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二十二話 二日酔いと優越感

 なんとなく頭がボンヤリと痛い気がするのは、昨晩飲んだ酒のせいだろうか。 「……これが噂の二日酔い」  ずっしりと頭が重くなったような痛みに、眉を寄せる。布団の中に転がったまま、畳の上で充電していたスマートフォンに手を伸ばした。『二日酔い 対策』と検索して、真偽の怪しい情報を斜め読みしながら、のそりと起き上がる。酒のせいで熱かったためか、布団は殆どかかっていなかった。お陰で、なんとなく身体が冷えてしまった。 (でも、まあ。楽しかったな)  牛丼以上の出費は痛かったが、得るものはそれ以上だったと思う。  一番意外だったことは、バイト仲間たちからの評価が一転したことだろう。彼女たちからすれば、俺はバイトを掛け持ちしてるくせに、靴の一足も買えない怪しいヤツだったのだろうが、まともな友人がいる普通の男に格上げされたようだ。友人がいるということは、社会的な信用度が違うようになるのだろう。  俺自身、俺という人間の中身は変わっていないはずなのに、妙に変化を感じている。 (それもこれも、雨下のお陰―――か……)  そう言えば、昨夜は偶然だが雨下に逢ったことが、なんとなく嬉しかった。ここのところ『セレンディピア』で逢うことが少なく、少し気になっていたのだ。尤も、明日にも再び雨下に逢う予定ではある。  明日は、脚を売る日だ。 「……」  なんとなく、手を伸ばし足に触れる。雨下の手とは違って、何も感じない。雨下が触れたときは、ザワザワとした感触が這い上がってきて、どうしようもなく、所在ない感覚になってしまうのに。    ◆   ◆   ◆  雨下のマンションに着くと、教えられている手順で扉を開く。マンションのセキュリティというのには、いまだに慣れない。雨下の部屋の扉は静脈による認証らしく、俺のものも登録されている。鍵を回さないで扉を開けるのは、アナログな人間には落ち着かない。  部屋を訪ねると、雨下はいつも待っている。この日は在宅勤務にしているらしく、書斎にはパソコンが開いており、コーヒーの香りが漂っていた。 「いらっしゃい。先日ぶりだね」 「この前はワインご馳走様でした。おかげで酔いましたけど」  苦笑しながら礼を言うと、雨下は「二日酔いになった?」と笑う。先日、小井手との飲み会の際、雨下がワインを一本おごってくれたのだ。雨下がお勧めしてくれたワインは、飲み口がよく美味しいが、酔いも早かった。 「昨日は一日中、頭痛がしてました。ラムネが効くって聞いてコンビニに買いに行きましたよ……」 「ああ、なんか良いらしいね。水分もとらないと駄目だよ? 今日は大丈夫?」 「はい。もう全然、平気です。二日酔いの最中はもうお酒は良いかなって思ってたのに、治っちゃうとまた行きたいかもって思えるのなんなんですかね」 「はは。楽しい飲み会だったみたいだね」 「人生初飲み会だったんで」  鞄を下ろしながらそう言う俺の肩に、雨下が手を置く。 「僕が最初じゃないの?」  耳元に囁かれ、ドキリと心臓が跳ねた。雨下と『デート』したときの話をしているのだろう。 「あっ、あれは―――雨下とは、なんか、飲み会じゃないじゃん……」 「んー。じゃあ、今度は飲み会しようか? 居酒屋さんで」 「良いっすけど……『セレンディピア』じゃないの?」 「まあ、『セレンディピア』でも良いんだけど―――」  雨下が腰に手を回す。 「縁くんに触ったりしたら、マズイでしょ?」  クスリ。笑う声が鼓膜を擽る。  それは、斎藤さんの目があるから、だろうか。  カァ、と頬が熱くなる。 「あのなぁ……」  誤魔化すようにそう悪態を吐いて、上着を脱いだ。  雨下の下心が、俺に向いている。その、優越感に酔いそうだった。

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