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第3話 中の人防衛戦⑤
清浄機付き24時間空調の静かな音だけが聞こえる真っ暗な空間。染谷と眠りにつくとき、黒部は自分よりも大きな染谷に包まれるように横になるのを好んだ。
そうした仕草が、染谷にはたまらなく可愛らしいと感じられた。
黒部が染谷の胸元から尋ねてくる。眠たそうな声が、また愛らしかった。
「お前は投げ銭とかしねぇのか?」
「投げ銭……そうですね。基本は聞いているだけなんで。ユメミちゃんとおとうふさんのやりとりが好きで」
「え、そう? そっか。おもしろいよな」
黒部の声が嬉しそうに弾んだ。
ああ、ビンゴだろう、これ。
染谷は確信した。おとうふさんは黒部に違いない。それが明らかになると途端に、染谷の心の内に焦りが湧いてきた。
うっわ俺、もしかして兄貴の金、貢がせてた?
貢がれて喜んでいた金は、上納金としてどうやら黒部が嫌っている本家に行ってしまっている。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
染谷はぎゅっと黒部をそれとなく抱きしめる。人肌を気持ちよさそうに味わって、黒部はふわっとあくびをした。
「お前、今日の配信は、見たか?」
「まあ……ちょっとだけ」
「あいかわらずあのユメミってのは凄いよなあ」
「え、そうですか?」
黒部に褒められて、思わず染谷の声が跳ねる。対する黒部はユメミの正体を知らないので、染谷の反応に思うところがあるのか、声が少々不機嫌になった。
「なんだよ。お前もユメミ推しか?」
「あ、や、兄貴がそんなに熱中するなんて、すごいVTuberなんだな、って」
「ああ。歳はいくつかは知らねぇが、あいつは物事の本質を見抜く目を持ってるよ。例のラーメン屋の組長の件も、内部抗争じゃないかって見抜いてた」
「実際そうなんですか?」
「たぶんな。組を辞めるなら利権をよこせとでも本家に言われたんだろう」
「あげたらよかったんじゃ?」
「店だけ渡せばすむ話じゃねぇだろ。お前のシノギと同じだ。それを回している人間込みで稼ぎが成り立ってる」
「もしかして、それで足抜けができなかったんですか?」
「そういうことだろう。取るに足らないやつなら本家に呼び出して指一本でカタをつけているはずだ。あいつはそういう相手じゃなかった。その上で、稼ぎごと本家のものにもならなかった。だから消されたんだろう。今の本家の親父はそういう点が狭量なんだ」
黒部がぎゅっと染谷の細い体に縋り付くように抱きしめた。
「慧斗。お前は、誰にも渡さねぇ。本家には、特にな」
「玲司さん……」
「何があっても俺が、俺たち が守る。なんかあったら絶対にすぐに言うんだぜ」
「うん……頼りにしてる」
染谷も黒部の固い背中に腕を回し、胸に抱くように抱き返す。
これまで、こうやって守ってくれる人など誰もいなかった。無駄に体が大きいせいで、いつも守ってくれる側を期待された。期待されて、無理と言えずに、期待されて、期待に応えて、期待されて、ますますハードルが上がって……溺れて、潰れた。
黒部は基本的に染谷に期待はしない。期待はしないが、信頼はしてくれている。その上で、面倒ごとは常に自分が引き受けようとする。
それが染谷には頼もしいと思うと同時に、そういう人を助ける意味で、なんらか自分のできることをしたいと思うようになっていた。
「ところでさ。もしそれを実際にやるとしたら、誰がやるの? 本家の組長自身が動いたりしないだろ?」
「若頭だろうな。あいつは心底親父に惚れ込んでいる。自分以外が組長に可愛がられるのが気に入らないから、奴がお気に入りに飽きた『その時』は嬉々としてじわじわ切り刻んでいくらしい」
「今回のラーメン屋は頭に銃弾ってニュースが言ってなかった?」
「一発だそうだ。それで仕留めたってことは、それだけ覚悟が決まってたって話だ。ためらいや恐れが見られない」
「こわ。サイコパスじゃん」
「わからなくはない。俺だって、お前が俺以外の誰かに懐いたら、やっちまうかもしれん。俺たちが極まった場合はめった刺しじゃねぇよ。一発だ。それが流儀ってもんだからな」
「え、それって、やきもちで?」
「そんな生やさしいもんじゃねぇよ。独占欲さ。お前は髪の一本から爪先まで、俺が手放すって言うまでは俺のもんなんだ」
それがどういう意図を持っているのか。少なくとも愛だの恋だのといった類いではないだろうというのは染谷にもわかっている。
それでも自分のものだと黒部に所有されることが嬉しかった。
「うん。いいよ、黒部さん。好きにして」
「なんだよ。可愛いこと言うじゃねぇか。今日はおとなしく寝てやろうと思ったのに、火がついちまったぜ」
黒部はするっと染谷の上にのしかかると、巧みに動きを封じて唇を奪う。その手はパジャマ代わりのバスローブの間を割って、染谷の細い腰を、足の付け根を、その間を辿った。染谷の中心はイヤラシい期待で堅く張り詰め、風呂場で散々解された体の奥は柔らかく黒部を誘惑する。
「待って。ゴムはその棚の中にあるから、つけてよ、黒部さん。そのまま寝ちゃったらお腹壊しちゃう」
「そんなこと気にならないくらい、トばしてやるよ」
にやっと笑った黒部は、再度抗議しようとする染谷の煩い唇と体をシーツの海に沈めにかかるのだった。
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