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第3話 スマホ越しの恋、始めました

side 瑞樹 「カット!――日向(ひなた)くん、いいよ、そのまま!」 スタジオに拍手がパチパチと響く。 眩しいライトに囲まれて、カメラのフラッシュがピカッと瞬くたび、今日もまた“完璧な日向瑞樹《ひなたみずき》”を演じきった――はず。 ふぅ、と胸の奥で小さくため息。 売れっ子俳優。みんなが憧れる若手スター、爽やか王子――。 世間の評価、全部俺の“演技力”のおかげだ。 ……とか言っても、誰も信じてくれないんだよな。 正直なところ、本当の俺はいつもクタクタで、ちょっとヘロヘロ。 「……もう少し気楽にやれたらいいのにな」 なんて、誰にも言えない心の声をぼそっとつぶやきながら、俺はスタジオの外の光に目をやった。 帰りの送迎車の後部座席。窓ガラスに映る自分の顔をぼんやり眺めていると、ときどき「え、俺こんなに疲れてたっけ……?」ってくらい虚ろで――。 朝五時に起きて、情報番組の生放送からスタート。 午後は撮影現場でリハーサルと本番。合間には雑誌の取材対応。 カメラの前では、まるで人が違うみたいに、 「将来の目標」とか「役作りのこだわり」とかを、爽やかに語る俺。 「日向さんって、ほんと努力家ですよね!」 「いえいえ、そんなことないですよ」 だけど、これが仕事。完璧な“日向瑞樹”を続けることが、俺の役目だ。 でも時々、心の中で「もう少し普通にさせてくれよ」って、ちょっとだけわがままを言いたくなる。 誰も“素の俺”を知らない。 “日向瑞樹”じゃない俺を、好きって言ってくれる人、どこかにいないかな……なんて。 夜、ようやく自宅にたどり着くころには、全身が鉛みたいに重い。 最近引っ越したばかりのマンションはピカピカで、防音もしっかりしてるのが決め手だった。 外出中はキャップを深くかぶって、マスクで顔を隠すのがもう習慣みたいになってる。 部屋に戻って、ソファーに沈み込むと、やっと肩の力が抜けた。 そんな日々の中で、唯一ホッとできる瞬間。スマホを取り出して、いつものサイトにアクセスする。 ――こんばんは、リョウです。今日も一人で、まったり過ごしてるよ。みんなお疲れ様! 画面の向こうには、顔は見えないけれど声だけで胸がドキドキする配信者――リョウ。 チャット欄が一気に動く。 『リョウくん今日もかわいい』 『その声、好き』 『仕事お疲れ様!』 ――みんな、ちゃんとごはん食べた? その柔らかい声がイヤホンから流れる瞬間、 心臓が「ドクン」って鳴る。 俺もいつものハンドルネーム“ひゅーが”でコメントを打つ。 『ひゅーが:リョウ、お疲れ。今日も会えて嬉しいよ』 画面の向こうで、リョウがその声に反応してくれるかと思うと、心臓が飛び出そうなくらいに早鐘を打つ。 ――あ、ひゅーが。お疲れ様、ありがとう。 「……っ!」 名前呼び。認知されてる……!? 仕事で何百人の前に立っても平気なのに、 推しに名前呼ばれただけで息が止まるとかさぁ……。 ――そうそう、今日はちょっと手抜きでコンビニ弁当で、おやつは……シュークリームを一個だけ。 シュークリーム。なんか、リョウっぽい。 ――疲れてるときのちょっとした甘いものって、すごく幸せ感じるんだよね。 「……わかる」 つい、口に出して呟いてしまう。 俺の場合、甘いものより――この配信を見てる時間のほうが、ずっと幸せだけどな。 ――こうやってみんなと笑える時間があると、俺も頑張った一日が報われる気がするよ。 俺も、リョウの声を聞くと、今日の疲れも全部吹き飛ぶ気がする。 一人部屋でにやにやしながら、ちょっと恥ずかしくて、でも止められない。 配信が進むにつれ、リョウの声が少しずつ甘くなっていく。 「リョウ……」 画面越しなのに、まるで手を伸ばせば届きそうで―― 思わず指先が、スマホのディスプレイをそっとなぞっていた。

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