6 / 6
最終話
シバとの決闘は収穫祭の日に決まり、国の中心部にある闘技場で行われる。普段は騎士団の腕試しや牛と闘牛士が戦う闘牛が開催される歴史ある場所だ。
竣工以来、王族同士の決闘は初めてらしい。
本当のことは隠し、第一王子と第二王子が時期国王の座をかけて決闘をするという触れ込みに多くの国民が足を運んだ。
なにが起ころうとしているのかわからない国民は観客席に座りながら、根も葉もない噂を繰り返している。
闘技場脇にある控室でニルスはチェインメイルの鎧をつけ、青藍色のサーコートを着用した。胸元には王家の紋章である薔薇が金糸で刺繍され、裾は細やかな意匠が施されている。剣は一般的のものより細く、動きやすさを重視しているようだ。
「作戦は憶えてるよな?」
「もちろんです」
剣の腕が立つシバと正面切ってやりやって勝てるわけがない。だからわざと転び、シバの顔めがけて砂を投げて目眩ましをしてから一撃を加える、という作戦を考えていた。
スラムで培ってきた悪知恵だ。
「時間です」
審判の声にニルスは顔を上げた。雲一つない晴天の瞳はじっと前を見据えている。死ぬかもしれないのにその目には悲壮感がない。
だからカイトも笑顔で送り出せる。
「頑張ってこいよ」
「勝利をカイトに捧げます」
ニルスが会場に入ると反対側から臙脂色のサーコートを着たシバが現れた。腰に携えた剣は黄金色で輝いている。
固唾を飲んだ国民の目が二人に向けられる。カイトは舞台袖でじっとニルスの後ろ姿を見つめた。
「始め!」
審判の声にシバが腰を低くして大きく一歩飛び出す。間一髪柄で受け止めたニルスはバランスを崩した。そこにすかさずもう一撃がくる。後ろに重心を置いたニルスはギリギリのところで剣先で弾く。
「死ね! 死ね!」
シバの攻撃は休まず、鉄と鉄がぶつかり合う音が闘技場に響く。ニルスは防戦一方だ。
(あれじゃ分が悪すぎる)
とてもじゃないが砂を投げるタイミングがない。
ニルスは休まず斬撃を仕掛けてくる。
キン、と小さな火花が散った。
「守ってばかりだと勝てないぞ。攻撃は最強の防御と言うだろ」
「口ばかりでいいのですか」
わずかな隙にニルスは剣先を向けた。だがシバはひらりと蝶のように躱す。
「いまだ!」
しゃがんで砂をぶつけるだけでもいい。一瞬でも隙をつければ勝算はある。
だがニルスはカイトの声を無視して、もう一撃を与えたが受け止められてしまう。
(なんで、どうして)
このままだと負けてしまう。砂をかけて目潰しをして隙をつかないと
「まさか、本気でやり合うつもりなのか」
ニルスは真面目な男だ。卑怯な手を使うのが許せないのかもしれない。
そういう一本気なところは好ましくあるが、悠長なことを言える状況ではないのだ。
「ニルス!」
大声で名前を呼ぶとニルスは振り返って白い歯を覗かせる。なぜかゆっくりと剣を降ろした。
「なんだ、降参か?」
シバは構えを解かず、警戒したままニルスに剣先を向けている。彼の額には大粒の汗が浮かび、呼吸が荒い。何度も剣を振るったので疲労がでているのだろう。
「私はベータです!」
ニルスの声に会場にいた国民も対峙しているシバも観戦していた国王たちもぽかんと口を開けた。
「ずっとアルファと装ってきました。ベータが虐げられていることを知りながら、私は恵まれた環境に身を置いていました」
ニルスは一つ大きく息を吸った。
「カイトからこの国の暮らしを聞き、実際に見ました。なんて酷い。それを自分たちが強いていたのだと知り、絶望しました」
「お、おまえなにを莫迦な」
シバはわなわなと身体を震わせ、ニルスを羽交い絞めにした。だがニルスは止まらない。
