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第二話 契り②

「上がったぜ」    いつの間にか、シャワーの音はやんでいた。寝室の入り口に七瀬が立っている。初めて見るパジャマに身を包み、恥ずかしそうに俯いている。   「……うん」    高校時代、若さに任せて猿みたいにヤリまくっていたというのに、初体験なんてとっくの昔に済ませてしまっているのに、なぜだかひどく神聖な気持ちになった。初夜を迎える新婚夫婦は、きっとみんなこんな気持ちになるのだろうと、妙な共感を抱いた。  一歩一歩、バージンロードを歩くみたいに、七瀬がベッドへ近づいてくる。少しばかりぎこちない足取りが、慣れないドレスを引きずる花嫁のようにさえ思えた。   「お、俺も、シャワー浴びてこよっかなぁ~?」    胸が高鳴りっぱなしで苦しくて、ついそんな軽口を叩いてしまった。七瀬は黙って首を横に振る。  とうとう辿り着いてしまう。マットレスを沈ませて、七瀬がベッドに腰掛ける。瞬介に体を預け、そっと寄り添うようにしながら、身を横たえた。七瀬の重みに身を委ね、瞬介も体を倒した。  ゆっくりと上下する胸の上に、七瀬が頭をのせる。甘えるように、頬をすり寄せる。徐々に早くなる心臓の鼓動は、とっくにバレてしまっている。  七瀬はおもむろに顔を上げ、瞬介を見下ろした。赤らんだ目元。黒い睫毛。潤んだ瞳と視線が絡む。艶のある唇がゆるりと開く。   「おれだって、ずっと考えてたんだぜ」    甘く濡れた唇が重なる。   「お前の唇、お前とするキス、どんな風かって」    再び、啄まれる。ちゅっ、ちゅっ、と触れては離れ、離れては触れ、柔く甘い唇が、何度も優しく押し当てられる。   「想像より、ずっといい」    口の端に甘く吸い付きながら、七瀬はうっとりと息を漏らした。   「気持ちいい、な? 瞬介」 「っっ……」    衝動的に噛み付いていた。七瀬の唇を丸ごと頬張りながら、舌をねじ込んで口内を貪る。歯列をなぞり、上顎を撫ぜ、溶けかけのチョコレートみたいな舌を探り当て、絡め取って、溢れ出る唾液を飲み干した。  七瀬の腰が揺れている。七瀬の熱が、瞬介の熱に重なる。布越しにでも、その熱の在処が分かる。  揺れる腰を抱き寄せた。七瀬は僅かな抵抗を見せ、けれどもすぐに、瞬介の腕に身を委ねた。  手触りのいい寝間着。ウエストのゴムに指を引っ掛けて脱がした。下着にも手を入れて、けれど完全には脱がさず、尻のあわいに指を這わせた。   「ッ、ぁ……」    キスの合間に漏れる吐息を絡め取る。甘く潤んだ窄まりは、瞬介の指に吸い付いて、誘うように疼いた。誘われるまま、ちゅぷ、と音を立てて指先を沈める。   「ぁ、ンっ……」    漏れる声は甘やかに蕩けていく。舌先だけを交わらせて弄んで、瞬介も火照った息を漏らした。   「濡れてら」    揶揄したつもりはなかったが、七瀬にとっては羞恥を煽る言葉だったらしい。ただでさえ上気した頬に朱を注いだ。潤んだ蕾が震えながら締め付ける。   「指だけで、気持ちいいの?」    むきになって否定すると思ったのに、七瀬はおずおずと頷いた。   「きもち、いい……瞬介……」    その瞬間だ。理性の弾け飛ぶ音がした。浅瀬を揺蕩っていた指先を、奥の方までねじ入れた。  こいつって、こんなに可愛かったっけ? こんなに素直だったっけ。大人になったから? 十年ぶりだから? いや、きっと、心を確かめ合ったからだ。心が通じ合ったからだ。だから、こんなにも、狂おしいほど愛おしい。   「や゛っ、ア……しゅ、ン、やだッ……!」 「なんで? 気持ちいんだろ」 「きもち、から……っ、ゆびでイクの、いやだ……ッ」 「……」    潤んだ声でそんなことを言われては、ますます張り切って指を抜き差ししてしまう。