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七話 デートの誘い
翌日、仕事が始まる少し前の時間に、雨下はレストランへやってきた。手には昨日に引き続き、雨下の所有するブランドのショッパー。但し、今日は一つだけで、小さい紙バッグだ。
「やあ、神足くん。お疲れ様」
「雨下さん――店長に用事……では、ないようですね」
「ああ。もちろん、用があるのは君だよ。神足くん。ほら、手入れの道具をあげるって、言っただろう?」
「あー……。そのことなんですが……」
ニコニコ顔で紙袋を掲げる雨下に、俺は溜め息とともに自分の気持ちを吐き出した。
「雨下さん、悪いとは思ったんですが、靴の値段、調べました。あんな高い靴、十二足も頂けないです。スニーカーだって過分だと思うのに」
「え? だってあれは、示談金の代わりだよ? むしろ安いと思うけどなあ」
「そ――そんなこと、ないと思いますけど」
あまりにもハッキリと言われ、少し自信がなくなる。確かに示談金の代わりなのだから……。でも、あんなに高価な靴……。
「いや、やっぱり、あんな高い靴、持て余します。俺のファッション見れば解るでしょ? 雨下さんアパレルの社長さんなんだから」
「うん? んー。なるほど。つまり――」
「はい」
足元から頭まで念入りに見つめられ、少し恥ずかしくなる。だが、これで雨下も納得するだろう。
「つまり、ジーンズやパンツも、プレゼントした方が良いということだ」
「なんて?」
は? 何言ってんだ、この人。
雨下はニコニコ顔で、俺のことを見ている。
「次は服も持ってくるね♥ 神足くん」
「いやいやいや。おかしいだろっ!?」
ツッコミながら全力で否定するものの、雨下は聞く耳を持たないようだった。
結局、十二足の靴は俺の元にあるままに、雨下からは謎のプレゼント攻撃をされ続けることになったのだった。
◆ ◆ ◆
「店長、あの人なんとかならないんですか……」
げんなりとした気持ちでそう吐き出した俺に、斎藤さんは苦笑いして肩を竦める。
「アハハ……。悪いヤツじゃないんだよ……。悪いヤツじゃ……。それに、プレゼントされてるだけだろ? 貰っちゃいな。雨下も好きでやってるだけだからさ」
「そういうわけにいかないですって」
雨下のプレゼント攻撃は、ずっと続いている。靴から始まったこの行動は、靴下、スラックスと下半身を重点的に攻めたあと、トータルコーディネートが悪いと思ったのか、セーターやカットソー、シャツにジャケットと続き、鞄やら帽子にまで派生している。スカーフとか使い方分からんし要らないのだが。
「気にせずフリマサイトとかで売っちゃえば良いのに」
「俺に似合いそうだって持ってきたの、売るのは……」
「ハハ。神足くん、イイコだからなあ」
「そんなんじゃないですけど」
「雨下のヤツも、神足くんが気に入ったんだよ。アイツも忙しいヤツだし、そのうち治まるさ」
「だと良いんですけど」
すでに、殺風景で狭かった俺の部屋は、ちょっとしたアパレルショップみたいなことになっている。そろそろ置場所もないし、いい加減にして欲しい。
そんなことを考えていると、噂をしていたからか、店に雨下がやって来た。最近、この男は開店十分前にやって来て、俺と二、三会話し、ワインとアペリティフだけを楽しんで帰っていく。そして大抵、手土産付きだ。
「神足くん、斎藤。また来たよ」
「……いらっしゃいませ」
また服を持ってきたのかと、一瞬警戒したが、手にしていたのは小さな袋だ。なんとなくホッとする。
「よう雨下。今日は良いエビ入ってるよ」
「お。じゃあ、それにしよう。これ、神足くんにね」
「またですか……」
もはや「ありがとうございます」すら言う気力もなく、げんなりと受けとる。受け取り拒否したいが、押し問答している方が長引くと、学んでしまった。
雨下は見た目は柔和で穏やかだが、自分の意思を押し通すタイプだ。
「それ、冷蔵庫入れておいて。プリンだから」
「えっ。プリンなんですか?」
想定外のプレゼントに、思わずパッと顔を明るくする。すると、雨下は目を丸くして、してやられたという顔になった。
「なんだ。神足くんはプリンの方が嬉しいの?」
「そりゃあ、まあ……」
靴や服に比べたら、プリンの方が気が楽だ。それに、消えるももの方が良い。
「それ、今度出すお店のプリンなんだ。黒をテーマにしたスイーツショップでね。それも、黒いプリン」
「へえーっ。楽しみ。ありがとうございます、雨下さん」
「次はカーディガン持ってくるよ。可愛いのがあるんだ」
「……アリガトウゴザイマス」
その言葉に、一気にテンションが下がって、思わず声にのせてしまう。斎藤さんが横で笑っていた。
「なーんで、服は嫌かなあ?」
「嫌というか、もうたくさん貰ってますし、置く場所もないんですけど」
「でも神足くん、全然着てくれないじゃない」
「うっ。それは……」
指摘された通り、俺は雨下から貰った服を、殆ど着ていない。俺みたいな貧乏な男が着るには、上質過ぎる気がするし、なんとなく落ち着かなくなる。誰かが見ているんじゃないかと思うのは、自意識過剰だとは思う。
けれど、中身の伴わない、外側だけを取り繕うようなファッションは、なんだか嫌だった。
少なくとも、俺は雨下が持ってきた服に、見合う男である自信はない。
「あんな服、着ていく場所ないですし。そんな機会もないですから」
「ええ? でもほら、デートとか」
「彼女居ないんで」
逆に、居ると思っていたんだろうか。女子がみんな、お金ばかりを気にするわけじゃないだろうけど、何しろ俺には遊ぶような時間がない。
「そうなの? じゃあ、僕とデートしようよ」
「はい?」
一瞬、なにを言われたのか理解できなかった。
雨下はニコニコ顔で俺を見ている。
今、コイツはなんと言った?
「だから、僕とデートしよう? そうすれば服も着てくれそうだし―――」
「ば―――馬鹿なんです?」
少なからず動揺して、声が上ずる。一瞬、脚にキスをされたことを、思い出した。
「だいたい、俺、忙しいんです。バイトもあるし……」
「でも、休業日あるでしょ?」
「掛け持ちしてるんで。こことコンビニと配送業」
「ええっ? 身体、壊しちゃうよ?」
「大丈夫です――今のところ」
「もしかして、斎藤が給料安くしてる?」
小声で聞いてくる雨下に、呆れて「やめてください」と目を細めた。ちゃんと給料はもらっているし、良くしてもらっている。風評被害だ。
「とにかく、一度くらい、プレゼントした服を着て見せてよ。夜空いてる日はないの?」
ニッコリと笑みを浮かべ、雨下がそう言う。彼が押しが強いのは、俺ももう分かっている。こうなってしまえば、頷くまで動かないだろう。たとえ、俺の予定が空くのが半年先でも、雨下は待つのだろうと、なんとなく分かってしまった。
ハァと溜め息を吐いて、スマートフォンを取り出す。ほとんど毎日を働いているが、ごく稀に、ポツンと予定が空くことがあった。そう言うときは、今までは珍しい休日だと、家で勉強する時間に当てていたのだが。
(まあ、飯食うくらいだろ?)
それなら、そんなに遅くなることもないだろう。そう判断して俺は、しぶしぶ了承したのだった。
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