「私が王になった暁にはアルファもベータもオメガもみんな平等になる社会にしたい! そのためにいま、戦っています!」
ニルスはシバの拘束を振り切り、剣を空に突き立てた。
「私を信じる人はどうかついてきてください!」
場内に割れんばかりの歓声が響いた。地鳴りのような大きさに闘技場が揺れる。
「やっちまえ!」「私たちに平穏を!」「子どもたちに未来を!」とあちこちから声が届く。そのどれもが国民からだ。
二階で見物している王族を始めとした貴族たちは顔を青ざめている。
「莫迦なことを! おまえたちが平穏に暮らせているのは俺たちアルファのお陰じゃないか」
「なにが平穏だ! くそったれ」
「なんだと」
罵声に噛みつくシバは剣先を観客席に向けた。きゃあと悲鳴があがっている。
「さぁ勝負を再開しましょう、兄上」
「俺がずっとおまえの尻ぬぐいをしてきてやったのを忘れたのか」
「自分たちのためでしょう」
「おまえたちはなにも考えない歯車として生きればいいんだよ!」
息を整えたシバが弾丸のように飛び込んでくる。ニルスは一歩強く前に踏み込んだ。
突こうとしたシバの切っ先を剣で受け止め、ニルスはシバの腕を柄で殴った。ばきっと骨が折れる音と共に彼は倒れた。
「勝者、ニルス王子!」
会場に割れんばかりの歓声が響く。悲鳴を上げるシバの声はかき消され、誰にも届かない。
カイトは我慢できずにニルスの元へと駆け寄った。
「ニルス!」
厚い胸に飛び込むとしっかりと抱きとめてもらえた。砂と汗の匂いに混じってニルスのコロンの匂いに涙が滲む。
「私と結婚してくれますか?」
「もちろん!」
国民の歓声はいつまでも鳴りやむことはなかった。
王族同士の決闘はそれまでの常識を覆すだけの力を持っている。
勝者となったニルスは王になることを要求し、政権は委ねられ、国王やシバは権力を失った。それは貴族も同じで、持っていた富や財産を平等に国民に分け与えることをニルスが決定づけた。
もちろん反対の声は多い。
ここで無理やり通したら同じことが起こるとニルスは話し合いの場を何度も設け、お互いの及第点を探り合っている。
スラムも解体し、それぞれ職と居住地を与えられた。
国民は乗り気でニルスを支持する声が日に日に大きくなっている。期待されるだけ重圧があるとニルスは困ったように笑っていた。
虐げられ、アルファとして偽ってきたニルスはもうここにはいない。
「にしても暇だ〜」
決闘の日以来、ニルスは関係各所に慌ただしく顔を出している。
部屋に帰ってきても分厚い本や山のような書類を読み込み、寝る時間もない。もちろんニルスとはキスの一つもしていなかった。
でもそれは当然だ。
ニルスはこの国の根底からすべて変えようとしている。植物を植え替えるように簡単にはいかないのだ。
敵は多いし、なにより力もない。どれだけの負担がニルスにのしかかっているかカイトには想像すらつかない。
自分ができることはといえばニルスが安心して帰れる居場所になることだけだ。
温かい寝床と美味しい食事を用意して、寝るときに頭を撫でてやる。
そうやってニルスを支えるのが自分の役目だ。
(けれどそれだけじゃ足りない)
ニルスの甘い匂いも痺れるような快楽もすべて教え込まれているので、なにもない夜が長くて仕方がない。
ベッドに寝転ぶとニルスの匂いがふわりと香る。鼻腔を擽る香りは直に神経を撫で回し、下腹部がずんと重たくなった。
「……抜こうかな」
自慰なんていつぶりだろうか。そろりと寝間着の合わせ目から性器に手を這わせる。硬く芯を持った性器は久しぶりの快楽に蜜をこぼした。
「随分楽しそうなことをしてますね」
