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【最終話】オレンジ色の嘘と、溺愛の先に

「圭、もっと本格的に俺の会社で働きたい? それとも、別の道を探したい?」 輝の言葉に、少しだけ息を呑んだ。 「俺は……」 「うん」 輝の真剣な瞳を見つめると、自然と息が詰まるような感覚になる。 ――俺は、どんな未来を描きたいんだろう。 「……輝の会社で、もっと働きたい」 「本当に?」 「ああ。シンガポールの会議でも、少しだけど役に立てたと思うし」 「当たり前だよ。圭、すごく頼りになった」 「もっと……輝の役に立ちたい」 輝が微笑む。その笑顔を見るだけで、胸の奥が熱くなる。 「じゃあ、正式に社員としてうちに入ってもらおうかな。ちゃんと給料も出すし、仕事も任せる」 「……社員に、俺を?」 「もちろん。圭は“俺の恋人”だけじゃなくて、“一人の人間”としても尊敬してるから」 そう言って、輝が手を握る。 「これからは、ビジネスパートナーとしても、人生のパートナーとしても……ずっと一緒にいよう」 「ああ、一緒にいような」 この瞬間、ようやく自分の居場所を見つけた気がした。 「圭、俺といてくれてありがとう。お前がいたから、俺は人を本当に愛することを学べた」 「ふっ……遅ぇよ」 「遅くても、間に合っただろ」 その言葉に、自然と涙がにじんだ。 過去の痛みも、笑われた記憶も、もうどうでもよかった。 * そして俺は、輝の会社で正式に働き始めた。 最初は緊張の連続だったけれど、少しずつ仕事の流れを覚えていった。 データ分析、資料作成、クライアントとの打ち合わせ――どれも新鮮で充実していた。 「圭、この資料、完璧だよ」 「……ありがとう」 「本当に助かってる。うちのチームには、もう圭が欠かせないな」 社員たちも優しくて、少しずつ馴染んでいった。 「五十嵐さんの仕事、丁寧で助かります」 そう言われたとき、心の底から嬉しかった。 ――ある夜。 仕事を終えて、輝と一緒に帰宅した。 「お疲れ様」 「……お疲れ様」 二人でソファに座って、ワインを飲む。 「圭、最近すごく生き生きしてるね」 「そうかな」 「うん。仕事、楽しい?」 「……ああ。楽しいよ」 それが、心からの本音だった。 「よかった」 輝が、俺を抱き寄せる。 「……輝」 「ん?」 「ありがとう」 「何が?」 「全部」 俺は、輝の胸に顔を埋めた。 「輝が俺を救ってくれた」 「救うなんて、大げさだよ」 「……でも、本当なんだ」 あの頃の俺は、ボロボロだった。 ブラック企業で働いて、借金に追われて。 毎日が、辛かった。 でも――輝が現れて、全てが変わった。 「……圭、あの時は本当にごめん」 「もういい。今があるから」 キスを交わすたびに、過去の痛みが少しずつ消えていく。 * それから数年後。 俺は、輝の会社で正式な役職をもらった。 副社長として、輝を支える立場。 ある週末、今度こそ二人で高校の同窓会に参加した。 会場の照明が柔らかく揺れる。 懐かしい顔が笑い合い、グラスがぶつかる音が響いていた。 「ねぇ、安堂くんだよね! 前回来なかったじゃん。元気だった?」 「ああ、久しぶり」 笑い声、話題、視線――あの頃と同じ。 そして、輝の隣に俺がいる。 「え、五十嵐!? 嘘でしょ、あの五十嵐?」 「まさか二人で来るなんて……!」 ざわめきが広がる。 誰もが信じられないような顔をしていた。 昔、俺を笑っていた連中の視線が、一斉にこちらへ向く。 輝は一歩前に出て、ゆっくりと口を開いた。 「紹介するよ。五十嵐圭は俺の大切な人だ」 一瞬、会場の空気が止まった。 誰かが息を呑み、グラスを握る音だけが聞こえる。 「昔、俺はくだらない冗談で圭を傷つけた。本気で好きだったのに、怖くて、笑いに変えるしかなかった」 その声には、真剣さと悔しさが滲んでいた。 俺の胸の奥で、何かがほどける音がした。 「でも、もう隠さないよ。俺は、あのときからずっと圭が好きだ。十年以上かかったけど、ようやく皆の前でも言える」 ざわめきが再び広がる。 「マジで?」「すご……」という声が混じり合う中で、輝が俺の手を取った。 その指が温かい。 会場の隅で、昔俺を笑った女子がこっそり囁く。 「……五十嵐、綺麗になったね」 「安堂、あんな顔するんだ……」 輝はただ静かに微笑んで、俺の手を強く握った。 「行こう、圭」 「ああ」 会場を後にして、オレンジ色に染まる夕暮れの中を歩く。 あの日、輝に告白された教室を思い出す。 そして今――俺たちは、本当の意味で結ばれている。 「なあ、輝」 「ん?」 「……幸せだよ。俺、今」 「これからも、ずっと幸せにするから」 「……ああ」 「圭のこと、一生離さない」 「……っ」 その言葉が、不思議と怖くなかった。 輝に依存していることも、 輝なしでは生きられないことも―― それでいいんだと、今は素直に思える。 「愛してる」 輝が、そっと耳元で囁く。 その声は、静かに心の奥へ染み込んでいく。 「……俺も」 これから先、どんな未来が待っているのかはわからない。 けれど――輝となら、大丈夫だ。 その確信だけが、今の俺を支えている。 二人で歩く、未来へ。 End. 【あとがき】 ――完結しました。 ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。 圭と輝の十年越しの物語を見届けてもらえたこと、心から感謝しています。 彼らの“贖い”と“愛”が、誰かの胸にそっと残りますように。

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