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第5話 全て世は大団円②

「大丈夫……ですか?」  ベッドで仰向けになったまま動けない黒部に、染谷は暖かい濡れタオルを手に尋ねた。    ベッドサイドのくずかごには、封を切られたラテックスの空と、結んで口を閉められた使用済みの中身が4つほど入っていた。  お姫様抱っこでトイレや風呂に連れていける筋力は染谷にはない。今も黒部の世話は寝たきり老人の介護のような様だ。  黒部は恥ずかしさから顔を赤くしていた。 「ネコやったのなんてのは20年ぶりなんだよ、こっちは」  その口ぶりに染谷の顔が曇る。  初めてではないのだろうとは、その反応の良さから理解はしていたけれども、実際に処女ではないと黒部本人の口から聞くと、染谷は胸の奥がもやつくのを感じた。  そんな染谷の頬へ、黒部は腕を伸ばした。 「女衒の初めてなんて、シノギの一環でしかねえよ。手管なんてものはな、実地で覚えるもんだ」 「黒部さんもその兄貴から手ほどきを?」 「まあ、な。今じゃあ普通のおっさんだけど、若い頃はそれなりに可愛かったんだぜ」 「今でも黒部さんはかわいいです」 「言ってろや」  染谷は先ほどまでのベッドでの媚態を思い出して、たまらずにぎゅっと抱きしめる。体の奥底はまだムラムラとするのだが、体力がそれに追いつかなかった。 「もっとしたい~でももう出ないぃ」 「体力つけろ。へばってんじゃねえよ、俺より若いんだろ」  染谷がさらに力を込めて情けない声を上げる。黒部はははは、と笑った。    汗と体液に濡れた体を温タオルで綺麗に清めてから、染谷はするっと黒部の傍らに寄り添う。枕を脇で支えにして、腕で頬杖をつき、髪が乱れて少し若く見える顔を染谷は見下ろした。  艶やかな長めの前髪を染谷は指先で払ってやる。本来なら甘いピロートークでも始まるところだが、出てきた黒部の声は非常に事務的だった。 「現状の問題点は3つだ」  一つは「おとうふさん」の収益の件である。  ユメミが染谷で、染谷の稼ぎの少なからずに「おとうふさん」である黒部の金が支払われている。この事実が明らかになった以上、今後の売り上げから「おとうふさん」の分は差し引かれるべきだった。 「だめですか?」 「何が悲しゅうて自腹で上納金を納めにゃならんのよ。それにな、上納金のショート分を自腹で賄ってるなんてのは、今時の会社組織じゃ流行んねえの。他のやつらだってそれができるならやりたいだろうしな。会計士がキレて示しがつかねえ」 「でもそうなると必然的に売上が下がりますよね」  それが二つ目の問題点だった。 「上納金がショートしたら必ずその点を本家の親父は聞いてくるだろうな。すでに若頭がお前の稼ぎのからくりに気づき始めてる。例の薄い本を持ってきたのはその若頭だ」 「え! ってことは、ファンサイをポチったってことですか?」 「ネット関係に本家の親父はからっきしなんでな。若頭がサポートしてんだろ。その件で一度本家にお前を連れてこいってよ。これが三つ目」 「え、何されるんですか?」 「さあな。なんにしろ、本家の親父は稼ぎを独占したがる性質(タチ)だ。今のご主人様を俺から自分に変更しろとでも迫ってくるかもしれん」 「え……やだ、マジで」 「わかってるよ。俺も死なせたくはないしな」 「そんなに絶倫?」 「真珠が三十個ほど入ってるって噂は聞いたことがあるが、しらね。それよりも若頭(本妾)が黙っちゃいねえだろ」 「ああ……」  染谷は少々青い顔で前に聞いた話を思い出す。 「本家の親父が飽きちまった玩具(オモチャ)が、その後どこにも見当たらないのは、若頭がお片付け(・・・・・)したからだってのがもっぱらの噂だ」 「うっ……わ」 「なんとかしてお前の興味を本家から逸らさなきゃならんのと、減った収益分を新たなシノギで取り戻さなきゃならん。それが目下の大きな問題でな。なんかいい案はあるか?」  