとてつもなく絶品な天然モノなんだから…!
「…たまんねえ…」
「あん?」
ユウがじろりとこっちを見る。
しまった口に出た。見とれていたのがばれてしまった。
ユウの舌がしゅるりと引っ込む。
ああ、もう少し見ていたかったのに。猫は一度警戒させてしまうともう一度雰囲気作りからやり直さなければならないのに。俺のばか。
…ところが、すぐさま俺を罵倒するかと思われていたユウの口元は、にやり、と、横に歪んで見せた。
「…たまんねえだろ…」
…!
…なぬ。こいつ、まさか狙って…
「!」
そのとき、突然ユウはアイスの先からするっと伸び上がってきた。
それから、やわらかな肌の起毛が触れそうなほどまで一気に鼻先を近づけてくると、まつげの先の、黒く潤んだ瞳を軽く閉じた。
―― へろっ…
俺の唇に、ほんの一瞬、しっとりとあたたかなものが触れる。
…ユウが、ぺろん、となめたのだ。
目の前でふうっと黒目が開き、ユウは、鼻先で軽く笑って見せた。…ピーチの甘い香りがした。
「…ハイ今日も俺の勝ち。」
少し遅れて、ユウのシャンプーの香りが鼻先を撫でにくる。
それからすぐに、ユウは、「のりたまくさっ」と顔をしかめて俺から離れた。
一瞬だった。
俺は、アイスを持ったまま、何もできなかった。
ユウは顔を離すとすぐに立ち上がって、同時に俺の手から叩くようにしてアイスを奪った。
「早くしろって。着替えて5分で来い。ダッシュだダッシュ。」
俺はと言えば、さっきの一瞬の出来事を脳内でもう3回くらいはフラッシュバックさせている。
薄く閉じられたまつげの先にあった澄んだ黒目は、俺の鼻あたりを淡く見ていた。
長いまつげが微かに震えていたし、頬だって少し赤みが残っていたから、ユウだって緊張していたはずだ。
だけど、でも、…ユウがあんな挑発的なことするなんて…
ああ!今頃になってすげードキドキしてきた!
ユウは俺を見下ろしたまま、口にアイスを突っ込んでガリガリと歯でビニールを扱いている。
その様子を見ていて…、なんだか、とたんに俺は………
あ。
「…ウ…」
「なんだよ。」
…うずいてきた…。
「おい、早く立って部屋に戻って準備して来い。」
「……。 …無理… …たった…」
「は?」
「…ユウのせいだぞ、これ…」
視線が体のほうへ落ち、その異変を確認するや、ユウは顔色を変えた。
「……! …お前…、なに、勃起してんの……」
なああ!
「ちょっと!ユウのせいなんだから、ユウがどうにかしてよコレ!」
俺が椅子から立ち上がるとユウもすごい勢いで後退する。
「うわああ!おまっ、それ、すごいことになってるぞ!早く部屋戻ってどうにかしてこい馬鹿!」
「だからユウも一緒来てって!」
「なんでだよ!俺知らんし!」
「そっちのほうが早いから!ユウのハダカ見たら10秒くらいですむから!」
ユウがちょっとシャツのボタン外してその中身をチラミさせてくれたら…!
…今ならそれだけで、余裕でイける!
「なんもしないから…あっ…」
俺の部屋の壁の前で、恥ずかしそうにに立ったまま、シャツを片側だけはだけてみせているユウの肢体が、突如として、ありありと目の前に浮かんできた。
男のくせに腰まわりの筋肉がやたらとなまめかしく映るのは、肌が色白なのと身体の線が細すぎるせい。
そのなめらかな肌の上にちょん、と浮かぶ、薄オレンジ色の小さな乳首。
しっとりした小さな円の中心にある、かわいい突起…
敏感なユウのことだ。
恥ずかしそうにしながらも、俺のねっとりした視線を感じると、それだけでピンって硬く…立ちあがって…そこのピンク感も、じわじわと増してきちゃったりしてて…
…そしたら、見るな、なんつって、頬までピンク色にして、だけど俺があまりにジロジロ見るもんだから、ちょっとずつ息があがってきたりして、あげく、すっかり高まっちゃったりして…淫情たっぷりに自分で乳首なぞりながら『だめだ…俺も…たってきた…』て…
あっ!それ!メッチャいい!えろおおおい!
「突っ立った俺のハダカ見ただけでどうにかなるか!てか俺は、その間お前のヌくとこ見せられるわけ!?変態プレイか!」
「へ、へんたいとか言わないで…、あ、それもえろい、あ、やばい、想像したら余計コーフンしちゃう…や…やばい、あの、やっぱ…、い…いっぱつだけ…」
「知らんし!」
ああもう!
