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第3話 中の人防衛戦④

 染谷は黒部が背後で見ている前で、PCを立ち上げる。まず一番最初に自動的に立ち上がるのはモザイク処理用動画編集ソフトだ。  本日の最終作業はケツに刺さった馬のナニ。  二人で無言になってしまい、染谷はすぐにソフトを終了させる。 「初めて見た。あんなもんまであるんだな」 「アブノーマルは金になるんで。スナッフもいい稼ぎになりますけど、どっちか選ぶなら、獣ちんこですよね。内臓系は苦手です」  次に立ち上げたのはオンラインの生成AIサービスと、染谷が自分のサーバーに構築したローカル生成AIソフトだ。  そこにそれぞれ簡単な指示を出してやる。一分もかからずにそれぞれが生成物を出力してくる。  染谷のPCはRAMを死ぬほど積んだ自作機なのでオンラインよりも生成は早い。ただし処理が複雑になってくればくるほど、膨大な情報モデルに対応しているオンラインサーバーの方が安定かつ高速という感じを得る。 「仕事の関係はベース情報が外に漏れると情報漏洩に繋がることがあるので、基本ローカルですべてが完結するようにしてます。経理のチェックとかもこれで。オンライン版は仕事で使うなら検索とか、メールの文章とかですかね。あとは株式系」 「株、やってんのか?」 「副業のメインといってもいいです」 「面倒なことはするなよ。お前には店の売掛がまだ残ってる。自己破産なんてされたらかなわねえ」 「AIに任せてデイトレードさせてるんですが、今のところは安定しているみたいです」  と言いながら、染谷は心の中で舌を出す。半分嘘だけど、と。  株による営業外収益分はかなり大きいが、メインというわけではなかった。ユメミのスパチャに比べれば半分以下である。 「だが、それだけじゃねえだろ? ドージンシってのは?」 「ああ、あれは……あんまり稼ぎらしい稼ぎにはなりませんけどね」  と、これも嘘だった。普通のサラリーマンが月給でもらってる程度には稼いでいる。  染谷はもともと創作経験ゼロの人間ではない。  生成AIが無かったころから手描きの同人誌は作って売っていた側の人間だ。制作と販売のノウハウは知っている。  その上で、時給ゼロのアシスタントとして生成AIを利用している。作業効率と原価が下がるのだから、質をある程度保ったまま、量を作り出すことが可能だ。  あとはその中から「売れそうなもの」を精選して、磨きをかけてやればいい。  この手順は製造業では当たり前の工程作業だった。 「ファンサイっていうのは同人誌販売サイトですよ。生成AIは売れる市場が限られてくるんですけど、そこはAIですってちゃんと申告したら販売してもいいそうで。ただ素材についてはオンライン生成AIを使いません。あれは自分が個人的にお遊びで使う程度ならいいですけど、元になる情報はほとんど著作権がついてるものをインターネット上からとってきてるんで、それを商用利用するとトラぶる可能性が高い」 「じゃあどこから学習モデルとやらを?」 「自分のこれまでのデータが多いですね。ちゃんと情報産業の法律やモラルに敏感な人じゃないと、ヤクザ仕事なんて到底任せられませんよ。ただでさえ警察が枝張ってるんですから」 「初期費用が掛かる上に、使う人間の質が重要か。その点じゃあ、お前は掘り出しもんだったな」 「ありがとうございます」  染谷は口元に笑みを見せる。それでこの話は終わりにしたかった。 「で、どんなもんを出してんだ?」  なのに黒部が興味津々でさらに聞いてくる。染谷は微かに笑顔をひきつらせて心の内であ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛と呟いていた。  隠したいのは、売れ筋が「ユメミ×中年ヤクザ」のBL本だからである。ユメミは男の娘という裏設定があるのだ。  