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第72話 覗き見
このところ、セスはリュナのことばかりを考えていた。特に夜は。部屋から外出する人はほとんどおらず、おそらく皆がセスと同じように、何らかの物思いにふける時間になっている。
リュナのことを考える度に、何度もこれは情欲ではないと自分に言い聞かせた。そのために、彼と出会ったばかりの頃、彼がおかしくなる前のことを思い出していた。祈りながら泣いていた彼。涙が伝う頬を、セスは世界で一番美しいものと思いながら見つめていた。
彼の心がおかしくなって、自分たちの間に徹底的な壁が作られてからは、そんなことを思い出そうともしなかった。それが今になって心を占めるのは、リュナの姿が建物のどこにも見えないからだった。
別に行方不明というわけじゃない。ただ、部屋にこもりきりで姿を見せない。しかも、「ちょっと体調を崩しちゃっただけ。大丈夫だよ」と言い切ってみせたのは、彼があれほど憎んでいたヴィオだった。
この歪な日常を、周囲の人間は誰も気にしていないようだった。彼の存在を忘れたかのように過ごしている。たまに思い出したとしても、口さがない噂をするばかりだ。狂って幽閉されたとか、ヴィオから仕返しを受けているだとか。セスにも「いいように使われ、挙句の果てに暴言をはかれたくらいだ。いなくなってスッキリしたんじゃないか」と言ってくる者がいて、閉口するしかなかった。
「でも俺、この前見たよ」
またある者は、小声で、名前を出してはいけない者のように彼を扱った。
儀式めいた礼拝も講義もなくなり、各々が日中を好きなように過ごしていた。体を動かした後は、たいてい中庭で花を見ながら休憩し、噂話だ。
「肝試し代わりに棚に行った時なんだけどさ。青白くてふらふらして、まるで幽霊みたいな有様だったね」
いい肝試しになったと、彼は話を締めくくった。棚までたどり着けたかどうかは分からない。
リュナがいなくても、この施設は日常を回していく。荒れ果てると思っていたが、規律は守られたままだった。
というのも、罰や贖いは、依然として存在しているからだ。
ケリーがひどい怪我を負っているのを、セスはリュナの部屋で見つけた。リュナの様子を確かめようとして入ったのに、彼本人の姿はなかった。
怪我は酷いといっても見た目と出血量の問題で、たいていは擦り傷や切り傷。命にかかわるものではないようだった。しかしケリーはひどく怯えていた。何があったのか訊ねても、「化け物がいた」と言いながら震えるだけだ。
事の顛末を、今やここの中心人物になっているヴィオに報告する。彼は全て知っていたと微笑んだ。
「彼は、今まで受けていなかった罰を、今受けたんだよ」
表向きは平穏な日常。しかしやはりどこかがおかしい。リュナが表舞台から姿を消しておかしくなった。
セスには度胸がない。しかし今回ばかりは、何が起こっているかを確かめたかった。リュナがいないとなっては、ヴィオを探るしかない。
彼の様子を見ていたが、昼間は庭仕事をしたり談笑したりと、いたって普通だ。彼が何かをしているはずの夜を待った。部屋に行く。最初は真相を確かめようというくらいの軽い気持ちだった。
そこに化け物がいた。顔も体も彼のまま。けれど手首から先が溶けだして、赤黒くうねる何かを作り出していた。肌をはう。その度に苦しそうな声が聞こえる。やがてふたつの影がひとつに重なり、そういう生物にすら見えた。
「あっ、あぁっ、あんっ」
苦しそうな声?違う、あれは……。
思わずセスは後ずさる。足音を立ててしまう。
「相変わらず覗いてるんだ」
ヴィオの顔と声をした化け物が言う。
目の前の化け物しか見ていなかったリュナも、こちらに気づいた。瞳が潤んで、今にも溶けだしてしまいそうだった。その代わりに揺すられると涙をこぼす。
初めて会った時から、リュナを美しい人だと思っていた。神に身を捧げる清らかな人だと。自分に抱いてほしいと迫ってきた時は、真面目すぎるがゆえに思い詰めてしまったのだと、少し人肌が恋しいだけで、また敬虔な彼に戻るのだと考えていた。
なのに、今のこの姿はなんだ?
一度歯車が狂ってからおかしくなってしまった。彼を慕ってくるヴィオを戯れに痛めつけだしたのもそうだ。
そして姿を見せなくなったと思っ、たら挙句の果てにはこちらを向いて彼の上に座り、見せつけるように脚を開いている。
「あっ……あぁ……きもちいい……っ」
「素直に口に出せて、いい子だね。でも、もっと気持ちよくなれるよね?」
「うんっ、あ、そこぉっ、いい、あんっ」
見たくない。逃げ出したい。そう思っているはずなのに、セスは彼の痴態から目を反らせない。
「ほら、リュナ、ちゃんと見てもらえてるよ。夢中になって見てる」
「んっ、みてて……あっ」
触手に両脚を持ち上げられると、繋がっている部分がまる見えだった。視線にすら感じているのか震えていた。中に出されていた白濁がどろりとあふれる。蓋をするかのように再度性器で串刺しにされ、声を上げた。
「あぁっ!」
感じすぎている。何かを求めるように口を開き、甘い吐息が漏れる。上下に許されると勃ち上がった彼の性器も揺れ、だらだらと先走りをこぼした。セスはそれを拭こうとしたのか、それとも――――。
「ひぃっ、や、あぁ……っ!」
先に触手が性器の根元をぎゅっと握った。吐精しかけた快感は行き場を失い、後孔を収縮させる。見せつけられるだけ見せつけられ、触るなと取り上げられたようなものだった。
「何しようとしたの?」
「わ、私は、ただ彼が苦しそうだから……」
「これが苦しそうに見える?」
「あぁんっ」
どれだけ犯されていたのか。挿入も抽挿も全てがスムーズで、突き上げられる度にぐちゃぐちゃと水音がする。感じているりのが痛みではないのは明らかだった。
「あんたがただ触りたかっただけだろ」
「そんなこと……!」
「だったら、それは何?」
指さされたのは下半身だった。苦しそうに布地を持ち上げている。リュナの痴態に反応していた。
「セスはさ、妹と男の情事を見たんだってね。それで怒りに任せて男を殴った」
「まさか……リュナが言ったんですか」
「言うはずないでしょ。どこまで信頼してないの。おれが言いたいのはそんなことじゃなくてさ……妹を犯した男を殴ろうとした時、感じていたのは怒りだった?」
伸ばされた触手で勃起していた性器をつつかれる。力を入れたら潰される。そんな本能的な恐怖から身がすくんだ。
「興奮してたんじゃないの?人のそういう姿を盗み見てさ。で、それを隠したくて殴ったんだ」
「ちが……っ!」
「じゃあ、これはどう説明するの?」
「……っ!」
彼はぐりぐりと、弄ぶようにそこを弄った。しかしいつかのリュナのように楽しそうにするでもなく、目には軽蔑が滲んでいる。
「今まで勃たなかったはずなのにね。特殊なプレイならこうなっちゃうんだ。おれたちが異常だっていうなら、セスも同類だよ」
侮辱され弄ばれ、もう耐えられなかった。リュナを助け出そうという大義名分はなくなった。セスはその場をすぐに走り去る。
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