18 / 18
第5話 全て世は大団円④
はめ殺しの大きなガラス窓の側で長身を包む黒のスーツ姿が周辺の都市部が放射線状に彼方へ広がっている眼下を見下ろす。昨今の界隈では手に入れることができないその場所でも、新体制の本家が手に入れられるのは、新しい組長の手腕によるものだ。
大きな長机と整然と揃えられた椅子が並ぶその大きな会議室には染谷しかいない。その片隅でポケット灰皿を片手に紙煙草に火をつけた。
ふうっと吐いた白い煙が天井に設置された清浄機能付き空調に吸い込まれていく。禁煙が叫ばれる昨今ではあるが、新事務所は喫煙可にするようにという点についてだけ、新組長は譲らなかった。
そこへ会議室の外から黒部が入ってくる。いつも通り髪をなで上げる男っぷりに一部の隙もない。
彼は染谷の姿を見つけると、静かに歩み寄ってきて、窓の外を眺めた。
「煙草、俺にもくれ」
「加熱式煙草に変えたんじゃないんですか?」
「願掛けしてかえてただけだ。親父が本家に入るまでのな」
にやり、と黒部が笑う。
染谷はジャケットの中からソフトケースを取り出し、黒部がそこから一本引き抜いて口に咥える。ライターを差しだそうと染谷はポケットを探る。黒部はくいっと指先を曲げて、染谷耳を貸せと言わんばかりのジェスチャーをした。
顔を寄せる。煙草の先と先がふれあって、淡い火種の熱が黒部の煙草に火をつけた。
染谷の少し癖のある長い髪が黒部の額に触れて黒部が少し上目遣いで染谷を見た。
「切らねえのか?」
「組長に媚びる必要はもうないんだからいいでしょ。それに黒部さん、長い方が好きでしょ?」
染谷がにやっと笑う。二人同時に吐き出した紫煙が、お互いの顔にかかった。
ラーメン屋店長殺害事件。
この事件を受けて若頭が逮捕され、これを絶好の機会と睨んだ公安がここぞとばかりに今まで内偵を続けていた事件の裏を取り始めた。そこから多くが組長の指示の元、若頭が実行していたことが明らかとなり、二人は揃って逮捕となった。
黒部は吐き捨てるように言う。
「危ない橋は下っ端にやらせりゃいいものを、他人に任せられねえってところも、狭量なんだよ」
彼らは本家での地位を失った。
空席には以前から力を蓄えてきた黒部の組長 が就いた。若頭は同系列で共に冷や飯を食っていた別の組の組長がなった。黒部の組の若頭がオヤジの跡を継いで現在の組の組長になり、繰り上がりで黒部は若頭になった。
そして染谷は子分 から舎弟 になった。
といっても配信者の稼ぎはますます収益を上げていたのでやめるわけにはいかない。界隈組織との繋がりを知られる訳にはいかないので、組員になったことは世間的には内緒だった。
「映ってるはずはない。そう言ったんだそうだ」
ふうっと白い煙をため息と共に吐き出して黒部が言った。染谷は彼にポケット灰皿を差し出す。二人でとんとん、と灰を落とした。
店内で発砲された拳銃の弾丸が店長の頭を打ち抜く写真。
取調室内で若頭の目の前に突きつけられたものだ。
付き添った弁護士が黙秘を勧めていたのに、若頭は動揺を隠せずに思わず叫んでしまった。
「なぜ映っているはずがないのか」
「それを写したはずのカメラがダミー、だから」
黒部は染谷にちらりと視線を向けた。
逮捕劇があった数週間前。
事件のあったラーメン店に染谷は黒部と訪れていた。そこでラーメン店にはカメラが二つあったこと、一つは動作していたがもう一つは偽物であったことを染谷は知った。
マスコミがどこかからリークを受けた写真は動作していた方のカメラから。犯人はカメラの画角を把握していて、死角になる場所から犯行に及んでいた。
もう一つの『動作していないカメラ』がもし作動していたら、確実に犯行の一部始終を記録できる場所だった。若頭が警察から見せられた写真は『そのカメラからとられた写真』だったのだ。
「どのカメラが動いていて、どのカメラが動いていないのか。それを知っているのは限られてる」
「店主か、店員か、設置業者か、事件の現場聴取をとった警察か……」
「……犯行の事前下見で入り込んだ犯人、およびその関係者、か」
「墓穴を掘ったんだ、あいつは」
匿名で警察へ送ってこられたその写真を生成AIで作り出したのは染谷である。黒部と共に店へ入ったとき、その写真をでっち上げる前提で黒部には内緒で現場の資料を集め、状況を念入りに確認して作り上げた。
AIに作らせるだけなら荒が目立つものだが、そこは染谷 の編集である。素人目にはちょっとやそっとではそれが捏造されたものかどうかなどの区別はもはやつかない。
もともと情報提供の出自が怪しい証拠品ではあるので裁判には使えない。だとしても、勾留延長ぐらいにはなる。その間にこれまで警察が固めてきた別事件で、比較的固い案件から起訴していく。それくらいの甲斐性が警察にもあるだろうと期待していた。
その結果彼らが刑務所に入ろうが入るまいが染谷にはどうでもよかった。
要は醜聞と勾留で組織内の求心力を失わせ、本家から追い落としたかったのである。
もともと組織の中には今の組長に対する反発があることは黒部より聞かされていた。あとはどのタイミングで、誰がその渦火に風を吹き込むか。それだけだったのである。
短くなった煙草を染谷の持っているポケット灰皿に煙草を押し消す。
「……危ないことはすんな……」
黒部は肉食獣がうなるような低い声でぼそ、っと言った。
若頭に仕掛けた写真の工作について誰にも、黒部にも言っていない。若頭が知ればその系列に命を狙われることになるからだ。しかしそのあたりを黒部はお見通しのようだった。
「……かなわないなあ」
染谷は苦笑いすると、最後に一吸して短くなった煙草をポケット灰皿に煙草を押し消す。
部屋から出て行こうとする黒部の背を、染谷は犬のように追ったのだった。
(終)
ともだちにシェアしよう!

