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第1話 バ美肉やくざ①
テレビをつけた染谷 慧斗 は、知り合いのラーメン屋が一軒、失われたことを知った。
「あ~あ……」
手にしたコーヒーを口に運ぶと、ひどく苦く感じた。画面には被害者の店主の写真が大きく映し出されている。プライバシーへの配慮か「経営者」として紹介されていたが、染谷は彼の本業を知っていた。
いわゆる広域指定暴力団体 の人間。それも末端ではなく、中核組織に属する直系の組長だった。
五年ほど前、借金でどうにもならなくなった古びた食堂を買い取ったが、新たな買い手が見つからず、組長自らが店主となってラーメン屋を始めた。料理はもともと好きだったらしく、毎年のハロウィン動員や災害時の炊き出しでは、先頭に立って大人数分の食事を作っていたという。ラーメンもその延長だった。
彼の作る飯は本当に旨かった。社会のはみ出し者たちが、明日食べるものもない中で涙を流しながら食べていた。最初は同じ系列の人間が客だったが、やがて噂を聞きつけた堅気の人々も出入りするようになり、店は繁盛していった。
胃袋を掴んだ男は強い。彼を慕って、無宿も堅気も関係なく多くの人が集まった。
だが、彼自身は組長を辞めたがっていた。とはいえ、組長とは名ばかりで、実際には組員などおらず、店にいるのはラーメン屋のバイトが二人だけ。彼らは店の売り上げが上部組織への上納金になっていることすら知らない。彼は社会に冷遇される者たちに親身になり、まっとうに生きるための仕事や伝手を紹介していた。自分の子分にすることは決してなかった。
「……身内に嫌われたか、昔の因果に殺されたのか。旨かったのになあ、手作りチャーシュー麺」
この界隈では、稼ぎを生むシノギは一円でも貴重だ。特に一般人に紛れている場合、何かあったときの隠れ蓑にもなる。手放すわけにはいかない。しかも彼はそこそこのランクの組長で、影響力もあった。
脅しても辞めると言うなら、消すしかない。そう判断されたのか、それとも若い頃に背負った恨みが火を噴いたのか、それは誰にもわからない。犯人も捕まらず、この事件はやがて忘れ去られるのだろう。
染谷はテレビを消し、代わりにデスクに置かれたPCの電源を入れた。
彼自身も、その末端のさらに末端に名を連ねている。とはいえ、盃を受けたわけではない。一般企業で言えばバイト程度の扱い。それも自宅からのフルリモート。聞こえはいいが、実際はほぼ監禁状態。黒部の兄貴が連れ出してくれない限り、借金を完済するまで外出の自由はない。
この世界に足を踏み入れたきっかけは、キャバ嬢への売掛金がかさんだことだった。
女ならそのままカタにはめて立ちんぼやソープ、AVなど使い道がある。しかし、染谷は身長186cmの大男。筋肉がついていれば弾除けやマグロ漁船の乗組員にもなれただろうが、体重65キロのヒョロガリでは、ゲイビデオのネタにもならない。高すぎる身長のせいで、同じくらいの高さの男優を揃えないと画角が難しく、種男優や竿役を張れるほどの体力もない。
外国にスペア用臓器として売られるのだろうか。そんなことを半ば諦め気味に考えていたところ、元IT企業勤めという経歴を買われた。
―――――おれらぁ、オールドタイプの人間でよう。ITちゅうんか? パソコンの事はからっきしわからんで、お前に任せたいんや。
そう言われて、染谷の身柄は若頭補佐である黒部の兄貴の預かりとなった。
銀行のシステムに忍び込んで電磁記録上から莫大な金を盗む?
企業にスパイウェアを仕込んで恐喝?
外国との国際的な取引にITシステムを構築?
株式の流れに介入?
与えられるかもしれないあらゆるヤバそうな犯罪を想定し、染谷は飼われる身分を甘んじて受け入れた。
「さて……と」
PCのディスプレイの前に座り、デスクの上に置きっぱなしにしていた紙タバコに火をつける。自動的に立ち上がった動画編集ソフトには、昨日の作業の続きが映し出されていた。朝っぱらからナニのぶっ刺さったアソコのドアップに半目を向け、ふかーっと白い煙を吐き出す。
AVのモザイク修正。
それが、IT技術者として十年かけて経験を積んできた染谷の新たな仕事だった。
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