20 / 20

〈終話〉ノアの秘密と猫の鈴 (2)

「その――、ま、前の前のお屋敷に勤めていた頃に、旦那様の従兄弟から、ちょっと――。でもあの人のそれは、挨拶みたいなものだったから」 「なにをされた?」 「べ、別になにも……、ただ時々バラの花束を贈られたり、夜会に誘われたりしたくらいで」 「けっこうなちょっかいだと思うが?」 「そんな事が続いたあと、彼のファアンセだったご婦人が精神を病まれて、そのご両親から、手切れ金をあげるからお屋敷を退職してくれと迫られて――」 「は……?」 「仕方なく次のお屋敷に勤めていたとき、そのお屋敷の奥様の息子と、その親友だった男の人が、僕に関してなにか揉め事を起こして、決闘?したあげく、親友のほうが亡くなって」 「亡くなった……?」 「そう、それでさすがに何となく居づらくなって、今のお屋敷に勤めたのだけれど……」 「まだなんかあるのか」 「最近、前の前のお屋敷で心を病まれたご婦人と、前のお屋敷にいたころ亡くなった男性の奥様が、親睦を深めていると知って」 「被害者の会ができているじゃないか……」 ルーは額に手を当てた。 「良かったな、と思ったよ。それくらいで、あとは全然」 僕は照れ隠しに肩をすくめた。 「何でそんなにけろりとしていられる……」 「えっ?」 「自分絡みで他人が死んでるんだぞ? 気に病まなかったのか⁉︎」 「えっ……なんで?」 僕は思わずルーを見つめた。 だって僕は、決闘の理由もその後のことも何ひとつ知らなかった。後からすべて人づてに聞いただけ。 無関係ではないにせよ、それに近い感覚しか、持ち合わせていなかったから。 「ルー?」 ルーは僕の頭から爪先までをじっとりと見回すと、 「悪魔はお前だ」 と言った。 「なんで⁉︎」 「なんでってお前……」 ルーはくるりと横を向き、頭を抱えて深い溜息をついた。 「無自覚にもほどがある……」 「ルー?」 ガラッ、と大きな音を立てて鏡台の引き出しを開けたルーは、ベルベットか何かで出来た紐に金色の鈴がついた、首輪……いやチョーカーを取り出した。 「えっ……と、あの、」 拒否権を与えられる間もなく、そのチョーカーが僕の首に収まった。 「ルー、な、なに?」 鏡の中に、猫みたいに鈴をつけられた裸の自分が映っている。 よくわからないけれど、凄く恥ずかしい。…… 「これは目印だ」 「め、目印?」 「そう。飼い主は僕だという証拠の」 「かっ……、」 飼い主って、それじゃあ僕は、まるっきり……、 「いいか? お前が今つらつら言い放った事は、どれもかなり深刻な事件だ。お前はそれを引き起こしていながら、まったく人ごとのように……」 ごくり。ルーの喉が空気を飲む音が聞こえた。 「放っておいたら、お前も、お前に関わる連中も危険過ぎる。だから他人には触れさせない。この首輪はその印だ」 あっ、いま、首輪って言った。少しショックだ…… でも……そうか。よくわからないけれど、これは僕と僕に関わる人たちを守るためのものなんだな。 「ありがとう。ルーは優しいね」 「……」 好きな人から初めて貰ったプレゼントが、首輪っていうのもどうなんだろうか。少し複雑ではあけれど。 恋人とはちょっと違うかもしれないけれど、ルーが望んでくれるなら、僕は猫でも構わない。

ともだちにシェアしよう!