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十六話 それからの日々

 雨下は驚くほど、普通だった。あんなことがあった次の日も、『セレンディピア』にやって来ていつも通り過ごしていったし、いつものようにプレゼントも持ってきた。  ただ、一度プリンを喜んだせいなのか、プレゼントはケーキだった。食べ物相手では断る気にもなれず、素直に受けとる俺に、雨下はやけにニコニコと笑う。 (あんな変態なのに、そうは見えないよな)  と、半ば八つ当たりのような感想を持つ。何も知らなければ、雨下は誠実で『いい人』に見える。いや、そういう側面もあるけど―――。  とにかく、変態は治らないし、罪深い。  それに付き合ってしまった俺も俺だが。  ケーキの箱を冷蔵庫にしまわせてもらっていると、斎藤さんが背後から声をかけてきた。 「|雨下《アイツ》も仕方ないやつだよな。本当。迷惑じゃない? 大丈夫?」  斎藤さんの発言に、俺は一瞬困ってしまった。 「だ―――大丈夫ですよ。良くしてもらってます」  とっさに口から出た言葉に、自分でも動揺する。 (ま、まあ、飯おごってくれるし、悪いやつじゃない……はず)  そう思いながらも、雨下自身が『悪い大人』だと形容したのを思い出す。そうかと問われれば、間違いなく、『悪い大人』だ。 (こういうの、パパ活とか言うんだろうか……)  雨下はまだ若いけれど、歳上の男とデートまがいのことをして、身体を触らせるのは、もしかしたらそういうことなのかもしれない。  少しだけ早まったかもしれないと後悔が湧く。 「そう言えば、新しいバイト、見つかったの?」  斎藤さんの言葉に、ドキリとした。 「あっ、その。それが」  問いかけに、用意していた答えを口にする。金銭をもらう以上、何らかの形にしないとね。と、雨下が言い出したことだった。 「掃除―――することになって。その、雨下さんの家……」 「え? そうなの?」 「な、成り行きで……」 「なんだ。そういうことなら、アイツも言ってくれれば良かったのに」  斎藤さんは雨下が俺の脚でオナニーしていることなど、想像もしていないのだろう。善良な顔で、笑っている。 「遠慮せず、いっぱいもらっちゃいな?」 「アハハ……。そうします」  渇いた笑いをこぼしながら、俺の胸は罪悪感だけが渦巻いていた。    ◆   ◆   ◆  俺の扱いは、雨下のハウスキーパーという形に落ち着いた。実際には雨下の家には業者が清掃に入っているし、雨下自身も部屋をきれいに保っているので、清掃の必要性は感じない。  既に登録されたマンションのロックを解除して、雨下の部屋の前に行く。  今日俺は、自分の脚を売りに行く。 (正確には、脚と良心だけど)  だが不思議と、尊厳までは売っていない気がする。俺自身が雨下とのこの行為を、半分ほど認めてしまっているからだろう。 「いらっしゃい。縁くん」 「どうも……」  穏やかな笑みに、微かな欲望を滲ませて、雨下が笑う。ここに来るのは一週間ぶりだ。雨下は今日は家で仕事をしていたらしく、ゆったりとしたオフホワイトのニットに、スウェットというカジュアルなスタイルだった。雨下のこういう格好は、初めて見るかも知れない。 「デリバリー頼んだんだ。食事、まだでしょ? 先に軽く食べる?」  雨下が俺の耳元で、ささやく。 「後からにしようか?」 「っ……、あ、後から、で」  何のあとなのか、含みを持って囁かれ、ゾクゾクと背筋が震えた。 「じゃあ、そうしようか―――シャワー、使うでしょ?」 「う、うん」  カァ、と頬が熱くなる。なんでもないやり取りのはずなのに、何故かやけに気恥ずかしい。 (くそっ……。雨下相手に……)  歳上の男相手に、どうしてドギマギさせられているのか。自分でも分からない。  恥ずかしいのをごまかすように、足早にバスルームに向かう。何故か雨下がついてきた。 「? なに?」 「脱ぐところ、見たいなと思って」 「―――は?」  一瞬、何を言われたかわからなかったが、当然のように相手は雨下なので、どうせ靴下を脱ぐところを見たいだけである。  あきれつつ羽織ってたシャツを脱ぎ捨て、Tシャツを脱いだところで、雨下の視線を感じて思わず身をよじる。 「どうして隠すの?」 「アンタが好きなのは脚だろ」 「まあ、脚は好きだけど」 「見るなよ」 「この前も見たのに」  クスリ、笑う声が、なんとなく落ち着かない。雨下のねっとりとした視線が、肌を滑っていく。 「今度、洗っても良い?」 「……勝手にしろ」  ズボンを脱ぎ捨て、そう返す。  どうせ雨下は、自分がそうしたいと思えば、それを叶えてきた男だ。自分の意見を押し通す方法を、彼は良く知っている。

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