他にも高校生、ショタ・ロリ、熟女等々シチュエーションも様々あるが、一番の売れ筋はこのBL本だ。もちろん中年ヤクザのモデルは黒部だ。  黒部を犯してみたい。  ユメミの同人誌はそんな染谷のささやかな雄の欲望を形にした姿である。黒部から叩き込まれたえげつない性技でユメミちゃんが黒部に似た40歳ヤクザをオンナノコにしてしまう内容だ。バラすわけにはいかない。  染谷はファンサイトのサイトではなく、そこへ上げるためにまとめた他の同人誌データフォルダーを開ける。わかりやすいように表示形式は大アイコンにしていた。 「ぁ……っ」  小さく口の中で呟いて染谷は手早く流れるように差しさわりのないフォルダーに切り替える。  うっかりしていた。そのフォルダーの中にユメミを作るために材料としたプロトタイプの素材をいくつか残していた。 「こんな感じ……ですかね」  と、熟女エロ本を特大アイコンで提示する。黒部は興味があるようでないような顔つきでそれを眺めていた。  あっぶねー……。  染谷は心の中でつぶやく。  一瞬だから見られているはずはない。そう自分に言い聞かせて冷静を保とうとするが、心臓がバクバク音を立てていた。 「なぁ」 「はい?」 「さっきユメミちゃんっぽいのなかったか?」  ギャー! アウトぉ~!!  染谷は心の中で叫んだ。  しっかり黒部に見られていたのだ。どう誤魔化すべきか、頭の中をフル回転させる。背中に冷たい汗がだらだらと流れていくのを感じた。 「え、その、ユメミちゃんって?」 「鳥籠(とりかご)ユメミ。雑談系の動画配信者。知ってるか?」 「あ、う、うん……知ってる、かな。見たことは、ありますよ」  知っているも何も染谷はその中の人である。  逆に黒部が彼女を知っているということの方が驚きで、先ほどの驚愕とはまた違う緊張で、心臓が高鳴っていた。 「黒部さん、ユメミちゃん知ってるんですか?」 「おおよ。配信がおもしろくてな。ここへ来る前はそれ聞いてから来るんだ」  言われて染谷はいつもここへ来る時間がタイミングよく配信が終わった直後である理由を理解する。染谷が黒部のやってくる時間にあわせているつもりだったが、黒部の方が配信を中心に動いていたのだ。  染谷は食い気味に尋ねた。 「え、リスナー? もしかしてスパチャとか投げてる?」 「投げ銭のことか? まあ、小遣い程度だがな」  ユメミの配信では「おとうふさん」がスパチャの金額平均を底上げするせいで、割と投げ銭するアカウントが決まっている。少ない数ではないが、いつも配信を見ている面子を染谷は覚えていた。 「え、え。アカウント名は?」  聞き出そうとすると、黒部が渋い顔をする。恥ずかしそうでもあり、自分のプライベートに踏み込まれることを拒むようでもあった。フェチいアバター少女に熱を上げている姿を、黒部は見せられないのだろうと染谷には思われた。 「なんだよ、お前も聞いてるのか」 「え、うん、まあ……時々だけどね」 「じゃあ教えねえ。恥ずかしいしな」  そう言って、ふいっと黒部はPCから離れる。  染谷は胸をなでおろす。もっと画像を見せろとか言われたらどうしようかと思っていたからだ。  だが今度は逆に染谷の方が黒部のアカウントについて気になってくる。  リスナーの中に何人か多分『界隈の人』がいるのは間違いない。その中で投げ銭をくれて、毎回配信を欠かさず見てくれている人というとかなり限られる。 ―――――本家の親父が興味を持ち出してな。あいつは割と狭量な人間だ。儲かるとわかれば自分の縄張りに引き込もうとしやがる。  ふと、ここで黒部の言葉を思い出す。  似たようなことを言っていた人がリスナーにもいなかっただろうか。 ―――――今の頭が割と狭量な人間らしいからな。    そうコメントしたのは誰だったか。 「……おとうふ、さん……?」  シャットダウンした黒い画面に向かって、染谷は口の中でぽそりと呟いた。

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