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十九話 友人
朝にバイト、夕方と夜にバイトに明け暮れる俺だが、当然、日中は大学に行っている。コンビニのバイトがなくなり、雨下との契約が増えたことで、今はその勤労生活にも少しだけ余裕が出来た。おかげで、その時間に勉強をすることが出来る。
(俺の頭がもう少しマシなら、違ったのかな)
同じ大学生でも、やっていることは色々違う。ゼミやサークルに勤しむヤツ、飲み会や合コンに命をかけてるヤツ、趣味に全力のヤツもいるし、既に起業してるなんてヤツもいる。雨下の場合は、在学中の起業だったらしい。その会社も、今は売り払って手元にはない。
雨下は金持ちらしく、金の稼ぎ方をわかっている男だった。面白そうなもの、将来性があるものには惜しみなく投資をするし、自分でも新しいものを次々と作る。そして、あっさりと手放す。
その、自分が関わったものをいとも容易く手放せる感覚が、現代の投資家らしいセンスなのだろう。
(そういや、俺にも出資するか聞いてきたな……)
『何かやりたいことがあるなら、お金なら出すよ?』
というのは、別に俺にだけでなくとも言うのだろう。きっと雨下は色々な人に声をかけ、企画をさせ、良い企画なら金を出す。そういうビジネスマンなのだ。
俺はその問いかけに、なにも答えられなかった。
母に言われるままに大学を目指し、遺言に従って卒業するのが目的で、やりたいことなど考えたことも、考える余裕もない。受け身なつもりはないけれど、野心を育てるほど、余裕がなかった。
好きなものも、好きなこともわからない。牛丼は好きだけど、じゃあ牛丼屋をやるかと聞かれれば、首をひねるし、既に大手が出そろっている中、敢えて専門店をやってみたいとも思えない。
(まあ、高級牛丼専門店なら、ウケるかもな)
流行とトレンドを追う人間には、受けるかも知れないが、俺がやりたいことかと聞かれれば、やっぱり頷けない。
テキストを机の上で揃えながら、授業の準備をする。真新しい参考書は、なんとなく気分が良い。
窓のすぐそばの席で、のんびりと風を感じていると、不意に真横に誰かが座った。この授業は参加者が少ないので、席はまばらに開いている。隣同士で座るのは、大抵、仲が良いからだ。
一体、なんだ? と視線を向けると、人懐っこそうな雰囲気の青年が、こちらを見ていた。スポーツでもやっているのか、身体に厚みがある。顔は童顔。女にモテそうな雰囲気は、ちょっと遊んでそうでもある。ファッションはこだわりがありそうで、少し個性的だ。
「なあ、それ。|Baretoes《ベアトーズ》のスニーカーだよな?」
「えっ? あ、はい」
反射的に返事をすると、青年はニカッと白い歯を見せて「やっぱり!」と笑う。
「それ、人気で買えなかったんだよ! 良いなあ。やっぱりカッコいい。好きなの?」
「あ、まあ、気に入ってますけど……。貰い物なので」
ぐいぐい来られるのが苦手な俺としては、ちょっと苦手なタイプだ。どうやら彼は、雨下のブランドである|Baretoes《ベアトーズ》のファンらしい。もしかしたら衣装も、|Baretoes《ベアトーズ》なのだろうか。詳しくないからわからない。
今日の俺のファッションは、スニーカーは雨下から貰った。|Baretoes《ベアトーズ》。インナーは同じく雨下から貰った|足跡美学《ソクセキビガク》。シャツはモノクロのセール品、パンツは同じくモノクロのセール品である。なんとなく、自分のスタイルというものが分かってきた感じだ。
「貰い物かあ。センス良い。良いよな、|Baretoes《ベアトーズ》。カッコいいし、履きやすいし。あ、すげーおしゃべりしておいて今さらだけど、オレ、|小井手葉《こいで よう》」
「あ……。神足、縁です」
同学年に(他の学年にもいないが)知り合いなど居なかったので、なんとなくむず痒い。他人の会話から、なんとなく名前を知っている人はいるが、こうして誰かと雑談をするのは、学校では殆どなかった。
「メッセ交換しようよ。結構、授業一緒だよ?」
「え? そうなの? 知らなかった」
どうやら他の授業でも、姿を見ていたらしい。遠目で|Baretoes《ベアトーズ》のスニーカーではないかと気がついて、声をかけるタイミングを探っていたようだ。
(あと十一足あると言ったら、どんな顔をするんだろうな……)
もしかしたら、彼が俺の、大学での初めての友人ということになるのだろうか。
「オレ、靴が好きでさ。特にスニーカー。|Baretoes《ベアトーズ》の靴ってこだわりがすごいんだよ。あ、知ってた?」
「知らなかったけど(想像はついたな……)」
「『|裸足の爪先《ベアトーズ》』なんて名前だし、靴を愛してるんだよな、きっと」
いや、靴というか、脚な。
というツッコミを呑み込んで、俺は純真な眼差しの友人、小井手と出会ったのだった。
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