こいつのイイところはどこだったろうかと、ぐちゅぐちゅと淫らな音を響かせながら、吸い付く肉襞を掻き分けて探る。   「あ、ア゛……やッ、そこ……」    そういえば、確かにこんな具合だった。お腹側の、浅瀬と深みの中間ほどにある、ほんの僅かな膨らみ。まずは優しく揉んでやると、性感の昂りに伴い主張を増してくるので、少しずつ力を強めて、押し潰すように捏ねてやる。二本の指で挟み込みながら、粘着く体液を撫で付けて擦ってやれば、七瀬はもう堪らないという風にかぶりを振った。黒髪がさらりと靡いて、瞬介の頬を掠める。初めて嗅ぐシャンプーが香った。   「なぁ、俺のも脱がしてくれる?」    重なった熱が、じっとりと湿ってきていた。七瀬は震える手でベルトを外す。前を寛げ、スラックスを下ろし、下着をずらせば、窮屈な場所に閉じ込められていた分身が、勢いよく飛び出した。  七瀬の瞳に、淫靡な灯が宿る。切れ切れに喘いでばかりいた唇を、真っ赤に蕩けた舌が舐める。口の端を濡らす吐息が悩ましい。   「まとめて擦って。一緒にイきてぇ」 「ん……っ」    濡れた睫毛を震わせた。はち切れんばかりの二つの熱を、七瀬の滑らかな手が包む。   「ぁ、きもち……お前の手、あったけぇ」 「おまえの、も……すげぇ、あちぃ……」 「もっと……っ、つよくしても、いいぜ」 「ッ、けど……あんま、つよいと……っ」    七瀬は、片手に二人分の熱を握りしめながら、自らの熱を擦り付けるように、ゆるゆると腰を動かした。意図的か衝動的かに関わらず、快楽に突き動かされたその行動は、瞬介を昂らせるには十分すぎた。  あの七瀬が、強がりで、負けん気ばかりが強くて、いつだって澄ました表情を崩さない七瀬が、自らの快楽を追いかけて、はしたなく腰を振っているのだ。壮絶なまでに煽情的。掻き立てられないわけがない。   「気持ちい? 俺の」 「きもち、からっ……もっとしろ……っ」 「どっちが気持ちいの?」 「どっち、もっ……うしろ、もっと……ッ」    腰をくねらせ、蕩けた熱を擦り付ける。互いの零した先走り汁が混ざり合い、くちゅくちゅと淫靡な音を立てる。  後ろに咥え込んだ指先が性感帯に届くよう、導くように腰をくねらす。ローションと分泌液とが混ざり合い、くちゅくちゅと淫靡な音を立てる。瞬介の指を使って自慰行為をしているようなものだ。七瀬に自覚はあるのだろうか。腰を振る度、蜜が散る。  だんだんと、腰の動きが早くなる。余裕なく痙攣し始める。後ろの穴の様子からも、限界が近いと分かる。  瞬介も腰を動かし、下から突き上げるようにして、七瀬を揺さぶった。片手で七瀬の腰を押さえ、反対の手で胎内を掻き混ぜる。  喘ぎが嬌声に変わっていく。七瀬はもう、自らの姿勢を保つこともできない。腰だけを高く上げて、悩ましげに揺らめかせる。   「もッ、いく、いっちまう、瞬介ェ……」 「いくらでもイけよ。そのためにやってんだから」 「ッ、あ……しゅんすけ、……ッ」    悩ましげに開かれる唇。半ばほど伏せられた瞼。睫毛の向こうに覗く瞳。七瀬の本当に言いたいこと。求めているもの。今なら分かる。何だってしてあげられる。  差し出された舌に吸い付いた。ちゅうッ、と舌を絡めて、吸って、溢れる吐息まで飲み干した。  次の瞬間、七瀬は果てた。ビクビクと腰を跳ね、瞬介の指を締め付けて、濃厚な精を思い切り飛ばした。シャツの裾がとろりと濡れた。   「は、ァ……っ」    余韻に腰を震わせて、胎内も痙攣がやまない。七瀬はぐったりとして息を切らしながら、瞬介の胸に頭を預け、身をもたれた。心臓の鼓動が重なり、波音のように広がっていく。  呼吸が落ち着くのを待たず、瞬介は体を起こした。結び目を緩めてネクタイを解き、シャツもスラックスも脱ぎ捨てた。パジャマのボタンに手をかけて、一つずつ外して脱がす。生まれたままの姿になって、真っ新な肌を重ね合わせる。  