「ニ、ニルス!?」
「私もご一緒してよろしいですか」
「なんでここに」
まだ仕事の時間だろう。窓から漏れる木漏れ日は橙色だ。
帰って来るのはいつも日付を跨いでからなので、随分と早い。
「ここのところ忙しかったので、早めに切り上げたんです」
「……それなら朝言っておけよ」
「すいません。急に決めたので」
ニルスがベッドに座るとスプリングが軋んだ。甘い香りに誘われて、カイトはニルスの太腿の上に頭を乗せて頬ずりをした。
「じゃあ朝まで休み?」
「はい」
「ふふっ」
長い指で髪を撫でて貰うと気持ちがいい。うっとりと目を細めるとニルスは腰を曲げてキスをしてくれた。
久しぶりの感触に胸が震える。堪らず舌を差し出すと甘噛みをされる。
「今夜は最後までしてもいいですか?」
「……俺も、シたかった」
「嬉しい」
枕の方に引っ張られ、ニルスがのしかかってきた。いつもシャツの一番上のボタンしか外さないのに迷わずすべて脱いだ。露になっていく逞しい身体に心臓が跳ね上がる。
カイトも寝間着の合わせ目を解いて裸になった。何度も見られているはずなのに久しぶりのせいか恥ずかしい。
「少し濡れてますね」
「そういうのいいから早く……んぁ」
兆した性器からは先走りが溢れている。ニルスの大きな手に包まれ、どくんと大きく脈打ち、呆気なく達してしまった。
「莫迦……出ちゃったじゃん」
「かわいい。ここもここも……全部」
鎖骨、乳首、臍とキスの雨が降り注ぎ、最後に性器に口づけられた。達した精液を指ですくわれ、蕾に塗りつけられる。
爪先が中にはいってきた。教え込まれた身体は力を抜くために深く息を吐くとニルスはふふっと笑う。
「上手になりましたね」
「おまえに仕込まれたからな」
「煽るのが上手いです」
「ふっ……あぁ、あっ」
ニルスの指が奥に進む。肉壁を擦られるたびに中が弛緩していく。
ある一点を押されると背中が跳ねた。
「ここが好きだってちゃんと憶えてますよ」
「そこ、やっ……ああ、あっあ!」
弱い部分を執拗に刺激され、達したばかりの性器は再び天井を仰いでいる。ダラダラと愛液をこぼし、カイトの気持ちを雄弁に語っていた。
指を増やされ圧迫感は増す。この瞬間は苦手だ。
でも先に待ち受けている悦楽を知っているから期待してしまう。
ニルスは丁寧に愛撫をしてくれる。久しぶりだから彼なりの気遣いなのだろう。
でもそれじゃ足りない。もっと、もっとこの男を感じたいと本能が訴えかけてくる。
オメガだからなのか、一人の男としてなのかもうわからない。
指を抜かれたタイミングでカイトは体勢を変えた。ニルスの上に跨り、兆している性器を蕾にあてがう。
初めて見るニルス自身は大きくて猛々しかった。
(こんなのが胎に挿入ったらどうなるんだろう)
ニルスの性器の根元をしっかりと掴み、腰を下ろした。みちみちと肉壁をわけて挿入ってくる。圧迫感で苦しい。力を抜こうと深呼吸を繰り返すと中が蠢く。
「はっ……カイト」
苦悶の表情のニルスを見下ろすのは気分がいい。いつも澄ましたニルスは情欲で濡れた雄になっている。
そのまま膝を使い、上下に動いた。体液が溢れ動きを滑らかにしてくれる。
「んんっ、あ……気持ちいい?」
「堪ら、ない、です」
息も絶えそうなニルスはされるがままだ。いまこの男を征服しているのが自分だと思うと支配欲が満たされていく。
手を後ろについて、結合部分をニルスに見せつけるように腰を使った。肉と肉がぶつかり合う音が部屋の中を満たしていく。
「あぁ、いい……最高」
「ふっ、ん」
「出してもいいからな」
ニルスのもので中をいっぱいにしたい。
