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第1話
「とうとうやっちまいましたね、アニキ……」
「おうよ。これで俺たちも人生勝ち組だぜ、ヤス」
三連休ど真ん中の日曜日。
駅郊外のショッピングモールは家族連れでごった返していた。
チンピラ歴三年目のヤスは、アニキと慕う先輩チンピラとともに、この混雑に乗じてひとりの赤ん坊を誘拐した。
母親がベビーカーから目を離し、他の母親と話をしている隙を狙った犯行だった。
誘拐の目的はむろん身代金。
赤ん坊のジャンパーの裏には、ご丁寧に名前と、090から始まる電話番号が書いてあった。
二人はニヤリと含み笑った。
赤ん坊はヤスの腕の中でまだすやすやと寝息を立てている。
誘拐は初めてでドキドキしたが、思いのほか楽に大金が手に入りそうでヤスは安堵した。
「それで、いくら要求するんスか?」
「そうだな。法外すぎてもアレだから、ここは二千万くらいが妥当なんじゃねえかな」
「自分もいいセンだと思うっス」
アジトに帰ると、二人はさっそく母親のものと思しき電話番号にショートメールを送ることにした。
『お前のむす』
打つ途中でヤスの指が止まる。
「アニキ、そいつ男っスか、女っスか?」
「えーっと……ミニーちゃんの服着てるから女だな」
「了解っス」
『お前の娘を誘拐した。返して欲しくば二千万用意しろ。期限は』
また指が止まる。
「アニキぃ、期限ていつぐらいっスか?」
「そうだな。明日とか言われても困るだろうから、一週間以内にしとけ」
「了解っス!」
『〜期限は一週間以内だ。振込先の口座番号は1234567。警察には通報するな。すれば娘の命はないぞ』
「こんなんでどうスか?」
「おお、いいんじゃねえか誘拐犯ぽくて。特にこの『命はないぞ』のくだりとか、緊迫感あってイイ」
「まじスか⁉︎ 文章褒められるなんて小学校の作文以来っス!」
ウキウキとメールを送るとほどなくして返信が来た。
『息子は無事なんですね⁉︎ わかりました、お金はご用意します。警察にも誰にも言いません、お約束します。だから、どうか、どうか、息子の命だけはお助け下さい』
「息子って書いてあるっスね」
「あっ本当だ、付いていやがる。紛らわしい服着せんじゃねえよ!」
アニキの大声に驚いたのか、赤ん坊の目が開いた。瞬間、
「ひんぎゃああああああ‼︎‼︎」
鬼のギャン泣きが始まった。
「あわわわわ、どうしましょうアニキ!」
「知らねぇよ、何とかしろヤス! そうだ歌だ、歌でも歌え!」
「えええ歌っスかぁ⁉︎ ……あー、あ、あーるー晴れたー、ひーるー下がりー……」
「あんぎゃあああああああ!」
「アニキぃ、だめっスぅ〜」
「バカ、なんでドナドナなんだよ!」
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