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〈終話〉ノアの秘密と猫の鈴 (2)
「その――、ま、前の前のお屋敷に勤めていた頃に、旦那様の従兄弟から、ちょっと――。でもあの人のそれは、挨拶みたいなものだったから」
「なにをされた?」
「べ、別になにも……、ただ時々バラの花束を贈られたり、夜会に誘われたりしたくらいで」
「けっこうなちょっかいだと思うが?」
「そんな事が続いたあと、彼のファアンセだったご婦人が精神を病まれて、そのご両親から、手切れ金をあげるからお屋敷を退職してくれと迫られて――」
「は……?」
「仕方なく次のお屋敷に勤めていたとき、そのお屋敷の奥様の息子と、その親友だった男の人が、僕に関してなにか揉め事を起こして、決闘?したあげく、親友のほうが亡くなって」
「亡くなった……?」
「そう、それでさすがに何となく居づらくなって、今のお屋敷に勤めたのだけれど……」
「まだなんかあるのか」
「最近、前の前のお屋敷で心を病まれたご婦人と、前のお屋敷にいたころ亡くなった男性の奥様が、親睦を深めていると知って」
「被害者の会ができているじゃないか……」
ルーは額に手を当てた。
「良かったな、と思ったよ。それくらいで、あとは全然」
僕は照れ隠しに肩をすくめた。
「何でそんなにけろりとしていられる……」
「えっ?」
「自分絡みで他人が死んでるんだぞ? 気に病まなかったのか⁉︎」
「えっ……なんで?」
僕は思わずルーを見つめた。
だって僕は、決闘の理由もその後のことも何ひとつ知らなかった。後からすべて人づてに聞いただけ。
無関係ではないにせよ、それに近い感覚しか、持ち合わせていなかったから。
「ルー?」
ルーは僕の頭から爪先までをじっとりと見回すと、
「悪魔はお前だ」
と言った。
「なんで⁉︎」
「なんでってお前……」
ルーはくるりと横を向き、頭を抱えて深い溜息をついた。
「無自覚にもほどがある……」
「ルー?」
ガラッ、と大きな音を立てて鏡台の引き出しを開けたルーは、ベルベットか何かで出来た紐に金色の鈴がついた、首輪……いやチョーカーを取り出した。
「えっ……と、あの、」
拒否権を与えられる間もなく、そのチョーカーが僕の首に収まった。
「ルー、な、なに?」
鏡の中に、猫みたいに鈴をつけられた裸の自分が映っている。
よくわからないけれど、凄く恥ずかしい。……
「これは目印だ」
「め、目印?」
「そう。飼い主は僕だという証拠の」
「かっ……、」
飼い主って、それじゃあ僕は、まるっきり……、
「いいか? お前が今つらつら言い放った事は、どれもかなり深刻な事件だ。お前はそれを引き起こしていながら、まったく人ごとのように……」
ごくり。ルーの喉が空気を飲む音が聞こえた。
「放っておいたら、お前も、お前に関わる連中も危険過ぎる。だから他人には触れさせない。この首輪はその印だ」
あっ、いま、首輪って言った。少しショックだ……
でも……そうか。よくわからないけれど、これは僕と僕に関わる人たちを守るためのものなんだな。
「ありがとう。ルーは優しいね」
「……」
好きな人から初めて貰ったプレゼントが、首輪っていうのもどうなんだろうか。少し複雑ではあけれど。
恋人とはちょっと違うかもしれないけれど、ルーが望んでくれるなら、僕は猫でも構わない。
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