それだけのために腰を動かした。慣れない動きに疲労度は増すが、熱に浮かされたようなニルスの表情にすべて吹き飛ぶ。
ばちゅん、と一際大きく穿つとニルスに腰を掴まれた。中の性器が膨張し、熱いものを注がれる。
「……んっ」
すべて受け止めようとカイトは尻に力を入れた。一滴も溢れさせたくない。
射精が終わるとニルスは怒ったように眉を吊り上げて、押し倒されてしまった。
「ニルス?」
「まだ、です。まだ終わりません」
「うわっ、あぁ!」
果てたはずのニルスの性器は硬さを保ったままだ。そのまま中を擦られ、弱い部分を的確に突いてくる。
「わざとここに当てないようにしてましたね」
「そこ、だめ……ああ、あっ、んあ」
「私もカイトを気持ちよくしたい」
ニルスに穿たれるたびにカイトの性器からびゅっと愛液が溢れた。達しているような感覚がずっと続いている。
降りることができない悦楽に頭がおかしくなりそうだ。
「ニルス……好き、大好き」
「私も……愛してます」
再び最奥を穿たれ、幸せに満たされたままカイトは達した。
「元気な男の子ですよ」
産婆の声にカイトは閉じていた瞼を開けた。抱き上げられた我が子は全身を真っ赤にさせ、大きな産声をあげている。無事に出産できた安堵からほっと息が漏れた。
おくるみに包まれた赤ちゃんを自分の布団に置いてもらった。身体の内側から愛おしさが溢れる。
『ニルス国王、もう少し外でお待ちください。まだ処置が済んでいません』
『だが生まれたのですよね。一目でもいいから会いたいのです』
廊下でのやり取りが部屋にまで聞こえてくる。呆れた様子の産婆と目が合って笑い合った。
「俺は大丈夫だから、入れてあげてくれ」
声をかけると間髪いれずに扉が開いた。肩口までの髪を振り乱し、目を血走らせたニルスが猪のようにベッドにやってくる。
冷静さを欠いた夫にふっと笑ってしまった。
「なんて愛らしい……」
「男の子だって。無事に産めてよかった」
ニルスの目尻はほんのり赤くなっている。初めての出産なのでよほど心配をかけたらしい。
カイト自身も不安だった。男の身体で出産することへの恐怖もあったが、医療技術の発達によってこうして生きていられる。
それもこれもニルスが貴族も国民も分け隔てなく学校に通えるようにしてくれたからだ。
医療技術は格段にあがり、たった三年ほどで近隣の国を凌駕している。
「目元がカイトにそっくりですね」
「でも髪はニルスと同じだ」
まだ少ないが髪は金色をしている。父親の存在に気づいたのか、泣くのを止めた我が子はきょとんとした様子でニルスを見上げた。
「カイト、ありがとうございます」
「なんで礼なんだよ」
「私を父親にしてくれました。こんな幸運、人生で二度目です」
「もちろん一度目は俺だろ?」
「はい。本当にカイトと出会えてよかった」
「俺もだよ。まさか母親になるなんてな」
いつの間にか眠っている我が子を不思議な気持ちで眺めた。
オメガだと言われても実感はなかったが、妊娠が発覚したときにはっきりとした。
なにがあってもこの子は絶対に守ると強い決意が炎のように燃え上がり、つわりも出産も耐えられた。
「名前は決めたのか?」
「希望という意味を込めて『ホープ』にしようかと」
「いい名前だ。な、ホープ」
ふにゃふにゃの頬をつんとするとホープは寝ながらにこっと笑った。幸せな夢でも見ているのだろうか。
「ホープが大きくなるまでにいい国にします」
「一緒に頑張ろうな」
「はい」
柔らかく笑うニルスにもう悲壮感はない。心からの言葉に自然と胸が温かくなる。
この幸せがいつまでも続くことを誓うようにニルスとキスをした。
ともだちにシェアしよう!

