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第35話 赤髪編  取り戻した日常

〈ミチ視点〉  ほとりを抱えて家に帰った。ベッドの下に手を突っ込み、主を引っ張り出す。  俺はルンバさんをがくがくと揺すった。 「ルンバさん! 起きろ。ほとりを診てくれ!」 『振らないで下さい。ミチさまままままま』  ベッドに寝かせたほとりの上に置く。 『治療に入ります。よろしいですか?』 「頼む」 『治療モードに移行します。保護カプセル、オン』  ベッドごと、透明なカプセルがほとりを包み込んだ。カプセルは瞬時にすりガラスのように変化し、内部が見えなくなる。  床に両手をつく。 「……はぁ」  どっと力が抜けた。  もう大丈夫だ。医療知識と技術がこの星の五百年先にいっているルンバさんに任せておけばいい。可愛斗にも知らせてやらないと。ほとりのことで必死だったし、ルンバさんに頼んでスマホの修理でもしてやるかな……  知らず知らずのうちに肩に力が入っていたらしい。  俺は地球にきてから初めて意識を飛ばした。  目を覚ますとほとりとルンバさんが覗き込んでいた。  たまらず飛び起きる。 「ほとり!」 「うわ」  ゴンッ。  腕に乗っていたルンバさんが落ちたが、俺はほとりの肩を掴む。 「大丈夫なのか⁉ どうだ? どこか痛いところはあるか⁉ 俺が誰か、分かるか?」 「……」  俺の勢いに言葉に詰まっていたほとりだが、ふにゃっと表情をほころばせた。生気が抜け落ちた人形ではない。いつものほとりのあたたかな笑顔。 「うん。大丈夫」  力強く頷かれ、俺の方が、力抜けたようだった。いつも枕にしている座布団の上に倒れ込む。 「大丈夫か。ミチ?」 「……ああ」  ほとりが無事だった。あとはどうでもいい。  ……どうでもいい、か。こんなに一つの生物に入れ込んでしまうとは。人間とは恐ろしいな。  俺の手に、ほとりが手を重ねて置く。 「あり……がとな、ミチ。俺さ、お前の声、聞こえてたよ」  青い目をほとりに向ける。  泣きそうな、笑顔だった。 「ほとり?」 「怖くて、不安で。ミチが助けに来てくれるって思ってないと、心が壊れそうで。殺されるのかと、思っ……ごめん」  ほとりがぼろぼろと泣き出してしまう。転がっている場合ではなくなり、起き上がる。  袖で涙を拭ってやった。 「ほとり。怖かった。怖かったな。辛かっただろ。いきなり、わけわからん連中に誘拐されて。怖かったな」 「……ん」  たった二十年しか生きていない生物を抱き締めた。ほとりは縋りついてくる。  ずっと死の恐怖に耐えていたんだ。泣いて良い。背中を上下にさすってやる。 「おぎだら、ミチは、倒れてるし……っ。無茶したのかなって……。お、俺のせいで、ミチまでっ、なんかあったら、やだぁ……」 「お前のせいじゃない! 俺が悪いんだ。あいつの狙いはおッ……‼ まあ俺は無傷だし、怪我はないがな‼ 怪我はない。でもあいつの狙いは俺だったんだ。お前は、俺を誘い出す餌にされたんだ。俺に怪我はないけど‼」 「……」 「ほとりは何も悪くない!」  しっかりと両腕で包み込む。 「むしろ俺のせいだ。これからも、こんなことがあるかもしれない。そのたびにお前を巻き込むかもしれない……」 「だから離れる、なんて、言わないよね?」  涙を零す瞳が見上げてくる。 「俺のそばにいるって言ったのに! 嘘つき」 「まだどこにも行ってないだろうが! そ、そうだな……。何かあっても俺が守ってやるし、今日みたいに絶対に助けに行く。だからその、お前の、ほとりの横にいるからな?」 「……。うん。嘘ついたら、ぎらいに、なるっから」 「ああ」  怖い目にあったのに、俺がどこかに行く方が嫌なのか。……敵わないな。  ほとりは子どものように泣き続け、俺はほとりの黒髪を撫でるので必死だった。  無言で見つめてくるルンバさんを足で引き寄せる。勝手にどこかに行かないように。  やがて泣き疲れたのか、胸の中で眠っていた。ベッドに手を伸ばし、掴んだ夏布団を肩にかけてやる。 「……ルンバさん。ほとりの容態は?」 『自白剤や意識が混濁する薬品などを打たれていました。薬物中毒にもされかけています。薬が切れると苦しくなり、薬をもらうためならどんなことでも、どんな要求でも呑むでしょう。薬品奴隷一歩手前でした』  聞いただけで血管が切れそうだ。今からでもルンバさんを突撃させようか。 『薬品はきれいに抜き取り、薬が切れたことによる症状を押さえる薬を投与しました。しばらくは投与を続ける必要がありますが、肝臓にも影響は見られません。お若いですし、数日で回復します』 「はぁ~~~……」  ほとりを抱きしめたまま、肺の中を空にするほど吐き出した。 「ありがとう。ルンバさん」 『いいのです。ミチ様。それよりも、お怪我は、ありませんか?』 「無傷です」 『なによりです』  うぃーんと廊下へ出て行く。廊下の掃除をしたいのだろうがなんとなく、二人きりにさせようという気遣いも感じる。  姉のような主に、俺は頭を下げた。  ほとりの濡れた頬を拭う。  ベッドに寝かせてやるべきかと寝台を振り返るが……もう少しだけ、こうしていたかった。

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