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十八話 牛丼がいつでも食えるくらいの人生

 脚が、オイルと精液のせいでぬるぬるする。雨下の唇が足の指をちゅぽんと咥えるのを見ながら、喉を鳴らす。 「はぁ……、っ、はぁ……」 「縁くん、もしかして、脚……弱い……?」  返事の代わりに枕を投げつければ、肯定と同じで。雨下は嬉しそうにクスクスと笑う。 「デリカシー、ないぞ……っ」 「どうせなら気持ち良くしたいじゃない。一人だけじゃ味気ないでしょ?」 「ノンデリ男は、モテ……ねえよっ……んぁっ、バカッ」  土踏まずの辺りを舐め上げられ、ゾクゾクと肩を揺らす。雨下のせいで、全身が敏感になっている。 「そうなんだよ。僕、けっこうモテないんだよ。第一印象は悪くないらしいんだけど」 「どうせ、脚ばっか……見てんだろ……」 「はは。正解」  俺の悪態に笑う、雨下の声が、何故か心地良い。  脚を愛撫されながら、俺はほとんど無意識に、バスローブの裾に手を伸ばす。既にはち切れんばかりに勃起して、先端から蜜を溢す自身のモノに、指を伸ばす。 「っ……ん」  雨下の視線が、僅かにこちらを向く。ジロリと睨み付けると、肩を竦めて視線を外す。 (ああ―――何やってんだか……)  頭の中の冷静な部分が、そう呼び掛ける。けれど、本能はもう火がついていて、止められそうにない。  先端を引っ掻き、先走りの粘液とともに鬼頭を撫でる。雨下の手は、快感だけでなく、安心感も与えてくる。 「んっ……、ふっ……」  吐息とともに、罪悪感を吐き出す。雨下に見えないよう、なんとなく身体を捩るけれど、本当は見えている気もする。だが、それさえも興奮になって、俺の脳を溶かしていく。 「っ、は―――…」  雨下の低い声が、鼓膜を擽る。雨下も、二度目の絶頂に向けて、俺の足に肉棒を擦り付けている。  男二人の荒い息が、部屋の中に充満している。雨下の香水の匂い。精液の匂い。倒錯的な風景に、頭がおかしくなりそうだ。 「んっ……、ふ、んぁ……」  くちゅくちゅと、濡れた音が響く。 (雨下……っ)  目の前にいる男の名を、呼びそうになって、唇を噛む。  俺が手の中に放つのと同時に、雨下は太股に精液をかけた。    ◆   ◆   ◆  丼の上に、良い香りをさせながら牛肉とタマネギが乗っている。アクセントの紅しょうがも欠かせない。茶色い食い物は大抵、美味いと決まっている。 (久し振りの……牛丼……!)  滅多に出来ない贅沢である牛丼が、目の前にある。早く食べろと急かすように、俺を匂いで誘っている。 「……いただきます」  箸に手を伸ばし、肉と米を一緒に頬張る。甘辛の味付け、出汁の風味―――美味い。  ゆっくりと咀嚼しながら、じっくり味わう。  久し振りに牛丼にありついている理由は、雨下からの振込があったからに他ならない。参考書も新しいものを買えたし、当面の心配はなくなった。お陰で、並みとはいえ牛丼が食える。 (はぁ……。幸せだ……)  雨下に良い飯を奢ってもらっても、やっぱり俺にとっての贅沢は、たまに食べる牛丼なんだとあらためて思う。お金の不安がなくなると、現金なもので、雨下との変態行為の罪悪感は、薄れていく。 (やっぱり、金だよな)  と、あらためて社会の縮図を思い知る。なんとか大学を卒業して、そこそこの会社で良いから就職したい。お金の心配をする生活から脱して、いつでも牛丼が食えるくらいの金を持っていたい。  人並みに、生きたい。  まあ、そのためにも、まずは大学を出ることなんだけど。  今はまだ良いが、就活が始まればバイトどころじゃないかもしれない。雨下には悪い―――いや、悪くもないか。が、今のうちにお金を貯めさせてもらって、備えておきたい。  雨下も、当面は飽きることもないだろう。 (まあ、斎藤さんにバレたら、終わりそうだけど……)  常識人のレストラン店主である、バイト先の上司は、雨下のこの暴挙を知ったら、きっと俺を守るために動くだろう。親友の雨下を怒るだろうし、俺にはそんなことをするなと、諭すに違いない。  ゆえに、この関係は、二人だけの秘密なのだ。  雨下の『バイト』は週に一度。背徳的な行為に、罪悪感はあれど嫌悪感はない。雨下は暴力的ではないし、脚にしか興味がなければ貞操の心配もない。  週に一度。  俺は脚を、売りに行く。

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