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第1話 子どもを拾ったはずなんだ
不時着したとおぼしき円盤から這い出てきたのは、メタル色をしたスライム。水銀のような生き物だった。
俺はそれを「燃料が漏れただけ」と勘違いし、生き物だと認識しなかった。近づいてみるとぐにゃぐにゃと蠢き出し、姿を変えていく。石ころから枯葉、枯葉から小枝。小枝からキノコ。キノコから樹木へと。周囲にあるものに変化していく。
次は呆然としている俺に変化した。
……正確には、俺の半分以下。小さな子どもの姿だったが。
水銀スライムはそれで変化を止めた。両足を引きずり、手で這って俺の足元までやってくる。
「……」
冷や汗を流す俺を見上げながら、小さな手はシューズを叩く。
完全に頭真っ白になっていた俺は逃げる選択肢も浮かばず、ただ目を落としていただけ。
小さな子どもは、俺の足を這いあがってきた。
悲鳴を上げてぶん投げなかったのは、愛らしい顔をしていたからだろう。恐怖はそれほどでもなかった。
小さい子どもは俺の顔面にへばりつく。
「……ぶはあ!」
「うあー」
呼吸ができなくなってきた辺りで、ようやく俺の脳みそは動き出した。子どもを引き剥がす。
「なんだ……コレは」
「あうあーおうおー」
俺の言葉を真似しようとしたのだと感じた。触れていると、不思議とこの生物の感情が流れ込んでくるようで。
敵意はないと、分かってしまう。
「……どうしよう、これ」
「あううあ、うあー」
無邪気に俺の言葉を真似しようとする生き物。
見なかったフリをして帰ろうか。それが一番いい気がする。
適当な木の根元に置くと、俺は身を翻した。
帰ろう。そして今日見たことは忘れて寝よう。
夕陽が痛いほど目に刺さるなか、せっせと下山していく。
「……」
ちらっと後ろを見ると、子どもはずいずいと這ってついてくる。楽しそうに。
まるで俺は自分を置いてったりしない。遊んでいるだけだと信じ切っている表情で。
(動物に化けてくれたら、こんな気持ちにならなかったのに)
ため息をつくと、子どもを抱き上げた。
にぱーと輝く笑顔。なにがそんなに嬉しいのか。
俺は、ソレを抱いたまま山を去った。キノコ狩りにきたのに、収穫がスライムとか意味わからんかったが。
「ひとまず警察に……。なんて説明すれば」
受話器を持ったまま、俺は項垂れていた。
「円盤からスライムが出てきたんです」「きっと宇宙人です」と言えばいいのか? お医者さん呼ばれそう。
「山で子どもを見つけて。拾って、保護したと言えばいいか」
年齢は三~四歳くらいで。目は青いんですけど、と説明内容を頭で整理しながら黒電話のダイヤルを回そうとして、ふと振り返った。
俺の部屋のベッドの上に、観葉植物が乗っかっている。俺の頭は「???」で埋め尽くされた。ゴトンと受話器が落ちる。
「あれ? あの子どもは⁉」
ベッドの上にあるのは、部屋の隅に置いてあるものと全く同じ葉っぱ。土。植木鉢。
だが俺が近づくと、植木鉢は子どもに変化した。
「……なんなんだ。こいつ。メ〇モンかよ」
「あうあうあー。あうう。え〇おおあう」
全裸だったので俺の服を着せてある。引きずるので裾はお尻の上で結んで。ちょうどいい長さに。
両腕を伸ばしてぽいんぽいんと跳ねている。ベッドで跳ねないで。
咄嗟に抱き上げると、はむはむとシャツを食べようとしてくる。食べないで。
シャツを引っ張ると、よだれでべちょべちょだった。くそが。
(警察呼んでも。観葉植物に化けられると説明が難しいな)
観葉植物を子どもと思い込んでいるヤバい奴と思われ、お医者さん呼ばれそう。
「……はあ」
「ああ」
ベッドに腰掛け、子どもは膝に乗せる。木登りが楽しいのか、俺の顔まで這い上がってきた。俺の頭に乗っかると、動かなくなる。
(下りれなくなったのか?)