汗ばんだ肌がしっとりと吸い付く。十年ぶりだというのに、あの頃とちっとも変わらない。太腿に手を這わせ、そっと足を開かせた。   「ぁ……」    七瀬の瞳が揺れる。不安と期待とが綯い交ぜになっている。それでも、おずおずと足を開く。瞬介の腰に足を絡ませ、抱き寄せた。   「……来い」    瞬介は生唾を飲み込んだ。ぬるりと切っ先を突き立てれば、吸い込まれるように沈んでいく。とにかく熱い。柔らかい。今にも溶けてしまいそうだ。腰が痺れて甘く震えた。   「んぁ、ア……っ」    胎内を暴かれる苦痛と快楽に、七瀬は切れ切れに喘ぎを漏らした。身を捩って、腰をくねらす。瞬介のものを、最後まで迎え入れる。   「んん゛……」    きつく結ばれた睫毛が揺れる。噛みしめられた唇が震える。白い額に玉のような汗が浮かぶ。張り付いた前髪を梳かすと、密かに顰められた眉が露わになる。皺の寄った眉根を指先でそっと撫でる。   「っ、ふ……」    ゆるりと瞼が持ち上がる。瞬介の影を健気に映した瞳が覗く。春先に花が綻ぶように、柔らかく緩められた。   「お前の、だな」    うっとりと頬を染め、下腹部を撫でる。   「昔のまんまだ」    七瀬のそこだって、あの頃のまま。十年前とちっとも変わらない。切ないまでの懐かしさと、封印していた過去の記憶とが、色鮮やかに甦る。熱いものが込み上げて胸を満たす。今にも溢れ出してしまう。   「好きだぜ」    柔く微笑み、七瀬は言った。   「愛してくれよ」 「……っとに、お前は……!」    柳腰を掴む手に力が入った。衝動に突き動かされ、激しく腰を打ち付ける。  突き上げる度、黒髪が散る。しなやかな肢体が仰け反って、毬のように跳ねる。引き抜こうとすれば、切なげに身が捩れる。追いかけるように腰が揺れる。誘惑に応えて、再び奥を責め立てる。温かな涙が散って、瞬介の頬を濡らした。   「もう、一生……お前さえいりゃあいいんだ、俺」    思わず口走ると、抱擁を求めるように七瀬が両手を伸ばしてくるので、瞬介はきつく抱きしめた。七瀬の両手が背中に回る。甘い指先が絡み付く。   「おれだって……お前さえいれば、それでよかったんだぜ」 「う、ん……うん……」 「やっと同じ気持ちになれたな、おれたち」 「っ……好き、だよ」    好きだった。愛していた。瞬介の胸に収まって、身を委ねてくれる七瀬が、心底愛おしかった。ずっと昔から分かっていたのに、足踏みばかり、遠回りばかりを繰り返して、この場所へ辿り着くまでに十年もかかってしまった。  きっと他人は嗤うだろう。自分でもそう思う。あの頃は若く、愚かだった。選び取るべきもの、捨て去るべきもの、何も分かっていなかった。  けれども、今こうして、あるべき場所に戻ってこられた。その奇跡だけで、十分だった。他にはもう、何もいらない。   「なぁ、もうっ……おれもう、イク……っ」 「俺も、だから……一緒にイッて、七瀬」 「んンっ……」    物言いたげな唇に覗く、艶めく舌。深い深い、口づけを交わした。舌を突き立て、唾液を撫で付けて舌を絡ませ、口腔内を掻き回す。熱い。甘い。唾液の糸が交錯する。欲望と快楽とが、瞬く間に織り上げられていく。  頭に響く振動。粘着いた水音。神経が焼き切れて、余計な感覚が遮断される。ただ七瀬に触れ、七瀬と交わる感覚だけが、鋭敏に尖っていく。  抱きしめた体が震える。胎内が痙攣する。頭の奥が真っ白に痺れて、もう何も分からない。最奥に放った迸りが、七瀬の体温に溶けていく。  唇を離せば、七瀬の舌に唾液が引いた。煌めく銀糸がどこに繋がっているかといえば、瞬介の唇だ。とろりと光を反射して、濃厚な唾液の糸は、しばらく切れることはなかった。

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