首だけを染谷に向けて黒部が尋ねる。  染谷は眉間に皺を寄せて少し考えこんでから、ちらっと黒部を見た。 「エロ配信……なんてのがあるんですけど?」 「なんだそれ?」  染谷は黒部の耳元に顔を寄せ、ごにょごにょと内容を口にする。一瞬にして表情が凍った黒部の顔が、溶けるに従ってだんだん苦虫を噛んだように歪んでいった。 「それ……お前」 「顔出しはしません。あとその特徴的な入れ墨も加工で消します」 「できんの?」 「生成AIを使えば。今時の技術なら、たぶん素人目にはわかりませんよ」 「それって、お前のそのなまっちょろい体をマッチョにしたりとか、できんの?」 「大人の玩具レビューしてみたときは結構加工したんですけど、肉付きのいい体が気持ちよくなってるのはかなり評価高かったですよ」  染谷はつつつ、と黒部の割れた厚い胸板から綺麗に割れた腹筋へ長い指を這わせていく。さっきまで忘れていた卑猥な渦火に火照っていた体がピクッと震えた。熱い吐息が唇からこぼれて、婀娜っぽい。染谷はその姿に先ほどまでの黒部の乱れっぷりを思い出す。  大衆の目に触れさせるのはもったいない。そう思う一方で、これが俺のかわいいご主人様なんだぞ、と見せびらかしたい気持ちもある。複雑だった。 「俺一人じゃ二人用の玩具(オモチャ)とか、レビューできないんですよねえ。でも黒部さんの身体で一緒に試したら、きっともっと稼げると思うんだけどなあ」 「ふん。いっぱしの女衒の口ぶりしやがって」  黒部は腕を伸ばして染谷の後頭部へ手をかける。ぐいっと染谷は引き寄せられて、唇ががっしりと噛み合った。しっとりと舌を互いの口腔内に忍ばせて、こってりと交わし合う。  唇が離れた後、染谷は黒部の身体にのしかかり、年齢の割にたるみのない滑らかな肌にネコのように頬ずりした。 「AIなんかで誤魔化さずに、風呂場にお姫様抱っこで連れていけるくらいに鍛えろ」 「善処しますよ。それより、本家の件なんですが」  染谷は黒部の上で顔を上げる。黒部の顔には「めんどくさい」という文字がありありと浮かんでいた。 「ああ、そっちな。どうすっかな」 「それなんですけど。前に黒部さん、ラーメン屋をヤッたのは若頭とか言ってましたよね」 「言った」 「それって、間違いなく?」 「さあな。あの店にはカメラがあって、サツの方で中身を調べてるが、相手は死角を狙ってやったらしい」 「それって、どこ情報?」 「内緒。だがまあそうだろう。そうじゃなかったとしても叩けばいくらでも鉄くさい埃が出てくる身体だよ、あいつは」 「知り合い?」 「兄貴の手ほどきを受けたって意味では兄弟分(・・・)かな」 「ああ、そういう関係」 「仕える先が悪かったんだ。俺とは違って、ずいぶん古風な任侠の道を歩んでる。それは自分でもわかってるから、細心の注意を払って尻尾は決して掴ませねえ。やつの首を狙ってるサツの野郎はうようよいるしな」 「ふうん……」  染谷は再度黒部の胸元にすりっと顔を寄せた。 「ねえ、黒部さん」 「ん?」 「現場になってるラーメン屋って、さ。もう普通に入れたりするのかな?」 「……検証は終わってるだろうから、入れねえことはないだろうが……何考えてる?」 「ワルイコト」 「危ないまねだけはすんなよ」 「大丈夫。あと、警察に渡ってるカメラ画像とか、見られたりしない?」 「できなくはないが……おい、本当になに……っん」  それ以上、黒部は言葉を続けることができなかった。染谷の大きな身体にすっぽりと包まれるようにして抱きしめられ、キスで黒部のおしゃべりは封じられたからだ。  長い指先が肌を撫で、その指を追うように染谷は布団の中へ潜り込む。  黒部は少々身じろいだが、彼のイイトコロを知った染谷の手管に溺れる。  染谷はそのまま黒部の身体のあちこちに口づけて、キスは下へ下へと深く身体を潜っていった。

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