子どもを掴んで膝に乗せると、また這い上がろうとシャツを掴む。俺をよじ登って、頭の上でじっとする。俺が膝まで下ろすと、また……。
(遊んでるだけだな。こいつ)
ぺっと枕の上に投げると、俺は晩飯を作りに台所へ。
食材を冷蔵庫から引っ張り出していると、視線を感じる。
振り返ると、子どもが二本足で立っていた。両腕を伸ばし、よたよたと俺の元まで歩いてくる。
「お前、歩けるようになったのか?」
「おおお、あううえうええうあっあおあ」
つい我が子が立ったような感動を覚えかけたが違う違う。しかもこいつは人間ですらない。
コアラのように、俺の右足にしがみついてきた。
服を掴んで、子どもを顔の高さまで持ち上げる。
「なあ。お前。名前とか無いの?」
「ああ。おああ。ああうああううう」
「……」
駄目だこりゃ。
床に置くと野菜のカットを開始した。トントントンと響く台所で、子どもは俺の尻まで這い上がってくる。木登りやめてね。
フライパンに油を垂らし、安かった豚肉と野菜を炒めていく。
子どもは引っ越し用のヒモで背中に括り付けた。邪魔だったんで。たまにじたばた手足を動かすが、俺が喋らない限り静かなもので。たまに存在を忘れかけた。
「食べるかな?」
箸で野菜とお肉と口元に持って行くが、子どもは口を開けない。それどころか皿に変化され、俺はため息をつくしかなかった。
座布団の上に乗った皿と食卓を囲んで、俺は晩飯をもむもむと食む。うまい。
『この光は隕石だったのではないかと――』
「ん?」
ニュースキャスターが見覚えのある山の上空の映像を差して、なにやら説明している。記録された映像では、光が山に落ちていく。俺は死ぬほど嫌な予感がした。
「……これって」
俺がのんきにキノコ狩りをしていた山だな。私有地なので毎年持ち主(母のお姉さん)に許可をもらって。山に入らせてもらっている。採ったキノコは干して乾燥させると、いい出汁になってくれるのだ。
ニュースはすぐ天気予報に切り替わったが、俺はしばらく画面から目を離せなかった。
食べ終えた皿を洗い、入浴。
水を嫌がるかと思ったが、子どもは大人しく俺とお湯に浸かっている。
「気持ちいいか?」
「いいおあああ」
ずっと皿のままだったので食器洗剤で洗おうとしたら子どもの姿に戻りやがったのだ。子どもを洗剤で洗う気にはなれなかったため、共に入ることに。
「お前、なんなんだよ。宇宙人、なのか?」
「おああ、あうあうあう。ううういう、あうう」
「……」
泳ぎ回ることもなく、俺にぴったりくっついている。溺れるのが怖いのだろうか。好奇心から手を放したらどうなるのかと考えたが、実行はできなかった。もし怒らせても怖いし。
「俺の名前はほとり。お前は?」
目線を合わせ、ゆっくりと名乗ってみる。もしかしたら名乗り返すんじゃないかと思って。
「あううおおい。おあああ」
(ダメか)
舌打ちしたい気分だった。
冷静になると、どうしてスライムとお風呂に入っているのか。
頬をつついてみるとにぱーっと笑う。でもこれ、人間から見れば笑っているだけで、こいつからすれば怒りの表情だったらどうしようか。
(……嫌だったら、嫌そうな行動を取るだろ)
しかし俺から離れないな。寂しがり屋の宇宙スライム?
段ボールに詰めてNASAに送りつけたい気分だった。
風呂から上がり、ミチ(適当に名付けた)に寝間着を巻きつける。電気を消し、風呂であれこれ考えて疲れた俺は早々にベッドに潜り込んだ。
座布団の上で座り込んでいたミチだったが、横になることも瞼を閉ざすこともしなかった。
朝を迎える。
目を覚ますとテレビの音が耳に入り込んできた。寝ぼけ切った頭で「テレビ消さずに寝たのかな」と思っていると、お茶を飲む音がする。明らかに人がいる気配がする。
(母さん……か?)
合鍵を渡している母が朝食でも作りに来てくれたのかと起き上がると、母ではない後ろ姿が目に入った。
水銀色の長い髪に、どう見ても男の骨格に肩幅。身に着けているのは俺が適当に「着せた」寝間着で、下半身は鱗で覆われた、人魚のような蛇のような……
「…………だれ?」
俺の口から引き攣りまくった、絶望の声が漏れる。
下半身蛇男はすんなり振り向いた。
「おはよう。ほとり。せっかく名乗ってくれたのに、名乗り返せなくて悪かった」
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