(こうなったらもう食堂出たとこの共同便所に連れ込んで、)
あっ!
「…あ…」
……あ…
「…ソウヤ?」
「……。」
「…おい、お前、…大丈夫、か?」
――……。
「…はい。もう、…大丈夫のもようです…」
生温かい、特有のウェッティ感がスウェットの内側にじわりと広がり、はたしてそこは、下着に沿って、引力と慣性の作用に従うまま、やがて足の隙間にてろんと落ちた。
「……おまっ…」
「…初めてであります。…妄想でイけました。触ってもないのに、であります…。」
もんのすごい脱力感。
ユウの顔が青ざめる。
「なに『やり遂げた感』出してんだ…。…早く…シャワーを浴びて来い…」
気づくと左手の感覚がない。
左手に握りしめていた棒アイスから、溶けた中身がダラダラと流れ落ちていた。
「…えと…舐める…?」
「ばか!」
はじかれたようにユウが叫ぶ。
「…だよね。へへ…」
情けなくて笑えてきた。
ああ。どうせならユウの中でイきたかったなあ…。
「…あのさあユウ…」
「なんだよっ。」
「試験がうまくいって、同じクラスになれたらさあ、…」
肩をすくめて小首をかしげ、“様子をうかがう俺”を作ってみる。
「ご褒美にさっきの妄想の続きさせてね?」
いたずらっぽく笑って、俺からの、めいいっぱいの “挑発” の演出。
…どうかな。
(…響け…!)
「……。 …知らんし…。」
少し不機嫌そうなまま、でもユウは顔を赤らめて、俺から視線をそらした。
…いけるか。
「お前の妄想なんか知らんし。俺は今その考査のことでアタマいっぱいなの!余計なこと考えさすな。」
だめか…。
…ん?
ユウは俺に背中を向けようとして、そこでちょっと動きを止めた。
「…考査が終わったら、考えてやる。…三日後だけど。」
それから首元を触り、なにかを引っ張った。昨夜俺があげたプレゼントだ。
「このお守りの礼。」
(……!)
やった!
「うん!ぜんぜん三日後でいいよ!そのお守りの効能がでたって実感できたときでいいから!」
お守り…だっけ?まあいいや!
「ユウちょっと待ってて!一緒に行くから、3分!あーいや、やっぱ5分!」
べしょべしょになったアイスをくわえ、急いで食堂の食器置場に向かっている途中で、朝ドラを見終えた野上さんと目があった。
野上さんはカウンターの向こうから、なぜか満足げな笑顔をほんのり浮かべたまま俺たちを見ていて、…ちょっと不気味で怖かった。
ユウがお守りと言ってくれた指輪は羽根を押せばサイズが調整できるようになっていた。
つける指によっていろんな意味があるらしい。
例えば左手の親指につけると、「意思を貫く」。
人差指は「密かな願いを叶える」。
中指は「インスピレーションを高める」。
薬指は「愛を深める」。
小指は「チャンスと変化」。
諸説あり、国や性別によっても違うけど、とりあえず俺は昨夜この説でいって見事に成功を収めた。
ユウにも教えて、好きな指に付けてって言ったんだけど、優海はレザーに付けたまま首から下げてくれてるんだな。
なるほど。あれだと日中も一緒にいられるもんな。
優海はほんとに頭がいい。俺も真似しよ。部屋に据付の学習机の右の引き出しにしまったプリント類に白い綴り紐がついてるのがあった。
(そうだ。今度ちゃんとしたチェーンを買おう。おそろいのやつ――)
優海の背中を追いかけながら、シャツの中で動き回る指輪の感触を確かめつつ、俺はそんなことを考えていた。
始業式にはギリギリ間に合ったけど、結局2人とも汗だくだった。
落成式直前のプールにカラになった棒ジュースが浮かんでいたのが見つかったとかで生活指導担当の澤本亮介先生は怒り心頭だったが、考査のことで頭がいっぱいのユウにはそんな話は聞こえていない。
そして、澤本のせいで昨夜のユウのかわいいえろえろをたくさん思い出してしまった俺は、緩んでしまう口元を押さえ込むのに必死になっていた。
こんな感じで、俺の高2生活はスタートした。
ドイツ語の試験でスペルを一か所間違えてしまったので全教科満点にはならなかったけど、ユウも同じクラスになれたので全然よしとする。
…ユウからのご褒美は、妄想以上だった。
~おわり~
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